A.アジムステップでの公演
「ねぇ、ガウラ。お願いがあるんだけど…」
ラベンダーベッドにあるガウラ宅。
そこに遊びに来たナキは、ガウラに頼み事を持ちかけてきた。
「お願い?なんだい?」
話を聞くと、アジムステップの方で踊りを披露したいらしいが、他国のしきたりが分からないので口利きをして欲しいとの事だった。
そして、出来れば演奏者としてガウラにも参加して欲しいと言ってきた。
「友人の頼みとあれば、断れないね」
「ほんと!?やった!!」
ナキは更にガウラに言った。
「ねぇ、弟くんも演奏出来るの?」
「一応、詩人は出来るみたいだよ」
「じゃあ、弟くんも出来たら参加して欲しい!あと、踊りの共演者としてアリスくんも参加してくれると嬉しいんだけど…」
「アリスも?なんでだい?」
先日、ウルダハでアリスと踊った時に、その踊りがすごく良かったと言う話をする。
「アリスの故郷の踊りか…、話は聞いたことあるけど見たことが無いんだよな」
「そうなんだ!凄かったよ!男の人なのに凄く色っぽくて、女の人みたいだったんだ!」
「ほう、それは興味があるな」
プロの踊り子であるナキが絶賛する踊りがどんなものなのか、気になり始めたガウラ。
「よし、分かったよ。ヘリオは来るか分からないけど、アリスは何がなんでも参加させる」
「ほんとに!?さすがガウラだね!!」
喜ぶナキ。善は急げと、ガウラはアリスに連絡を入れたのであった。
後日、ナキの一座と打ち合わせをする為に、ガウラがクイックサンドに到着すると、既にそこにはアリスが到着していた。
意外だったのはヘリオも一緒にいた事だ。しかも、手には譜面を持っていた。
「おや、私が最後かい。待たせて悪かったね」
「いえ、みんな今来たところですよ」
「そうかい?それにしても、ヘリオも来てるなんて、驚いたよ」
ガウラがそう言うと、ヘリオは軽く溜め息を吐いて答えた。
「乗り気ではなかったんだがな、アリスに押し切られた。故郷の舞の曲を聞いたことがあるのはアリスと俺だけで、それを譜面に起こせるのは俺しか出来ないと言われてな」
「それは災難だったね」
ヘリオの話を聞いて、小さく笑うガウラ。
「さぁ!みんな揃ったことだし!打ち合わせの後に場所を移して練習だね!」
ナキの言葉に、皆が頷き打ち合わせを始めた。
大体の構成などが決まり、場所を移し、練習場へ。
まずは舞がどういう踊りなのかを見せるため、ヘリオの演奏でアリスが踊る。
それを見てから、演奏組は曲の練習。アリスはナキに踊りを教えていく。
こうして、本番当日まで練習や衣装の作製など、目まぐるしく準備に追われた。
しかし、本番前日にアクシデントが起こった。
最後の追い込みで踊りの練習をしていたナキが足首を捻挫してしまったのだ。
「これは…、無理して踊ったらダメなやつだな…」
「そんな…踊るの楽しみにしてたのに…」
ガウラの言葉に悔しそうにするナキ。
一座の面々に公演をどうするのかと、不安が広がった。
「…俺、1人でも踊りますよ」
「え?」
「何度も踊ってる舞いですし、楽しみにしてくれてる人がいるなら、今後アジムステップで公演出来る機会を、ここで失うのは得策じゃないと思います」
女装して踊るのをあまり良しとしていないアリスからの意外な申し出に、周りは驚く。
「いいの?」
「はい。それに、公演中止は、せっかく譜面を起こしてくれたヘリオにも申し訳ないですから」
「アリスくん…ありがとう!当日は踊れないけど、アリスのメイクは任せてね!」
「あはは…ありがとうございます」
メイクの言葉に苦笑いをするアリス。
中止にならないと分かり、一座を安堵の空気が漂った。
「さぁ!最後の追い込み!みんな
、頑張ろっ!!」
ナキの言葉に一同、力強く頷いた。
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本番当日、場所はモル族の住居の近く。
そこには多くの部族達がシリナの呼び掛けで集まっていた。
モル族の住居を借りてアリスは衣装を身に纏う。
そして、ナキがメイクをしていく。
「うん!綺麗に出来た!アリスくん美人~!」
「ははは…ありがとうございます」
引きつった笑いを浮かべるアリス。
そして、ローブを衣装の上から来て、フードを深く被る。
「アリスくん、今日はありがとう。次こそは一緒に踊ろうね!」
満面の笑みで言われ、「はい」としか言えなくなるアリス。
「ナキ!こっちの準備は完了だ!何時でも始められる!」
「はーい!」
一座のメンバーの言葉に、ナキが返事をした。
「さて、行きますか!」
「アリスくん、頑張ってね!」
2人は住居から出る。
ナキは部族が座っている観客側へ、アリスは舞台スペースへ。
アリスが立ち位置に着くと、ガウラが1歩前に出て、踊りの物語を語る。
「この踊りはある地方に伝わる物語が元になっています。男のフリをした少女が侵略者から故郷を守り、荒れ狂う海の主である海竜と心を通わせ、故郷に海の恵をもたらしました。皆様、この物語をこれから披露する踊りで感じていただけたら幸いです」
そう言って一礼をし、演奏位置に戻る。
そして、演奏が始まった。
ローブを身につけたまま踊り始めるアリス。
そして、曲が盛り上がりを見せた時、いつものようにローブを脱ぎ捨てる。
アリスの容姿に歓声が上がる。
観客達は自然と曲に合わせて手拍子を始め、フィニッシュを迎えると拍手喝采の大歓声が起こった。
アリスは丁寧に観客達にお辞儀をした。
そのアリスの元にゆっくりと近づいて来た者が居た。
それはオロニル族の長兄、マグナイだった。
「素晴らしい舞だった。それは月光の如く美しく、力強さの中に慈愛に満ちた優しさを伴った動き!お主が余輩のナーマかっ!?」
マグナイの言葉に観客は静まり返り、また病気が始まったと言わんばかりに呆れた顔をしているサドゥ。そして、1人笑いを必死で堪えているガウラの姿。
ナーマの意味が分からず、アリスはガウラに問いかけた。
「ガウラさん、あの、ナーマってなんですか?」
ガウラは目に涙を溜めながら、ヒィーヒィーと笑いを堪えながら答えた。
「ナーマって言うのは、簡単に言うと嫁さんって意味だ」
「はいっ!?」
思わず声がひっくり返るアリス。
ガウラの言葉を聞いたヘリオも一座のメンバーも、笑いを堪えながら肩を震わせ始める。
アリスはあんぐりと空いた口が塞がらない。
「さぁ!余輩の問に答えよ…っ!!」
「お…お…」
アリスはやっとの思いで言葉を発した。
「俺は男だぁぁあああっ!!!」
「なっ…んだ…と…っ!!」
その瞬間、サドゥが大爆笑。
部族の者達は、笑いを堪えている者、アリスが男だと言うことに驚く者、サドゥと同じように爆笑する者に分かれた。
「てか、ヘリオ!なんで笑ってるんだよ!パートナーが迫られてるってのにっ!!」
「いや…、くくっ…、すまん…」
アリスの非難に、笑いをこらえるのに必死なヘリオ。
「だから嫌だったんだよー、もー…」
アリスはその場で上半身の衣装を脱ぐ。
その胸板は紛れもない男のもので、マグナイはヨロヨロと後ずさり、項垂れた。
「あははははっ!ついには男に求婚か!こいつは傑作だっ!」
サドゥのその言葉に、マグナイが怒りを露わにし、一触即発の雰囲気に。
巻き込まれたら堪らんと、一斉に解散していく一同。
そして、しばらくの間アジムステップには、男に求婚したマグナイの噂で持ち切りになったのは言うまでもなかった。
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