A.信念
土砂降りの雨の中、濡れるのも構わずに歩くアリス。
その雨は、自身の心を表しているかの様に激しく降り続く。
「何を…期待していたんだろう…」
雨の音で聞こえない程、小さな声で呟く。
「気休め程度の言葉なんて、言うわけ無いのに…」
アリスはヘリオに言われた言葉を思い出していた。
とても厳しい言葉だったが、正論だった。
その厳しい言葉こそが、彼の優しさである事も分かっていた。
だが…
「お前がいて良かったって、思ってて貰いたかったなぁ…」
雨に混じって涙が流れる。
「…結局、俺は自分勝手だな…勝手に期待して、勝手に傷付いて…」
そう呟いて、手を力一杯握る。
「弱いな…俺。義姉さんも、ヘリオも、どうして前だけ見ていられるんだろう…」
宛もなく雨の中を歩き続ける。
何処をどう歩いてきたのかさえも分からない程の失意の中、気がつくとヤンサ地方に居た。
「こんな所まで…どうやって来たんだ…ろ…」
そして体調の異変に気が付く。
頭は朦朧とし、呼吸も苦しい。
覚束なかった足は、ついに力を失い、アリスは道端に倒れ込んだ。
頬に伝わる冷たい土の感触に、一気に気が抜けたのか、アリスは意識を失った。
************
目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入る。
ボーッとする頭で、自分に何があったかを考えていると、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
音の方に顔を向けると、1人の少女が水を汲んだ桶を手にしていた。
「君…は?」
アリスの声に少女はこちらを向いた。
嬉しそうな顔をして素早く桶を台に置き、外へと出て行った。
「おじちゃーん!お兄ちゃんが目を覚ましたよー!!」
「おお!そうか!!」
声が聞こえ、部屋に入ってきたのは大柄な年輩の男だった。
「目が覚めて良かった!気分はどうだ?」
「まだ、頭がボーッとしてます」
「うむ、そうか。まだ熱があるのかも知れぬ。呼吸の方はだうだ?」
「喉が痛いですけど、息は問題なく吸えます…」
「なら良かった!お主を見つけた時、肺炎を起こしかけておったから、心配してたでござるよ」
大柄な男は、良かった良かったと笑顔で頷く。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。ワシの名はゴウセツ。旅の修行僧をしておる。お主は?」
「俺は、フ·アリス·ティアです」
「ふ、ふありす?」
「あ、東方だと呼びづらい名前ですよね。皆からはアリスと呼ばれてます」
「アリスか!かたじけない。どうも、えおるぜあの方の発音は難しくてなぁ」
ガッハッハッと笑いながら言うゴウセツ。
「あのゴウセツさん…ここはどこなんですか?」
「ここはナマイ村という所だ。何があったかは知らぬが、今は身体を治すことだけを考え、身体を休める事だ」
「…はい。あの、助けてくださってありがとうございました」
「なんの!人として当たり前のことをしただけだ!」
明るい人柄に、アリスは少し安心したのか、また眠りについた。
そして、1週間ほどで体調が回復したアリス。
その間、ゴウセツはナマイ村に滞在していた。
「おお!すっかり良くなったようだな!」
「はい、お陰様で!」
うんうんと頷くゴウセツ。
そして、ゴウセツはアリスに問うた。
「してお主、どうしてあのような所で行き倒れておったのだ?」
「…それは…」
アリスは事の経緯を話し始めた。
義理の姉が力を取り戻すチャンスを、自分が存在した事で失ってしまったこと、それを姉を護衛している者に咎められたこと、その後、自分の祖母となる人と出会い、自分が宿ったせいで祖母が母を看取れぬ環境になってしまったことを話した。
「義姉さんのお母さんも、俺の祖母も、優しいんです。気にしなくていいって…でも…」
アリスは暗い表情で続ける。
「自分が居なかったらって思い始めたら止まらなくなって…、せめて、大事な人に「お前が居て良かった」と言って貰えたらって、その人に気持ちをぶちまけてしまったんです。その人は、そんな一時の気休めなんか言う人じゃないって分かってたのに…」
「なるほど、その大事な御仁に叱咤激励をされた訳か」
「はい…、いつもならそれを受け入れられたんですけど、その時の俺には受け入れられなくて…」
「人というのは、その時によって、いつもなら平気な事が、駄目になってしまう事もある。何とも面倒な生き物でござるな」
神妙な面持ちで答えるゴウセツ。
「迷い、悩み、悟り、また迷う。それを繰り返していく。それが人間らしさではあるが、その繰り返しの中で悟れぬまま、苦しんで命を絶つ者もおる。人生とはまっこと難しいモノよ」
「…どうしたら、迷わず前だけを見ていられるんでしょうか…」
アリスの言葉に「そうさなぁ…」とゴウセツは力強い瞳で空を見上げた。
「強い信念を持つことだ。その信念を貫き通す!さすれば、その信念は何者にも折る事が出来ぬ、唯一無二のモノになる!」
「強い…信念…」
アリスは考え込む仕草をする。
「お主は何の為にその剣を振るう?何の為に戦う?」
「俺は…」
アリスの瞳に迷いが消える。
「俺は、大事な人達を守りたい」
力強く答えると、ゴウセツは「うむ」と頷く。
「なら、それに向かってひたすら進むのみ。己の存在意義は、そこにある!」
ゴウセツの言葉に、アリスは立ち上がり、一礼をする。
「ゴウセツさん、ありがとうございます!」
「人に道を教えるのも修行僧の仕事のひとつだ。道が開けたのなら良かったでござる」
晴れやかなアリスの顔を見て、満足気に微笑むゴウセツ。
「俺、もう少しこの地で修行してから帰ります」
「アテはあるのか?」
「いえ、でも、なんとかなるかなって…」
「うむ、なら、今から手紙を書く。それを持ってドマ町人地へ行き、ユウギリと言う忍びを訪ねよ。きっと良くしてくれるであろう」
「ゴウセツさん…、何から何までありがとうございます!」
アリスがお礼を言うと、ゴウセツは「なんの!」と笑う。
アリスはヘリオにチャットで連絡を入れようとトームストーンを取り出した。
「…あ、電源が付かない!?やべっ、雨の中歩いてたから、壊れた?!」
アリスのコロコロ変わる表情に、笑うゴウセツ。
「もし、連絡したい御仁に会ったら、ワシが伝えておこう」
「本当ですか?!じゃあ、ヘリオと言う白い男のミコッテに会ったら、自分を見つめ直す為にしばらく帰らない。と伝えてください」
「あい分かった!出会えたら、必ず伝えるとしよう!」
そう約束を交わし、アリスは支度をし、手紙を持ってドマ町人地へと向かった。
***********
賑やかなクガネの街。
そこにガウラとヘリオは来ていた。
人が行き交う中で、ガウラは見知った顔を見つけ、声をかけた。
「ゴウセツ?ゴウセツじゃないか!」
「おお!ガウラ殿!久しぶりでござるな!」
久しぶりの再会に、会話に花が咲く。
「してガウラ殿、隣の御仁は?」
「あぁ、ゴウセツは会った事が無かったね。こいつは私の双子の弟のヘリオだ」
「ヘリオ?」
「あぁ!ヘリオ、この人はドマで私が世話になったゴウセツだ」
「どうも」
「これはどうも!どちらかと言えば、拙者の方が世話になったでござるよ!」
ガハハと豪快に笑うゴウセツ。
そして、ゴウセツは、ヘリオをマジマジ見て口を開いた。
「ところでヘリオ殿。お主、アリスと言う御仁をご存知か?」
「「!?」」
ゴウセツから出たアリスの名前に驚く2人。
「ゴウセツ、アリスを知っているのかい!?私等は今、アリスを探してるんだ!」
「おお!そうであったか!何とも不思議な縁でござるな!実はな、少し前に行き倒れていたアリス殿を助けてな。伝言を頼まれたのでござるよ」
「伝言?」
ゴウセツは頷き、ヘリオに向き直る。
「自分を見つめ直す為に、しばらく帰らない。と申しておった」
「……そうか」
それを聞いて、少しホッとした表情を浮かべるヘリオ。
「伝言なんてまどろっこしい事せずに、トームストーンで連絡すりゃあ良いのに…アイツは…」
溜め息を吐きながら悪態を吐くガウラに、ゴウセツはアリスのトームストーンが壊れてしまった経緯を話すと、ガウラは呆れた顔になった。
「全く…相変わらず世話の焼ける奴…」
「アリス殿は愛されておるのぉ!」
再び豪快に笑うゴウセツ。
「しばらく帰らないって事は、納得が出来たら帰るって事かい?」
「うむ。伝言を頼まれていた時には迷いは消えておった。そう時間はかからず戻ってくるであろう」
「そうかい。なら、私等は大人しく帰りを待っていれば良いんだね」
やれやれと、溜め息を吐いて、ガウラはヘリオに視線を向ける。
「ヘリオ、お前はアリスが帰ってきたら謝っとけよ。甘やかさない言葉は必要だけど、それは時に相手を逆に傷つけることもあるんだから」
「…分かってる」
2人はゴウセツに礼を言って立ち去った。
ゴウセツはその背中を見送り、また修行の旅に出た。
そして、ヘリオに伝言を伝えた事を手紙に書き、アリスに送ったのだった。
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