A.男と女の差
「ねぇねぇ!君可愛いねぇ!」
本日、何度目だろう。
下心満載の野郎からナンパされるのは……。
男だった時は、女と間違えられて声をかけられる程度だったが、女の姿になったら30分毎ぐらいに声をかけられるようになった。
そんなに尻軽に見えるんだろうか??
最初は、のらりくらりと当たり障りなく断ってきたが、さすがにウンザリしてきていた。
「これから俺とお茶でも飲んでさー、楽しいことしようよ!」
「結構だ」
日も高い内から、下心丸出し。
頭が湧いてるヤツって結構居るんだなと、同じ男として理解ができない。
「そんなつれないこと言わないでさー、1人なんでしょ?」
「生憎、既婚者だ」
素っ気なく答える。
早く失せろ!と心の中でキレながら、必死に感情を抑える。
「結婚してても、旦那は君のことほったらかしてるから今1人なんでしょ?」
「いい加減にしてくれないか?俺も愛方も冒険者なんだ、いつも一緒に居られる訳ないだろ」
少し語尾を強めに言い返す。
「一緒に居られないなら、寂しいんじゃない?俺とその寂しさ紛らわせようよ!」
ブチッ
堪忍袋の緒が切れた音がした。
「いい加減にしやがれっ!!」
怒り任せに右ストレートを放った、が……
「なっ!?」
「危ない危ない!それにしても君、怒った顔も可愛いねぇ♪」
いとも簡単に拳を片手で受け止められ、そのまま腕を掴まれた。
「離せっ!!」
必死に振り払おうとしてもビクともしない。
女の人って、こんなに男との力の差があるのか!?
なんとか逃げ出そうと大暴れするも、男の手は腕から離れない。
「俺もさー、あんまり手荒な真似したくないからさぁー」
ニヤニヤした顔が近づいた瞬間、スっと睨まれる。
「大人しく着いてこいよ」
ゾクッと背筋が凍る。
怖いっ…
「…やっ……やだっ!離s……」
「ぐはっ!!」
突然男の手が離れ、男の体が吹っ飛んだ。
何が起こったのかと隣を見ると、今まで見たことの無い程の怒りの表情をしたヘリオの姿があった。
「へ…ヘリオ!」
唖然とする俺をよそに、倒れた男の所へ歩み寄る。
上半身を起こした男の首元に大剣の切っ先を突きつけた。
「ヒィッ!」
「俺のツレに何か用か?」
冷たくも、怒気を含んだ声に、男はガタガタ震え始めた。
「え…あ…、彼女の旦那さん……ですか……?」
「ほう、既婚者だと分かっていながらアイツにしつこく絡んでたのか?」
目に見えるんじゃないかと思うほど殺気に、俺ですら竦み上がる。
「ご、ごめんなさい!ち、ちょっと話がしたかっただけなんですぅ~っ!!許してください~っ!!」
「……失せろっ!!」
「はっ、はひぃ~~っ!!」
男は躓きながら一目散に逃げていった。
それを確認したヘリオは、俺の方に振り返ると近くまで歩み寄った。
「大丈夫か?アリス」
「……ヘリオ………」
「っ?!あんた、何泣いて…どこか痛いのか??」
驚いた表情をしたヘリオの言葉に、今度は俺が驚く。
「え……あれ?……俺…泣いてる……?」
そう、なぜだか俺は泣いていた。
ボロボロと涙が溢れて止まらない。
「ご…ごめんっ!今、止めるからっ…」
必死に涙を止めようとするが、次から次へと溢れる涙に軽くパニックになる。
「…アリス、あんた……」
ヘリオが俺の手をとる。
「震えてるぞ」
「え……?」
空いている自分の手を見れば、小刻みに震えていた。
そうか、さっき男に睨まれた恐怖が、今になってドッと押し寄せてきていたのか。
「もっと早く助けに入ればよかったな……悪かった」
そっと頭を撫でられる。
あぁ…、たったこれだけの事なのに、心が落ち着いていく。
「いや、ヘリオは悪くないよ」
「あんたはいつも俺を責めないな」
「だって、いつも俺が悪いんだから」
何かが起こると、冷静さを欠いてしまう自分の未熟さ。
さっきのだって、冷静さを保って居られたら、ヘリオの手を煩わせずにすんだはずだ。
そして、男と女でこんなにも力の差があるのに英雄と呼ばれているガウラさんを改めて凄いと感じた。
「……ほんと…敵わないな……」
「なにがだ?」
「こっちの話!」
へへっと笑う。
いつの間にか涙も止まっていた。
「…なんだか調子が狂うな…」
「ん?なにが?」
「こっちの話だ」
「なんだよー!教えろよー!」
「あんただって、さっき同じ事言っただろ」
「うぅ~……」
そんな会話をしながら、俺はヘリオとその場を後にしたのだった。
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