A.訓練
ザナラーンを覆う青い空に、木人を切りつける音が響く。
スコーピオン交易所に設置された木人の前。流れる汗も、上がった息も気にせず、ひたすら木人に立ち向かう。
何かあるとここに来て、木人相手に自分の動きを確認するのが当たり前になっていた。
そして、今回は自分の未熟さゆえに大怪我をし、愛方や義姉をも心配させてしまった。もう二度とそんな事が起こらないよう、改めて自己分析をしにやってきた。
「う~ん……やっぱ力不足もあるよな…」
イクサル族の攻撃を双剣で受け止めた時、相手の力が自分より勝っていた。
ゆえに相手の刃をすぐには弾き返せなかった。
2つの双剣で受け止めれば胴がガラ空きになるのは必然。
そうならないようにするには?
力不足だから力を付ければ良いというものでは無いと言うことは分かっているが、同じ状況を作るにしても木人相手ではそれも出来ない。
義姉に頼もうかとも思ったが、相手も多忙。
それに、男と女の力の差と言うのも考えると、どうも頼みづらかった。
「こればっかりはイメージトレーニングをした所でなぁ~」
「おい、病み上がりが何をしてるんだ」
唐突にかけられた声に振り向くと、そこには愛方のヘリオがいた。
「なんでここに?」
「あんたの姿が部屋になかったから、コレを使って来た」
「コレ」と指さされたのは、左の薬指に嵌っているエターナルリング。
「あー、なるほど」
「で?何 を し て る ん だ ?」
少し強めに疑問を投げかけるヘリオに、少しビクッと身を震わせる。
「この前の反省会だよ。思い返して、自分の動きを確認して、何が悪かったか、それを改善するにはどうしたらいいかって」
呆れた顔で溜め息を吐かれた。
俺は構わず話を続ける。
「でもさ、同じ状況をイメージするにしても、今回はイメージでどうにか出来るもんじゃないから、どうしたもんかと悩んでたんだ」
「同じ状況?」
俺は頷き、この前のイクサル族との戦いの時の詳細を話した。
それを聞いて、イメージでどうにもならないの意味が分かったようだった。
「なるほどな」
「攻撃を受け止めるなんて場面、今まで幾つもあった。それまでは自分の力が相手より勝ってたからすぐに弾き飛ばせたけど、今回はそうじゃなかった。でも、ただ単に力を付ければ解決する問題じゃないと思うんだ。どんな相手でも、同じ状況で対処出来る方法を見つけないと、遅かれ早かれ同じことが起きる」
ふと、ヘリオの背負っている大剣に目が行く。
「なぁ、ヘリオ」
「なんだ?」
「全力で俺に大剣を振り下ろしてくれないか?」
「はあ?!何考えてるんだあんたは…」
「ヘリオは男だし、力もある。あの時と似た状況が作れると思うんだ!だから、頼む!」
俺は、真剣な表情をして頭を下げた。
すると、ヘリオは片手で顔を覆い、大きな溜め息を吐いた。
「まったく……少しだけだからなっ」
「やった!ありがとヘリオ!」
やれやれと言った表情でヘリオは大剣を抜いた。
それを見て、俺も双剣を構える。
ヘリオの目付きがスッと鋭くなる。
「……行くぞ」
地を蹴り、間合いを一気に詰められ、大剣が振り下ろされる。
ギィィイイインと言う金属がぶつかる音が響く。
くっ!重いっ!!
大剣を受け止めた双剣がギチギチと音を立てる。
やはり受け止めるのに精一杯で、地面から足を離せない。
「どうした?これじゃ、この前と変わらないんじゃないか?」
「くっ……!わかってるよ……っ!」
やっとの思いで大剣を弾き返し、考え込む。
「これじゃあ、ダメなんだよなぁ。すぐに次の行動が出来なきゃなんだよなぁ……」
これまでの戦いの中に、何かヒントがないか必死に探す。
他の冒険者達の動きを一つ一つ覚えている範囲で思い出していく。
そこで、ふと侍の動きが気にかかった。
「ヘリオ!」
「なんだ?」
「もう一度頼む!」
「はいはい」
仕方がないと言った表情をしながら再び大剣を構えるヘリオ。
そして、先程のように地を蹴り、間合いを詰められ、大剣を振り下ろされる。
大剣をそのまま受け止めず、双剣1本で大剣の軌道をずらす。
「よし!何となくこんな感じか!」
「ほぅ、なかなかじゃないか」
侍の動きを思い出した時に、敵の攻撃を刀でずらしていたのを思い出したのだ。
「受け流しって言うんだっけ?これだったらほとんどの相手に使えるんじゃないかな?」
「まぁ、大抵は使えるだろうな」
「なぁ!感覚を体に身につけたいから手合わせしてくれよ!」
「断る!少しだけだと言っただろ!」
「えー!そんなこと言わずにさぁ~!」
「なんだ、痴話喧嘩かい?」
割って入ってきた声に振り向けば、そこに居たのは義姉のガウラさん。
「ガウラさん!」
「姉さん」
「まったく、まだ全快してないってのに、お前は何をしてるんだ?アリス」
思いっきり睨まれ、冷や汗が流れる。
「こ、この前の反省会と…改善策の特訓……です」
「お前は………全快するまで大人しくしてられないのかっ!?」
「ヒッ!!ごごごごめんなさいっ!!」
怒鳴られて思わずその場に正座する。
「何かしてないと落ち着かなくて……」
俺の言葉に完全に呆れた表情で溜め息を吐くガウラさん。
「で、お前が着いていながら、どうしてこんな状況になってるんだ?ヘリオ」
「ガウラさん!ヘリオは悪くないです!俺が勝手に部屋を出て、追いかけてきたヘリオに無理を言って付き合って貰っただけなんです!」
「いや、そのまま連れ戻せばいいのを少しだけと付き合った俺も悪い。姉さん、すまなかった」
「ヘリオっ!?」
ガウラさんに謝るヘリオに、申し訳なくなった。
後先考えずに行動する自分に嫌気がさす。
また、迷惑をかけてしまった。
「はぁ………まぁいい。それで?その特訓とやらは身になったのかい?」
「え?…まぁ、これから身体に覚えさせようと、手合わせをお願いしてた所です……けど」
「ふぅん」
すると、おもむろにガウラさんは戦士にジョブチェンジした。
「が、ガウラさん?」
「それだけ元気なら大丈夫だろ?手合わせしてやる」
「え!?」
「その代わり、後で原初の解放の正しい使い方を訓練してやるから覚悟しなよ?」
思わぬ言葉に唖然としていると、
「嫌なら大人しくアパルトメントに戻って全快する部屋に籠ってろ」
「い、いえ!嫌じゃないです!!よろしくお願いしますっ!!」
慌てて答える俺に、隣で苦笑するヘリオ。
「ほら、始めるぞ!」
「はい!」
ガウラさんの言葉に勢いよく返事をして、双剣を構える。
その後はお察しの通り、スパルタで訓練され、原初の解放の訓練が終わった頃には動けなくなるほどになっていたのは言うまでもなかった。
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