V.子供の頃の望み
赤子の鳴き声が、白き一族の集落の雑踏に混じる。
生まれて1ヶ月の新生児が母親に抱き抱えられている。
木の上から5歳の少女がその様子を眺めていた。
自分とは違う真っ白い肌の色。
白い髪に、黄色い宝石のようなキラキラした瞳の赤子に、少女は目が離せなかった。
そして、溜め息混じりに呟いた。
「…かわいい…」
その日から、こっそりと木の上から赤子を眺める日々が続いた。
だが、ある日。少女は自分の母親にその事がバレてしまった。
「ヴァルっ!!修行をサボってどこに行ってるのかと思ったら、勝手に集落の方に行くなんて!」
母親のヴィラはカンカンに怒っている。
だが、ヴァルは悪びれる様子もなく言い放った。
「だって、赤ちゃんが可愛いんだもん!」
「赤子なんて、里にも居るだろう!」
「里の赤ちゃん、皆黒いじゃん!白い赤ちゃんが可愛いのっ!!」
開いた口が塞がらなくなるヴィラ。
ヴァルの言っている赤子が、誰の子なのか分かっているからだ。
白き一族の集落に最近生まれた赤子は1人だけ。しかも、その母親はヴィラが護る担当であった。
ヴィラは溜め息を吐いて、ヴァルに問うた。
「そんなに、その赤子を見ていたいのかい?」
「うん!可愛いんだよ!お目目がキラキラ宝石みたいでね!髪も光が当たるとキラキラで、抱きしめたくなっちゃうんだ!」
「そうか。でも、今のお前には無理だな」
「なんで!!」
「ちゃんと修行をしないからだ」
ハッキリと言われて頬を膨らますヴァル。
納得いかないと言う顔だ。
「私達の一族は、白き一族を護る為に存在している。そして、おまえが可愛いと言っている赤子は、白き一族の純血だ。その子をずっと見ていたいのなら、この里の誰よりも強くならなくてはならない」
「…修行したら、強くなれるの?」
「あぁ、なれるよ」
「そしたら、白い赤ちゃんと一緒にいれる?」
「あぁ」
母の答えに、考え込むヴァル。
「修行頑張ったら、時々、赤ちゃん見に行ってもいい?」
「…そんなにあの子が気にいったのかい?」
「うん!可愛いんだもん!」
「はぁ…わかったよ。その代わり、見つからないように気をつけるんだよ」
「はーい!」
喜ぶヴァルに、やれやれと言ったヴィラ。
修行をして、実力を身につけられるかはヴァル次第。
その日から、心を入れ替えたかのように真面目に修行を行うヴァルの姿があった。
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「懐かしい夢を見たな…」
ラベンダーベッドにあるガウラ宅。
昼寝をしているガウラを見守っているうちに、自分もうたた寝をしてしまっていたようだった。
ベッドに目を向けると、モーグリのぬいぐるみを抱きしめて、まだ寝ているガウラの姿。
「…相変わらず、可愛い…」
愛おしそうに目を細め、ガウラの髪を撫でる。
すると、ガウラの瞼がピクリと動いた。
「ん…ヴァル、おはよう…」
「おはよう。すまない、起こしてしまったか?」
「んー…?」
「…寝ぼけてるな」
ぼーっとしているガウラに苦笑するヴァル。
窓の外を見ると、陽が傾き始めていた。
「そろそろ夕飯の時間か…、何か食べたいものはあるか?」
「んー…なんでも…」
「そうか、なら適当に何か作る。目が冴えたら降りてこい」
「ん…わかった…」
ヴァルは部屋を出てキッチンで夕飯の支度を始める。
子供の頃には思いもつかない程、彼女の近くに居る今の関係。
きっかけは、アリスと言うイレギュラーだったが、今の状況は悪くないとも思えた。
「そう思ったら、あのバカに少しは感謝しないと…かな」
1人ボソッと呟くと、ガウラが好きそうな料理を作り始めたのだった。
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