V.フロンティアドレス
ラベンダーベッドにあるガウラの家。
ダイニングテーブルに武器を広げ、手入れをしているヴァルの姿があった。
短刀、手裏剣、小刀に双剣と、様々な武器が並んでいる。
これは暗殺者として使用する物も含まれていた。
肝心の家主はと言うと、冒険に使う野営に使う道具などの補充の為に、ウルダハへと出かけていた。
ヘムロックでの1件で、かなり足にダメージがあったので、自分が買い出しに行こうとしたが、「リハビリは必要だろ」と押し切られ、仕方なく出かけるのを許可した。
大体の武器の手入れを終え、残るはメインの双剣。
手入れが終わった物を片付け、双剣の手入れを開始して暫くすると、「ただいま」と家主であるガウラが帰宅をした。
「おかえり」
手入れの手を止め、ガウラの方に顔を向けて、手短に挨拶を交わす。
再び武器の手入れを開始すると、「ほれ」と紙袋を手渡された。
なんだと思い中身を見ると、武器の手入れに使う小物。
たしかに買い替え時だとは思っていたが、まさかガウラがそれに気付いているとはと驚いた。
「よく、見ていたな」
「私は観察も得意なほうさ。そいつもそろそろガタが来るだろうと思ってね」
「感謝する」
「どういたしまして」
素直に礼を言った。
そして、ガウラはテーブルの空いているスペースに買ってきた物が入っているであろう紙袋を置いた。
「目的の物は買えたのか?」
「あぁ、大体はね」
買った物を整理しながら、買い物の話を始めるガウラ。
武器の手入れをしつつ、話に耳を傾けるヴァル。
「そうそう!買い物ついでに、少し裁縫師の店に立ち寄ったんだ!」
明らかに声色が嬉々とした感じに変わり、ヴァルは手を止め、ガウラの方を見る。
「それで今日の目玉商品はフロンティアクロスってものだったみたいでな、あれがまた肌触りも気持ちいいのさ」
「フロンティアクロス」
最近出回り始めた生地だった。
以前、生地を見に行き、裏稼業で変装に使うドレスを仕立てたら良さそうだと思ったことがあった。
今は、裏稼業を受ける必要がなくなった事で、すっかり忘れていた。
「裁縫師マスターがその布地を使ってドレスを作ってたんだが、あれがまた上品で可愛らしくてね!ああいうドレスは憧れるよなぁー…」
ガウラは目を輝かせている。
そんなガウラの表情を見ていると、やはり女の子だなと、ヴァルは思った。
「買わなかったのか?」
「買わなかったよ。いやぁ、可愛いんだよ?可愛いけど…私には似合わなさそうだ…」
苦笑するガウラに、心の中で溜め息を吐いた。
─似合わない訳がないのに─
プリンセスデーの時に白いワンピースを着せたことがあり、そのワンピースも似合っていた。
それに、ガウラが女の子の顔をするドレスに興味が湧いたヴァル。
「……今度、買いに行こうか」
「うん…え"!?」
今、うんって言ったな。
「いやいいって!似合わないから!」
「どうだか、着てみなければ分からないぞ?」
茶化すように言うと、ガウラは少し顔を赤らめながらモジモジしていた。
それは、ガウラがまだヘラだった頃、「欲しい」の一言がなかなか言えなかった時にとった行動だった。
ヴァルは、懐かしいと思うと同時に、押せばいけると確信する。
「あたいは似合うと思うのだが」
「う"…」
あと一押し。
「それにあたいも裁縫師の店に行ってみたくなった」
「………そこまで言うなら、今度一緒に行こうか…」
ふっ、釣れた。
行くと言ったはいいが、まだ踏ん切りがつかないのか、ブツブツと何か言っているガウラ。
釣った魚は逃がさないと言う様に、ヴァルは早々に予定の確認を持ちかけたのだった。
***********
数日後、ガウラとウルダハへ向かい、裁縫師の店へとやってきた。
店員を務める裁縫師の口振りから、ガウラがよくここに来ていることが分かる。
茶化し合っているガウラと裁縫師を見て、ガウラの社交性の高さに驚く。
と言うのも、ヴァルが知っているヘラは内気な性格だったからだ。
「そうそう、嬢ちゃんが以前釘付けになってたフロンティアドレスはその日に売れちまったよ」
「おやそうなのかい」
「けれど運がいいのが嬢ちゃんだ。今日ちょうど新作のドレスができあがってな?」
裁縫師の言葉に、1つのマネキンに着せてあるドレスが目に入る。
この生地は見覚えがあった。
「…このマネキンに着せてるやつですか?」
「お、黒い嬢ちゃんも目が行ったかい?そうさこれがその新作さ!今回はカララントを使用していて、イシュガルドから取り寄せたルビーレッドに染め上げたんだ!なかなかいい色をしているだろう?」
燃えるような鮮やかな赤。
これは確かに良い色だ。
ふと、隣にいるガウラを見ると、食い入るようにドレスを見ていた。
釘付けとはまさにこの事だ。
女の子の顔をしたガウラの表情に、ヴァルは心の中で小さく笑った。
「そんなに見ていたら、ドレスに穴が空くぞ」
「!?」
ヴァルに言われ、慌てたようにそっぽを向くガウラ。
その顔は真っ赤になっていた。
普段見ないガウラの様子に、もっと驚かせてやろうと悪戯心が顔を出した。
「店員さん、そのドレス買わせてください」
「ちょ、ヴァル!?」
慌てるガウラに見向きもしないヴァル。
「あぁ構わんよ!着るのはそっちの白い嬢ちゃんだろう?」
「お願いします」
「お願いしなくていいって!?」
「はっはっは!さてはこういう可愛いものは着慣れてないタイプだな?問題ないさ、裁縫師の俺が保証する。絶対に似合うってな!」
─この裁縫師、なかなか見る目があるじゃないか─
「ちょ、待てって!ヴァル!?」
慌てる様子が可笑しくて、ガン無視を決め込むヴァル。
抗議をしても取り合って貰えず、仕方なく採寸を受け入れるガウラ。
そして、サイズを合わせてもらったドレスの会計に入った。
「ヴァ、ヴァル…私もギルを…」
「出さなくていい」
「いや、それは流石に…っ」
有無を言わさず、さっさとポケットマネーで支払いを済ませ、ドレスを受け取るヴァル。
ガウラはと言うと、後ろでオロオロしている。
「さ、帰るぞ」
「え!?ちょ、待って!!」
スタスタと歩き出すヴァルを慌てて追いかけるガウラ。
「ヴァル!マジで待てって!せめて半分は出させとくれって!」
「いらない」
ヴァルー!と、珍しく情けない声で叫んでいるガウラ。
顔が見えないのをいい事に、ニヤニヤしているヴァル。
そして、ガウラの家に到着すると、ドレスの入った紙袋を手渡す。
「!?」
「ほら、せっかく買ったんだ。着てみな」
「え?!今かい?!」
「当然だろ。ほら早く着てこい!」
「~~っ」
渋々と言った感じで、紙袋を持って2階の更衣室へと消えるガウラ。
ヴァルは腕を組み、ガウラの着替えを待つ。
数分後、階段を降りてくる音がした。
階段の方に目をやると、複雑そうな表情で顔だけ出しているガウラの姿があった。
早く出てこいと言う様に手招きをすると、そろそろと出てくる。
白い肌に真紅のドレスが映えて、とてもよく似合っていた。
「似合うじゃないか」
「着慣れてないからすごく恥ずかしい…」
「いつも通り堂々としていればいいのに」
「無理だって!もう着替える!」
ガウラは顔を真っ赤にしてそう言うと、そそくさと更衣室へと戻って行った。
─やはり、似合っていたし可愛かったな─
良いものが見れたと満足気なヴァル。
だが、さっきのガウラの反応を見る限り、何かと理由をつけて着ることは無いだろう。
ならばどうするか?
「今度、髪とメイクをさせて、連れ出すのもいいな」
ボソリとそう呟くと、ヴァルはフロンティアドレスを着る口実を作る算段を考え始めたのだった。
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