V.結婚相手は
肌寒くなってきた季節の変わり目。
ガウラは自宅で1人、家事をしていた。
そんな時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
返事をし、ドアを開けると、そこには見知った顔があった。
「誰かと思ったらザナかい。珍しいじゃないか」
そこには黒き一族であり、ヴァルの旧友であるザナが居た。
「ヴァルはいるか?」
「いや、今日はレベリングに行ってるよ」
「だからか…」
話を聞くと、仕事の報告を鷹を使って送ったが、ヴァルを見つけられず返ってきたらしい。
「ダンジョンに入ってるなら、見つけられないのも納得だな」
「後2~3時間で帰ってくると思うから、良かったら中で待つかい?」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
ザナをリビングに通し、お茶を出す。
「なんか変な感じだな。俺とあんたが茶をしてるなんて」
なんだか居心地悪そうに言う。
「嫌なら別に外で待ってても良いんだが?」
「嫌とかじゃなくて、ヴァルの反応が怖いんだよ!あいつ、あんたの事になると沸点低くなるからさ」
「あー」
ザナの言葉に納得する。
「そういえば、ザナは情報屋をしてるんだったか?」
「あぁ。あんた、スイレンさんに会ったことあるんだよな?あの人には敵わないけどな」
「へぇ~」
そんな凄い人なんだと、少し驚きながら紅茶を口にする。
「そう言やあんた、この前アランって奴をぶん殴ったらしいな?」
「そんな事まで知ってるのかい」
「そりゃあ、情報屋だからなぁ」
そう言って、ザナは溜め息を吐いた。
「結局、あんたがお姫様兼王子様になったって事だよなぁ」
「……王子様?」
「あぁ。王子様」
すると、ザナは昔の話を始めたのだった。
***********
「痛いのイヤ!疲れるのイヤ!」
「こら!ワガママを言うんじゃない!ヴァル、これはお前に必要なことなんだよ!」
「イヤ!修行嫌い!!」
「あ!こら!待ちなさい!!」
訓練場から、ヴァルは逃げ出した。
白き一族を護る為、黒の子供は3歳から一族の掟を教え、修行を開始する。
だが、4歳になったヴァルは父親が買ってきた絵本の影響を受け、修行から逃げ回っていた。
里から抜け出し、少し開けた場所にある花畑。
そこで体育座りをし、蹲る。
「ヴァル、ヴィラ様が探してたよ?」
そこに現れるのは決まってザナだった。
「イヤ!戻らない!」
「でも…」
「お姫様は戦わないもん!王子様が護ってくれるから、戦わないんだもん!」
これがいつものやり取りである。
「ねぇ、ヴァル。お姫様ってどんななの?」
ふと、疑問に思い尋ねると、ヴァルは答えた。
「お姫様はね。大きなお城に住んでて、綺麗なドレスを着て、綺麗なティアラを着けてて、王子様に護って貰って、幸せになるんだよ」
そう言って顔を上げる。
「白き一族なんて知らなもん。なんでなりたいものになっちゃいけないの…」
ヴァルの瞳から涙が溢れる。
「ヴァルはそんなにお姫様になりたいの?」
「うん。なりたい」
「そっか…」
ザナは少し考え込み、決心したように言った。
「ボクがヴァルをお姫様にしてあげる!」
「え?ほんと!?」
「うん!その代わり、ヴァルがお姫様になったら…ボクのお嫁さんになってくれる?」
ザナの言葉に、ヴァルは少し悩み、口を開いた。
「ザナは王子様じゃないでしょ?」
「え、うん、違うよ」
「じゃあダメ!あたいは王子様と結婚するの!」
「ボクが王子様になったら?」
「それならいいよ!」
「そっか!じゃあボク、頑張って王子様になる!そして、ヴァルをお姫様にする!」
ザナは決意を胸に、その日からヴァルを修行から逃がす手伝いを始めたのだった。
***********
「と、まぁこんなことがあってだな。そしたらある日突然"あたい王子様になる!"だぜ?目が飛び出るかと思うぐらい驚いたよ」
「ふふっ」
その様子を想像して、思わず笑うガウラ。
「笑い事じゃないぞ?!こっちは一生懸命王子様になる為に頑張ってたのに、それを無にされたんだから」
「あははっ、ごめんごめん!」
「まぁ、仕方ないよな。ヴァルはあんたに心奪われたんだから」
少し悲しそうに笑うザナ。
その顔を見たら、さすがに笑えなくなった。
「で、あんたはこの前ヴァルをアランって奴から護った。今のあんたなら、前に俺が聞いた質問に答えられるんじゃないか?」
ザナは途端に真面目な顔になる。
ガウラも、真剣にザナを見据える。
「あんたはヴァルの事、どう思ってるんだ?」
以前、投げかけられた質問。
当時は告白された後で、ヴァルに対する気持ちは分かってなかった。
だが、今はハッキリと分かる。
「ヴァルは私のパートナーだ。誰も彼女の代わりにはなれない。誰にも取られたくないし、渡さない。それが例え、お前でもね」
ガウラの真っ直ぐな答えに、ザナは満足した笑顔を向けた。
「これで、安心してヴァルを任せられる」
そう言って、ガウラに拳を突き出した。
「あいつのこと、よろしく頼む」
「言われなくても」
そう答え、ザナの拳に自分の拳を合わせた。
それから、しばらく他愛のない会話をしていると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
ヴァルの声が聞こえ、ガウラは席を立つ。
「ヴァル!おかえり!」
彼女は小走りで玄関に向かう。
笑顔で出迎えたガウラの頭を、笑顔で撫でる。
「そうだ!ザナが来てるよ」
「ザナが?」
ガウラの後についてリビングへ向かうと、片手を上げて「よっ!」と挨拶するザナの姿があった。
「何しに来たんだ?」
「お前から依頼された仕事の報告をしに来たんだよ。俺の鷹がお前を見つけられなかったから」
「あー、ダンジョンに行ってたからか。それは悪かったな」
ヴァルがそう言うと、ザナは席を立ち、彼女に折り畳まれた紙を手渡す。
「確かに受け取った」
「そんじゃ、俺は帰る。またのご依頼をお待ちしてまーす!」
軽い感じで言い、手をヒラヒラさせながらザナは帰って行った。
ヴァルは受け取った紙を開き、目を通す。
「何を依頼したんだい?」
「処罰を受けたアランの動向だ。何かしら逆恨みで変な事に巻き込まれても面倒だからな」
「ほーん。で?」
「アランは処罰で不滅隊を追い出された時に、ガウラが何者なのかを知って、今は大人しく冒険者として細々と暮らしてるらしい」
「ふーん」
「この内容だと、逆恨みは無さそうだな」
安心した様子で胸を撫で下ろすヴァル。
ガウラはふと、ザナの話を思い出し、イタズラ心が顔を出した。
「ヴァル」
名前を呼んで、彼女の手の甲にキスをする。
突然の事に驚き、顔を少し赤らめるヴァル。
「ど、どうした急に…」
戸惑うヴァルに、ガウラは真剣な表情で続けた。
「シャワーを浴びて夕食にしませんか?お姫様?」
「へ?!」
ヴァルは、珍しく間の抜けた声を出す。
「お姫様は王子様と結婚したかったのでしょう?」
「……ザナだな?!あいつ……っ!!」
顔を真っ赤にさせて、ザナに対して怒りを露わにするヴァルの顔を両手で掴み、自分の方に向かせる。
「こら!2人きりの時に他の奴のことを考えるな!」
「…うっ」
ガウラの独占欲に、ヴァルの意識は彼女に向く。
「私との時間と、ザナへの怒り。どっちが大事なんだ?」
「……ガウラの、方……」
真っ赤な顔のヴァルは、嬉しいやら恥ずかしいやら照れくさいやらで、困った乙女の顔になっていた。
始めて見るそんなヴァルが可愛くて仕方ない。
「じゃあ、早くシャワー浴びて夕飯にしよう」
「……わかった……」
ヴァルは、逃げるように2階のシャワー室へと走っていった。
その姿に、ガウラは小さく笑ったのだった。
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