A.愛情表現は程々に
リリンちゃんが、我が家に来て1ヶ月。
1人でも出かけられるようになったリリンちゃんは、嬉しそうに身支度をしていた。
「嬉しそうだね、リリンちゃん」
「うん!今日はね、ガウラお姉ちゃんとお買い物に行くの!」
満面の笑みで答えるリリンちゃん。
「1人で大丈夫?ガウラさんと合流するまで一緒について行こうか?」
「ううん、大丈夫だよ!アリスお兄ちゃん!」
また、笑顔で返される。
成長は喜ばしいのだが、なんだか少し寂しい気持ちもする。
子離れ出来ない親って、こんな感じなんだろうかと、ふと思った。
「アリス、過保護も程々にしないと、リリンにも良くないぞ」
「う、うん。分かってるよ」
ヘリオの的を得た言葉が、グサッと俺に突き刺さる。
分かってるんだけど、どうしても心配なんだよなぁ。
身支度を終えたリリンちゃんは「行ってきまーす!」と元気よく部屋を出ていった。
「さて、俺も行くか」
ヘリオは大剣を担ぎ、玄関へと向かう。
「ヘリオ!」
「ん?……!?」
出ていこうとするヘリオを呼び止め、俺はヘリオの唇に自分の唇を重ねた。
そんな時だった。
「忘れ物しちゃった!」
突然戻って来たリリンちゃんに、キスしている所を見られ、慌ててヘリオから身体を離す。
ヘリオは赤面した顔を片手で覆いながら、横目で俺を睨む。
俺も、見られてしまった恥ずかしさで顔が熱い。
リリンちゃんはキョトンとした顔をして首を傾げた。
「ねぇ、なんでお兄ちゃん達は男の人同士なのにキスしてたの?」
「ふえ?!」
予想だにしない質問に、俺は変な声を上げた。
「え、え~っとぉ~…」
「ねぇ、どうして?キスって女の人と男の人がするものじゃないの?」
恐らく、リリンちゃんは絵本の中でキスがどんなものなのかは理解しているのだろう。
どう説明したら良いのか…。
「キスって言うのは、愛情表現の一種なんだよ!」
「あいじょーひょーげん?」
「そ!好きだよって気持ちを表す行動なんだ!」
説明すればするほど、ドツボにハマっている気がする。
隣でヘリオが「あー…」っと言う感じに頭を抱えた。
「えーっと、つまり、アリスお兄ちゃんはヘリオお兄ちゃんが好きってこと?」
「う~ん、そ、そうなるかな」
もうヤケクソだった。
正直に話してしまえば、取り繕うことも無い。
そんな気持ちだった。
「そっか!じゃあ、リリンもアリスお兄ちゃんとヘリオお兄ちゃんが好きだからキスする!」
「うえ?!」
まさか、そう来るとは思わなかった。
ヘリオも「え?」という顔をしている。
「じ、じゃあ、ほっぺたな」
「?お口じゃないの?」
「お口は特別に好きな人とするんだよ 」
「特別に好きな人?」
「うん、リリンちゃんは家族だからね!だからほっぺた!あ、キスは家族じゃない人にはしちゃダメだからな?」
「うん!わかった!」
リリンちゃんは俺とヘリオの頬にキスをした後、忘れ物をカバンに入れ、再び部屋を出ていった。
「……おい」
「……はい」
「もう少し上手い言い訳はなかったのか?」
「ごめん、テンパってて頭が回らなかった…」
大きな溜め息を吐くヘリオ。
「まぁ、遅かれ早かれ知る事になるだろうからな…、俺達の関係は…」
ヘリオはそう言うと、「行ってくる」と言って部屋を出ていった。
それを「行ってらっしゃい」と見送り、俺も出かけるための準備を始めた。
*********
あれから数日たった頃、出先で偶然ガウラさんとバッタリ出会った。
「ガウラさん!」
「アリスじゃないか、奇遇だねえ」
「あ、先日はリリンちゃんと買い物に行ってもらって、ありがとうございました!」
「暇だったからな、気にするな」
そう言うと、ガウラさんは「あ、そうだ」と何かを思い出したように言った。
「どうしたんです?」
「アリス、お前、愛情表現も程々にしとけよ?」
「え?」
何の話だと首を傾げて居ると、ガウラさんは頬を少し赤くし、眉間に皺を寄せて言った。
「買い物するのに合流した後、リリンが言ってたぞ。忘れ物を取りに行ったら、お前がヘリオに…その…」
言いにくそうにするガウラさんの言葉に、俺はあの時の出来事を思い出し、「あ…」と声を上げた。
一気に顔が熱くなる。
リリンちゃんに口止めするのを忘れてた…。
「はい…、言いたいことは分かりました…」
「リリンには、そういう話は無闇に人に話すなって教えておいたからな」
「はい…ありがとうございます…」
お互いに居た堪れない空気になる。
すると、ガウラさんは空気に耐えられなかったのか「次からは気をつけろよ!じゃあな!」と、そそくさとその場を去っていったのだった。
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