番外編・儀式と懺悔
静寂が包む闇夜を、大きな炎が打ち消した。
儀式の為、少数しか住んでいない集落に悲鳴が木霊する。
「チッ!やはりトラブルは付き物かっ!!」
ヴィラは苦々しく呟いた。
黒き一族の1番の実力者である彼女は、トラブルの対応を守る者が居ない者達に指示する。
慌ただしく指示を出しながら、儀式を見守るヴィラに伝令が届いた。
「何っ!?妖魔の群れだとっ!?」
想定外の出来事に、仕方なくヴィラも妖魔の殲滅に動き出した。
妖魔の数は異常だった。
妖魔の対応に終われ、炎は瞬く間に広がり、守るべき白き一族の者まで命を落とす。
「一体なんだと言うんだ!?今までこんなトラブルは起こったことがないぞっ!!」
手練の暗殺者でも捌ききれぬ数に、焦りが表れる。
そんな時だった。
─チカラ…チカラヲ感ジル─
ヴィラは声に振り返ると、見たことの無いサイズのサキュバスが儀式を行っている場所へと向かっているのを捉えた。
「あの方角はっ……ジシャ!!」
ジシャを守る為、ヴィラはサキュバスの後を追うが、妖魔に行く手を阻まれ、思うように追い付けない。
「どけぇぇぇえええええええっ!!」
妖魔を退け、儀式の場所に辿り着くとヘラを庇ったジシャが瓦礫の下敷きになり身動きが取れなくなっていた。
「おのれっ!!」
ヴィラはサキュバスに切りかかったが、その刃は空を斬った。
「なっ?!」
獲物の姿を探すと、サキュバスはヘラの左眼を抉っていた。
その光景を見た瞬間、ヴィラは自分が判断を誤ったことを悟った。
─チカラ!チカラダ!!─
儀式の失敗を悟り、身動きが取れなくなるヴィラ。
だが、守るべき者であるジシャを見ると、その瞳は力強く光っていた。
(何をする気だっ?!)
ヴィラはジシャから目が離せなかった。
ジシャが幻具をかざすと、ヘラの体からエーテルが抜け出し、抉り出された瞳に宿り、人の形に光っていた。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
『術者が死と隣り合わせな状態なんだ、それで成功するはずがないだろう』
その声にジシャは声を振り絞って叫んだ。
「なれば私の器も足せばいい。これ以上被害を広げてなるものか!後始末くらいはさせてちょうだい…!」
ジシャは最後の力を振り絞って時空魔法を発動させる。
─チカラ!ワタシノ チカラヲ カエセェェエエエエッ!!─
サキュバスがジシャに向かって魔法を放つ。
時空魔法とサキュバスの魔法が衝突し、雨が降り始め、辺りに霧が立ち込め始める。
我に返ったヴィラは辺りを見渡す。
そこにはジシャの姿もなく、ヘラの姿も消えていた。
人の形に光っていたエーテルの姿も無い。
残るのはヴィラと、手に入れた力を奪われ発狂し、のたうち回るサキュバスのみだった。
ヴィラはサキュバスを仕留めようとしたが、辺りのエーテルが歪み始めているのに気が付き、仲間達の元へと走った。
「儀式は失敗だっ!霧が迫ってくる前に出来るだけ妖魔を殲滅しろ!!」
守る者を失った黒き暗殺者達は、敵討ちと言わんばかりに暴れ回り、集落を霧が覆い尽くす頃にはその場を去っていた。
************
年月が経ち、行方不明だったヘラとエーテルは見つかり、当初とは違う形で儀式は完遂された。
霧が晴れた白き一族の集落跡。
儀式が行われた場所に、ヴィラはニメーヤリリーの花束を持って佇んでいた。
花束を添え、守りきれなかった一族達に黙祷をする。
『おや、珍しいお客さんだね』
聞き覚えのある声に、ヴィラは目を見開く。
ゆっくりと声の方へと振り向くと、そこには1匹のタイニークァールの姿。
「その声は…ジシャ?」
震える声で問いかけるヴィラの様子に、タイニークァールは何かを悟った様だった。
『そうか、お前が私を守ってくれていた黒き一族かい』
ジシャの言葉にヴィラは、ジシャの元に歩み寄り、膝まづいた。
「ジシャ、我が主よ。貴女を守り切れず、申し訳なかった…。あの時、私が判断を誤らなかったら、平穏な日常を過ごせていたのに…」
震えた声のまま、ジシャに懺悔するヴィラ。
『全ては起こるべくして起こったこと…、お前が気にする事は無いよ』
「ジシャ…」
ボロボロと涙を流しながら顔を上げ、ジシャを見つめる。
『私の事を教訓に、若手を訓練しているんだろう?』
「何故、その事を…?」
『“息子“のパートナーに聞いたのさ』
「アリスが…」
アリスがジシャと接触があったことに驚くヴィラ。
『あの時、確かに私は命を落とした。でも、思わぬ形でこうして存在している。何も悪いことばかりじゃないだろ?』
そう言われ、ヴィラはフッと笑顔を浮かべたが、モンスターの気配を感じ、直ぐに険しい顔になる。
ジシャも気配を察知したのか、やれやれと首を振った。
『時折迷い込んでくるんだ、追い払うのも骨が折れる』
「ジシャ、下がっていろ」
『何をする気だい?』
ヴィラはモンスターに向かって歩き出す。
それに気がついたモンスターは、ヴィラに向かって襲いかかって来た。
『危ないっ!!』
ジシャの叫びとは裏腹に、ヴィラはそこを動かない。
「失せろっ」
物凄い殺気を一瞬で放つヴィラ。
その殺気に、モンスターは動きを止め、怯えたように逃げて行った。
『…流石、黒き一族と言ったところか…』
「これぐらい出来なきゃ、純血種の担当は務まらないさ」
『そうかい…でも、今のはかなり肝が冷えたよ』
「それはすまない」
言われて苦笑するヴィラ。
そして、ヴィラは訓練の空き時間に集落の巡回する事をジシャに約束して、その場を立ち去ったのだった。
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