A.母親
ゴブレットビュートにSハウスを建ててしばらく経った頃、ハウスの周りでやたらと視線を感じるようになった。
それはヘリオも同じらしく、視線を感じると少し眉間に皺を寄せ、警戒してるのが見て取れた。
視線の主は危害を加えて来るようなことは無く、ただこちらの様子を伺っているだけの様だった。
とはいえ、何者かに監視されている状態は、気持ちがいいものでは無い。
それに、人見知りの激しいリリンちゃんに影響が無いとも言いきれない。
早期対策をしなければと、リビングでヘリオと話し合っている時だった。
また、視線を感じる。
ヘリオも気づいて、警戒モードに入る。
「ヘリオ、俺、隠れるで相手を捕まえる」
「分かった。俺が外に出る時に一緒に外に出るぞ」
「了解」
小声で話し合い、俺は一旦階段の方に移動し、隠れるを発動させる。
そして、ヘリオと共に外に出た。
ヘリオはいつものポーカーフェイスで木人に対峙し、大剣を振るう。
その隙に俺は家の周りを見回る。
すると、家の影に1人のミコッテ族の女性が庭をこっそり覗いているのを発見した。
俺は気配を消し、そっと女性の背後から近づき、喉元に短剣を突きつけた。
「何者だ?!」
「ヒェッ!!」
女性は身体を硬直させ、両手を上げる。
「す、すみません!怪しいものではありません!」
女性の声を聞きつけて、ヘリオもやってきた。
「女…か。ここ数日感じてた視線はあんたか?」
「は、はいっ!すみません!人を探していてっ、ここに居ると情報を聞いたものですからっ」
その言葉を聞き、俺は短剣を降ろし、女性の前に移動した。
ネイビー系の髪色に、アメジスト色の瞳のムーンキーパーの女性は、「お騒がせしてすみません」と頭を下げた。
「なにか事情があるみたいですね。とりあえず、中に入って話を聞きましょう」
俺はそう言って、3人で家の中へと場所を移した。
「まず、あんたの素性を聞こうか」
腕を組んで座っているヘリオがそう言うと、女性は「はい」と返事をした。
「名前はリリシア·カランコエ。38歳です」
「リリシアさん。先程、人を探していると言ってましたが、一体誰を探してたんですか?」
俺の質問に、リリシアさんはとても言いにくそうにしながら答えた。
「娘を…探していたんです。赤ん坊の頃に手放した、娘のリリンを…」
「…え」
「?!」
リリシアさんの言葉に俺とヘリオは驚いた。
まさか、リリンちゃんの母親だったとは思いもしなかった。
だが、言われてみれば、瞳の色は同じだし、雰囲気もどことなく似ていた。
「グリダニアで、幻術師として頭角を現している女の子が居るという噂を耳にしたんです。話を聞いていくと、しばらく前に双蛇党の森の調査で保護された子だと言うのが分かって、もしかしたらと思って…」
「なるほど…」
そう言われて、俺は考え込んだ。
リリシアさんの言う娘のリリンちゃんが、本当に俺達が保護したリリンちゃんなのかを確かめるべく、どう言った経緯で娘を手放したのかを聞いた。
すると、リリシアさんはポツリ、ポツリと話し始めた。
半人前の呪術師だった頃、魔物に追い回され、辿り着いた集落。
そこの地主とも言える御屋敷の若旦那に見初められ、結婚。
そして、その間に産まれた娘には膨大な魔力が宿っていた。
集落の掟で、魔力を持った赤子は処刑されなければならない。
それを知ったリリシアさんは娘を抱え、その場を逃げ出した。
追手を振り切りながら逃げている途中に辿り着いたのは、誰も近寄らない塔の前。そこにいたモーグリに望みをかけ、娘を託した。
持っていたショールを赤子に見立て、囮になりながら我武者羅に走り、気がついたらグリダニアの領土内に逃げ仰せていたと言う。
「産後の身体が回復してから、娘を迎えに行こうと、何度か森に入ったのですが、塔に辿り着くことが出来なくて…」
「なるほどな…」
リリシアさんの言葉にヘリオが応える。
そして、俺とヘリオは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「今の話で確信しました。俺達が保護して一緒に暮らしてるリリンちゃんは、間違いなくリリシアさんの娘さんです」
「ほ、本当ですかっ?!」
「はい。俺達が育て親のモーグリのピリスから聞いた話と同じでした」
「あぁ…、やっぱり、リリンは生きて…」
今まで、娘が生きているのか気がかりだったのだろう、堰を切ったようにボロボロと涙を流すリリシアさん。
「それで、これからリリンをどうする気なんだ?」
「え?」
ヘリオの質問に、リリシアさんは涙を流したまま、顔を上げた。
「リリンに会って、あんたはどうしたいんだ?自分が母親だと名乗って一緒に暮らすのか?」
ヘリオの質問の意図を理解したリリシアさんは、首を横に振った。
「いいえ、いくら守る為とはいえ娘を手放した私に母親を名乗る資格はありません。ただ、娘が幸せにやっているのかどうか、一目だけでも見たかっただけなんです」
涙で潤んだ瞳のまま、真剣な顔つきでそう言った。
母親として、今の娘の生活を壊さぬよう、母親である事を望まぬ決意。
その母親の強さに圧倒される。
やっぱり、母親って強いな…
しばらくの沈黙の後、俺は口を開いた。
「リリシアさん、俺はリリンちゃんが大人になったら、リリンちゃんの生い立ち等を包み隠さず打ち明けるつもりで居ます。その時、貴女存在も話したいと思っているのですが、それは大丈夫ですか?」
「それは、そちらの判断にお任せします」
「分かりました。あと、良かったら連絡先を教えて貰えますか?何かあった時の為に」
「はい、分かりました。私も冒険者の端くれなので、トームストーンでいいですか?」
「はい!その方が助かります!」
トームストーンでフレンド登録を完了させる。
「フ·アリスさんとおっしゃるのですね」
「はい。あ、自己紹介してませんでしたね。俺はフ·アリス·ティアです。隣の彼は俺のパートナーのヘリオ·リガンです」
「フ·アリスさんにヘリオさん、これからもリリンをよろしくお願いします」
言って頭を下げるリリシアさん。
「はい!必ずリリンちゃんを幸せにしてみせます!」
「…アリス、そのセリフはリリンを嫁に貰う様に聞こえるぞ」
「うえ?!ち、違っ!俺は保護者としてっ!!」
「くくっ…わかってるよ」
焦る俺の反応に笑うヘリオ。
その様子にリリシアさんはクスっと笑う。
「リリンを引き取って下さったのがあなた方で良かった…」
そのリリシアさんの笑みが、リリンちゃんの笑みと重なって見えた。
話し合いを終えた俺たちは、リリシアさんを見送るために庭へと出た。
改めて挨拶を交わしていると、テレポでリリンちゃんが帰ってきた。
「ただいま!アリスお兄ちゃん!ヘリオお兄ちゃん!」
「お!おかえり!リリンちゃん」
「おかえり、リリン」
家の門から庭に入ろうとしたリリンちゃんは、リリシアさんの姿を見て一瞬固まり、素早く門の影に隠れてしまった。
「だ、誰?!」
リリンちゃんの行動に、目を丸くするリリシアさん。
俺は苦笑いをしながら言った。
「すみません。極度の人見知りで」
「あ、そうなんですか」
俺はリリンちゃんに歩み寄り、目線を合わせて話した。
「リリンちゃん、あの人はリリシアさんって言って、俺とヘリオの知り合いなんだ」
「…知り…合い…」
「うん、ちゃんとご挨拶できるかな?」
「…が、頑張るっ!」
リリンちゃんは恐る恐る俺の隣に立ち、強ばった表情のまま、リリシアに体を向けた。
「リ、リリン·ピリスですっ!は、はじめましてっ!」
大きな声で勢いよくお辞儀をするリリンちゃん。
リリシアさんは、笑顔で「はじめまして、リリンちゃん」と返した。
すると、リリンちゃんはすぐに俺の後ろへと隠れてしまう。
「ちゃんとご挨拶が出来て偉いな」
笑顔でリリンちゃんの頭を撫でると、リリシアさんを警戒しながらも、リリンちゃんは「えへへ」と俺に笑顔を向ける。
「それではこれで失礼します」
「はい。リリシアさんお気をつけて」
「お、お気をつけてっ!」
俺の真似をして、リリンちゃんも声をかけると、リリシアは優しい笑みを浮かべ、お辞儀をした。
そして、俺たちに背を向け我が家を後にした。
**********
アリス達の家から少し離れたところでリリシアは足を止め、振り返った。
家の庭でアリスがリリンに本を手渡していた。
それにリリンが喜び、アリスに抱きつき、ヘリオがアリスに呆れた顔をして何かを言っているようだった。
それにアリスは苦笑いをして、3人は家の中へと戻って行った。
それを見たリリシアは、娘が幸せに暮らしていることを確信し、満足な表情を浮かべ、その場を立ち去ったのであった。
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