A.故郷へ[前編]
「ヘリオ!もうすぐ港に着くぞ!」
俺は少しテンション高めに、船の甲板で港を指さす。
今俺は、里帰りをする為に、ヘリオと一緒に船に乗っていた。
母さんの命日がもうすぐと言うことで、せっかくなのでヘリオと一緒に行こうと決め、リリンちゃんをガウラさんに頼んで来たのだ。
「随分かかったな。船で5日か…」
「うん。でも、故郷までまだかかるんだ。港から歩いて2日って所かな」
俺の言葉に、「マジか」と言うような顔をするヘリオ。
「前に里帰りした時に、レガリア乗ったら半日で着いたから、港で1泊するのもいいし、そのまま向かうでも良いけど」
「そのまま向かおう。さすがに船に乗りっぱなしで、身体が鈍る」
「ははっ!言えてる!」
そうこうしている内に、船が港に着いた。
船を降り、港町を出た所でレガリアを呼び出し、ヘリオを乗せて出発する。
「こんな言い方はなんだと思うが、だいぶ辺境の地なんだな」
「あぁ、ほんと、何も無い所なんだ。特に俺の故郷は、事情があって居場所が無くなった人達が集まって住んでる集落なんだ」
「ほう。あんたも、昔は違うところに住んでたのか?」
その言葉に俺は笑いながら言った。
「いや、俺はその集落で産まれたんだ。違うところに住んでたのは母さんなんだ」
「アリスの母親が?」
「うん、海賊の子供を身篭ったって事で、フ族の集落を追い出されたって言ってた」
「!?あんた、海賊の子供なのか?!」
「そうだよ。だから、父さんを探す為にリムサを選んだんだ」
「なるほどな…」
俺は運転しながら、そのまま会話を続ける。
「集落にはミコッテが俺と母さんしかいなかったからさ、エオルゼアで生活してて驚くことが多かったよ。ミコッテでも、サンシーカーとムーンキーパーで種族が分かれてたり、サンシーカーは本来一夫多妻制の種族ってのも初めて知ったから」
「あー、まぁ、そうなるわな」
「もっと驚いたのは、冒険者になって、父さんの素性が判明した時だな」
「?」
「実はさ、父さんはムーンキーパーだったんだよ」
「ほう」
「ずっと名前をア·クアだと思ってたんだけど、実はさアク·アでさ!その辺、母さんもちゃんと教えてくれれば良かったのにって思ったよ!」
「あんたの説明が抜ける癖は母親譲りか」
「あはは!そうかもしれない。俺、母さん似だから」
草原を走っていたレガリアは森の中へと入っていく。
「あんたの母親は、どんな人だったんだ?」
「母さんは、すごく優しくて、どんな時でもニコニコ微笑んでる人だったよ。息を引き取る直前でも、笑顔だったよ」
母さんの最期を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
それが顔に出てたのか、ヘリオは俺の肩にポンと手を置いた。
「強い人だったんだな」
「うん、自慢の母さんだったよ」
俺は笑顔で答えた。
「あ、ヘリオ。もうすぐ着くぞ」
「あそこに見えるのがそうか?」
「うん!結構みんなフレンドリーだから、気圧されないようにな?」
集落の入口に到着し、レガリアから降りると、近くにいたルガディンのおじさんが俺に気がついた。
「おー!アリスの坊主じゃねーか!1年ぶりだな!」
「おじさん!お久しぶりです!」
「おーい皆!アリスが帰って来たぞー!」
おじさんの声に、集落の皆が集まってきた。
「まぁまぁ!逞しくなって!元気そうでなによりだよ!」
「おばさん!お久しぶりです!お陰様で、元気にしてます!」
「アリス兄ちゃん!また遊んでよ!」
「おう!時間が出来たら遊ぼうな!」
次々に声をかけられ、返事をしていると、ルガディンのおじさんがあることに気がついた。
「おい、アリスの坊主。お前さんの後ろにいる、キレーな兄ちゃんは誰だ?」
突然、集落の皆からの視線を浴び、キョトンとしているヘリオ。
俺は少し照れながら答えた。
「えっと、この前帰省した時に話した、俺のパートナーのヘリオです」
「どうも、ヘリオ·リガンです」
ヘリオが自己紹介をすると、ルガディンのおじさんは「おー!あんたが!」と言いながら、ヘリオの肩をバンバン叩く。
「アリスの坊主も隅に置けねーな!こんなべっぴんさんとパートナーになっちまうなんて!」
「いやあ、あはは!」
「なぁーに照れてんだ?このぉ!」
「ちょ!やめてくださいよ!」
おじさんのからかいに、苦笑いをしながら対応する。
「ほらほら、あんた。あんまりアリスをからかうんじゃないよ!今日帰ってきたのは、お母さんの命日の為だろ?」
「はい」
「そうか、明後日だったな、フ·ラナさんの命日」
「今回は何日滞在するんだい?」
「母さんの命日が終わったら、直ぐに帰ろうと思ってます」
すると、ルガディンのおじさんは困った顔をした。
「アリスの坊主、その滞在期間、少し延ばしちゃくれねーか?」
「え?なんでです?」
「ほら、後5日で大漁祈願の祭りがあるだろ?アレの舞を踊る奴が居なくてよ」
「ま、またですか…」
俺は表情が引きつった。
前に帰省した時も、祭りの舞を踊る人が居なくて、踊らされたのだ。
「練習はさせてるんだが、どうもイマイチでよ」
「勘弁してくださいよ…、今回は流石にヘリオも居るし…」
「あんたが人の頼みを嫌がるなんて珍しいな?」
確かに、ヘリオの言う通り、大抵の頼み事は断らない俺が、こんなにも難色を示してるのは珍しいかもしれない。
でも、それには訳があった。
「いや、ちょっと…な」
「?」
「ガハハハハ!アリスの坊主も、一丁前に男だなぁ!まぁ、気持ちは分からんでもないが!」
「ちょっと!おじさん!」
「この祭りの舞はな、男が女の格好をして舞うんだよ」
「!?」
ルガディンのおじさんの言葉に、驚いた表情をするヘリオ。
そして、隣で俺は片手で顔を覆う。
知られたくなかった…
いや、母さんの命日の2日後が祭りなのは分かってたけど、流石に勘弁して欲しかった。
「アリスの坊主は、フ·ラナさんに似てるから、舞も然ることながら、見栄えも良いんだよ!」
「見栄えは関係ないですよね?!」
「舞もお前さんにゃ適うやつはいないぞ?」
「そりゃそーでしょう!何年もやらされてれば!」
俺とおじさんのやり取りに、必死に笑いを堪えているヘリオ。
そのヘリオが少しニヤッと笑った。
あ、嫌な予感…
「やってやればいいじゃないか。俺も祭りに興味あるし?」
「ヘリオ!?」
「そーだろそーだろ!パートナーの故郷の祭りは気になるよなぁ!兄ちゃん!」
あー、これはダメだ。
「…分かりました……やります……」
「おー!それは良かった!じゃあ、頼んだぞ!アリスの坊主!」
ガハハと笑いながらおじさんは去っていった。
「はぁ~……」
「姉さんには帰るのが伸びることは伝えとくから、頑張れよ」
「ヘリオ……面白がってるだろ…」
「んー?なんのことかな?」
しれっとしているヘリオ。
「ほら、早くあんたの住んでた家に向かわなくて良いのか?掃除しないといけないんだろ?」
「うん…、案内するよ…」
俺は意気消沈しながら、歩き出した。
***********
家に着いた2人は、室内に入ると荷物を置くところを確保した。
「1年経ってるのに、そんなに埃が積もってないな」
「あー、俺が命日に帰ってくるって皆知ってるから、時々掃除しに来てくれてるらしいんだ」
アリスの言葉に、この集落の人々の人の良さが伝わってくる。
「さて、先に使えなさそうな物を処分してから掃除だな」
アリスはざっと室内を見渡した。
「うーん、このベッドはもう使えなさそうだな」
そう言って、ベッドの解体を始める。
「ヘリオは、台所の掃除頼めるか?」
「あぁ、分かった」
各々、分担をして部屋を片付ける。
ベッドを解体し終えたアリスは、それを外に運びだした後、室内の窓を開け、埃落としにかかる。
埃落としが終える頃には、台所の掃除も終わり、ヘリオは棚などの拭き上げ、アリスは床に雑巾がけをする。
「あんた、去年これを一人でやったのか?」
「ん?そうだよ?」
2人でやっても結構な時間がかかったのに、これを一人でやっていたことに感心する。
そして、掃除が終わる頃には夕方になっていた。
「アリス、ベッド解体してたが、寝るところはどうするんだ?」
「ちょっと待って。今ベッド設置するから」
「は?」
アリスはトームストーンでハウジングシステムを呼び出し、ベッドがあった所にダブルベッドを設置した。
「たぶんベッド使えないだろうなーって思ってたから、用意してたんだよ」
「そ、そうか…」
「ま、使えたとしても2人で寝るには狭いから、どの道解体してたけど」
言って、ヘリオに笑顔を向ける。
ヘリオは「2人で寝る」の言葉に、少し照れたのかバツの悪そうに顔を背ける。
「さて、広場に行こう!」
「広場?」
「あぁ、この時間夕飯を作る時間だからな、子供たちの相手をしてやるんだ」
「あんた、ウルダハでも似たようなことしてるよな?」
「うん!もう習慣みたいになっててさ!まぁ、ウルダハでは予定のない日しか出来ないけどな」
そんな会話をしながら、2人は広場へと向かう。
すると、広場には既に子供達が集まっていた。
「アリス兄ちゃーん!こっちこっち!」
「おう!みんな揃ってるな!」
子供達の前に辿り着くと、一斉に子供達は口々に話しかけてくる。
それをアリスは制し、静かにさせる。
「さて、前に兄ちゃんが帰ってきた時にした約束を皆覚えてるか?」
その言葉に子供達は表情が暗くなった。
「次に来るまでにした約束。きちんとお父さんとお母さんの言うことを聞くこと。だったよな?みんなの顔を見ると、約束守れなかったみたいだな?」
「「「…ごめんなさい」」」
子供達はションボリしながら謝る。
「次に兄ちゃんが来るまで、この約束をちゃんと守れるなら許してあげよう!」
「ほんと!?」
「約束する!」
「僕、約束守るの頑張る!」
チャンスを貰って、明るくなる子供達。
その様子に、ヘリオはアリスの子供の扱いのうまさに感心した。
「さて、今日は何をしようか?」
「ねー!アリス兄ちゃん!冒険の話して!」
「私も聞きたい!」
「僕も!」
「えぇ!?まいったな」
困ったように笑いながら頭を掻く。
「話してやればいいじゃないか」
「ヘリオ…」
「あ、アリス兄ちゃんのパートナー!」
今度はヘリオに子供達が集まった。
「なーなー!兄ちゃんもアリス兄ちゃんと同じ冒険者なのか?」
「あぁ、そうだ」
「へぇ~!アリス兄ちゃんより強そう!」
「カッコイイ!」
口々に捲し立てる子供たちに、少し戸惑い気味のヘリオ。
「ほらほら、ヘリオ兄ちゃんが困ってるだろ?冒険の話してあげるから、皆静かにしような?」
「「「はーい!」」」
アリスは子供達に冒険の話を始める。
徐々にその話に聞き入る子供達。
ワクワクした表情をしたり、驚いたりと、感情がコロコロと変わる。
気がつくと、だいぶ陽が傾き、辺りが薄暗くなり始めた頃、それぞれの家から「ご飯だよー!」と声がかかる。
「はーい!」と返事をし、「またねー!」と子供達は家に帰っていく。
少しして、家から母親達が入れ物を持って出てきた。
「はい、アリス。良かったら食べとくれ」
「あ、いつもすみません。って、これいつもより量多くないですか?」
「何言ってんだい!男2人ならこれぐらい平らげられるだろ?」
「アリスくん、良かったらウチのも食べてちょうだい!」
「ありがとうございます!」
晩御飯のお裾分けを渡した母親達は、おやすみなさいと言って家に戻って行った。
「それにしても、すごい量貰っちゃったなぁ」
「半分持つ」
「ありがとう、ヘリオ」
大量のお裾分けを家に運び、テーブルに並べる。
「これ、食べ切れるか?」
「流石に無理だろ、この量は」
「腐らすのも勿体ないよな」
「アリス、あんたアイスクリスタル持ってないのか?」
「アイスクリスタルなら持ってるけど…」
「残ったやつはアイスクリスタルと一緒に閉まっておけば、冷蔵できて悪くなりにくくなるぞ」
「へぇー!そうなんだ!知らなかった!じゃあ、残ったらそうしよう!」
そう言うと、アリスは食べ物を食べる分だけ皿に盛り、残りをアイスクリスタルと一緒に戸棚に閉まった。
そして、席に戻り、夕飯を食べ始める。
「明日は何をする予定なんだ?」
「母さんの墓標に供える花の調達かな。あとは、ヘリオと、この集落の周辺を少し散歩したいかも」
「わかった」
「あ、散歩ついでにタンクの立ち回りとか、スキルの使い所とか教えて欲しい」
「最近、あんた暗黒騎士やってる事多いからな。いいぞ」
「やった!」
そんな会話をしながら楽しく食事をした。
食事を終え、食器の片付けが終わった時、タイミングよく玄関の扉をノックされた。
「はーい」
アリスが扉を開くと、そこには1人のヒューランの女性がいた。
「あ、アリス!久しぶり!」
「リンダちゃん!?」
「昼間は出迎えに出られなくてごめんね!子供が昼寝してて、家から出られなかったのよ」
漆黒の髪に軽くウェーブのかかったロングヘア、瞳は蒼色で少しつり目。肌は少し色黒の女性だった。
どうやら、アリスとは仲が良いように見えた。
「こんな時間にどうしたの?」
「今年もアリスが舞を踊るんでしょ?その踊りの確認と、後任づくりの為に指導をお願いしたいから、今から集会場に来てくれっておじさんに言われて呼びに来たの」
「あー…わかったよ」
アリスは面倒くさそうに頭を掻きながら、ヘリオの方に振り返る。
「ヘリオごめん、俺ちょっと行ってくるよ」
「あぁ、頑張ってな」
「うん!ごめんな!1人にして」
「気にするな。今回は俺が煽ったのが原因だしな」
気にせず早く行けと言うように、ヘリオはアリスにヒラヒラと手を振った。
それを見て、アリスは「行ってきます」と言って出ていく。
だが、何故かリンダと呼ばれた女性はそこを動こうとはしなかった。
「なんだ?」
「貴方…アリスのなに?」
「は?」
ヘリオはキョトンとした。
なんで初めて会った相手に、こんな威圧的に質問を投げかけられないといけないのかと思いながら、ヘリオは答えた。
「俺は…アリスのパートナーだ」
「ふーん、貴方が…」
リンダはヘリオに値踏みするような視線を送る。
「なかなか綺麗な顔してるけど、所詮は男よね」
攻撃的なその言い方に、流石のヘリオも気分がイイものではない。
少しムッとしながらヘリオはリンダに話しかけた。
「何が言いたい?」
「男の貴方より、女の私の方がアリスに合ってるって言いたいの!」
「何を根拠に…」
「アリスが子供好きなのは知ってるわよね?」
その言葉に、彼女が言わんとしていることに察しがついた。
「なんだ、女だから子供が産めるって話か?」
「そーよ!」
「あんた、既に子供が居るんだろ?って事は結婚してるんじゃないのか?」
言われて、彼女は下唇を噛む。
その表情は、醜く歪んだ。
「私だって……好きで結婚したんじゃないわよっ!」
ヒステリックに言放つ。
ヘリオはため息を吐きながら、リンダにずっと思っていた疑問を投げかけた。
「ところで、俺もあんたに同じ質問をしよう。あんたこそ、アリスのなんなんだ?」
「私は…」
リンダは嫌らしい笑みを浮かべた。
「私はアリスと昔付き合ってたの」
それを聞いたヘリオの顔に、一瞬動揺が浮かんだのをリンダは見逃さなかった。
「あら?アリスから何も聞いてないのね?」
「……」
「ふふっ、まぁいいわ。貴方のアリスへの想いがどれ程かは知らないけれど、私の邪魔はしないでちょうだいね」
「…大した自信だな」
「そりゃそーよ!」
彼女は勝ち誇った顔で言った。
「私は女で、アリスが望めば彼の子供も産める。男の貴方には出来ないことでしょう?」
「……」
「私が今までの想いを必死に伝えれば、アリスも私に戻ってくるわよ」
「それは、アリスが決めることだろ」
ヘリオの言葉に彼女はヘリオを睨みつける。
「大した余裕ね?アリスに捨てられて、後で後悔してもしらないんだからっ!」
彼女はそう言い放つと、ドアを勢いよく閉めて立ち去った。
「はぁ…一体、なんだって俺がこんな事に巻き込まれなきゃならないんだ…」
理不尽に罵倒され、喧嘩を売られ、珍しく不機嫌になる。
それと同時に、昔付き合ってた彼女がいたという事実に、なぜだかモヤモヤした気持ちにもなっていた。
**********
翌朝、アリスとヘリオは朝食を摂った後、墓標に供える花を調達するために、集落の外へと出た。
「なぁ、ヘリオ」
「ん?なんだ?」
「昨日の夜から様子おかしいけど、なんかあったのか?」
昨晩、集会場から帰ってきたアリスは、ヘリオの異変に気がついていた。
何だか機嫌が悪いような、少し距離を置いた接し方をされてると感じていた。
「いや、別に…」
「…なんか、余所余所しい感じがするんだけど…」
「…気にするな」
そう本人から言われてしまうと、何も言えなくなるアリス。
「ところで、供える花はどうやって調達するんだ?」
話題を変えられてしまい、アリスは追求をするのを辞めた。
「いつも行ってる所があるんだ」
「ほう」
アリスは気持ちを切り替えて、ヘリオをその場所へ案内する。
「ここ!凄いだろ?」
「これは…凄いな」
辺り一面に黄色い花畑が広がっていた。
「これは、なんの花だ?」
「ラナンキュラスって言うんだ!母さんが好きな花でさ!他にも色があるみたいなんだけど、この辺は黄色い花しか生えてないんだ!」
アリスは満面の笑みで答える。
「母さんは自分の名前が入ってるってので好きだったみたいなんだけど、特に黄色の花言葉が好きだって言ってたんだ」
「どんな花言葉なんだ?」
「優しい心遣い。母さん、いつも言ってたんだ、人には優しく、さり気ない心遣いをしなさいって。それは必ず、同じように返ってくるからってさ」
「なるほどな…」
何となく、普段のアリスを見ているヘリオは、納得出来た。
なにか予定があっても、それを気づかせず相手に合わせている事が多い。
母親の教育の賜物だったことを、この時に知った。
アリスは、ラナンキュラスを2本だけ刈り取った。
「2本で良いのか?」
「うん!1人1本!束になれば豪華に見えるけど、花だって生きてるからな!それに、母さんは1本だけでも喜んでくれるから」
これも心遣いの1つだろう。
花にまで気遣うなんて、余程気にかけてる人間じゃないと出来ないことだった。
「さぁ!一旦家に帰って、花瓶に刺そう!明日までに枯れない様にしないとな!」
「あぁ、そうだな」
言って、来た道を戻る。
アリスの背中を見ながら、ヘリオは昨晩のリンダとのやり取りを思い出した。
「なぁ、アリス」
「ん?なに?」
声をかけられ、振り返る。
「あんた、子供が欲しいって思ったことはあるか?」
「え?なんだよ急に…」
予想外の質問に驚くアリス。
「ヘリオは欲しいのか?」
「俺は別に…、てか、あんたはどうなんだって聞いてるんだが?」
「んー…」
アリスは少し考える素振りをしてから答えた。
「昔は欲しいって思ってたかな」
「だよな、あんた子供好きだもんな…」
「でも、今は全然そんなこと思ってないけど」
「なぜだ?」
アリスの言葉にヘリオは内心驚いた。
「だってさ、街に行けば子供は沢山いるし。俺、ヘリオと一緒に居られれば、何もいらないから」
「なっ!?」
ヘリオにとって、とてつもなく恥ずかしい発言に、思わず赤面する。
「それに、冒険してたら子供育てられないし。だったら、街の子供達を相手にしてるだけで充分!」
アリスは笑顔で言い切る。
「…そうか」
「それにしても、なんで急にそんなこと聞くんだ?」
「…いや、何となく聞いてみただけだ」
「ふーん…、まぁ良いけどさ」
それ以上踏み込んで来ないのも、心遣いなんだろうか?
そんなことを思いながら、ヘリオはアリスの後をついて行く。
「なぁ、ヘリオ」
「ん?」
「悩みがあるなら、遠慮なく言ってくれよ?」
心配そうな声に「あぁ」と一言だけ返す。
本当は追求したくて仕方がないはずなのに。
そのアリスの気遣いに、余計に話しづらくなる。
話してしまえば、アリスの行動は予測が付くのだから。
家に戻り、花を花瓶に刺した。
昼食を終え、当初の予定通りに散歩に行こうと家を出ると、子供を連れたリンダに声を掛けられた。
「アリス!」
「リンダちゃん」
アリスの元に駆け寄るリンダ。
チラッとヘリオの方を見て、一瞬ニヤッと笑った。
眉を顰めるヘリオ。
「ねぇアリス!家に来てお茶しない?旅の話を聞かせてよ!」
「え?」
突然の誘いに驚くアリス。
「ごめん、リンダちゃん。俺、今からヘリオとこの辺り一帯を散歩するんだ。久しぶりの故郷だし、少しのんびりしたいんだよ」
「えー!いいじゃない少しぐらい!」
引き下がらないリンダに、アリスは困った顔をする。
「それに、旦那さんにも悪いしさ!だからごめんな!ヘリオ、行こう!」
アリスはヘリオの手を掴んで、逃げるように立ち去る。
後ろの方で「なによー!ケチー!」と言うリンダの声が聞こえる。
集落から少し離れたところで、アリスは足を止めた。
「良かったのか?」
「何が?」
「いや、リンダ…だったか?」
「あー、いいのいいの!俺にはヘリオとの時間の方が大事だから、それに…」
「それに?」
「彼女とは終わった関係だしな」
「は?」
あっさりと答えたアリスの言葉に、間の抜けた声が出た。
ヘリオの反応に「あれ?」と、アリスは困惑する。
「俺……昔付き合ってた人が居たって、話してなかったっけ?」
「……聞いてない」
ヘリオは心の中で頭を抱えた。
(コイツ、言ったつもりでいたのか?!)
どおりでリンダに対する説明がない訳だ。とヘリオは思った。
いつものアリスなら知り合いを初めてヘリオに会わせるときに、必ず説明と共に紹介をする。
それがなんの説明もなく、昨晩のリンダから直接「昔の彼女」という事実を知らされ、知られたくない事なのだと、勝手に思い込んでいた。
「ひょっとして、昨日帰ってから様子がおかしかったのって、そのせい?」
「なんでそう思う?」
「いや、俺が出ていってから、しばらくリンダちゃん家にいたみたいだったし…彼女から付き合ってたって事を聞いて、なんか誤解したのかなぁって」
半分はビンゴだった。
「アリス、あんた少しは自分が何を話して、何を話してないか、ちゃんと覚えてろよ」
「ごめんって!」
「で?リンダとはなんで別れたんだ?」
「実はさ」
苦笑いをしながらアリスは言った。
「他に好きな人が出来たってフラれたんだよね」
「は?」
「付き合うきっかけも、彼女からの告白だったんだけど…、当時の俺は、恋愛とかよく分からなくてさ。母さんの事もあったから、最初断ったんだよ。でも、手伝えることは手伝うからって言うから、そこまで言うならって事で付き合いが始まったんだけど…」
アリスは頭を掻きながら続けた。
「彼女がリードしてる感じで、多分彼女には物足りなかったんだと思う。だから、冷めちゃったんじゃないかなって」
それを聞いたヘリオは、ますます昨晩のリンダの言動が分からなくなった。
自分でフッた男を、何故今になって取り戻そうとするのか?
不可解なこと極まりない。
「もしかして、不安になった?」
「なにが?」
「俺が隠し事してるんじゃないかって…」
「寝言は寝て言え」
「じゃあ、ヤキモチ…とか?」
「ないない」
「…ちぇー」
あからさまにガッカリするアリス。
「ヤキモチ妬かれても面倒くさいだけだろ」
「そんな事ないよ?むしろ嬉しい」
「は?」
「だって、ヤキモチ妬くぐらい、気持ちが強いって感じるじゃん?」
アリスは優しい笑顔になる。
「まぁ、ヘリオはヤキモチとか妬かなそうだもんな。そういうとこドライな感じするし」
「……」
アリスの言葉に、ヘリオは少し考える素振りを見せた。
「ヘリオ?」
「…実は…、いつも何でも話すあんたが、俺に話さないことがあるんだって思ったら、少しモヤモヤしてた…」
「…え?」
ポロッと本音を口にしてしまい、ヘリオはハッとする。
「失言だ、忘れてくれ」
「やだ!忘れない!」
「忘れろ!恥ずかしい!」
自分で言った事とはいえ、とてつもなく恥ずかしくなり、顔を赤くする。
「ヘリオ」
「!?」
アリスはヘリオを抱きしめた。
突然のことに慌てるヘリオ。
「あ、アリス!こんなとこで辞めろ!人に見られたらっ」
「誰に見られても構わないよ」
「俺が構う!」
「いいじゃん、集落の皆は俺達がパートナーだって知ってるんだから」
「そう言う問題じゃ…んんっ!?」
言葉を遮るように口付けをされた。
体を押しのけようにも、両腕事抱きしめられていて、思うように手が使えない。
「っ…アリスっ…待てっ…んんっ!」
何とか顔を逸らして口を離すが、離した先から塞がれる。
それを何度か繰り返すと、今度はヘリオの後頭部をアリスは片手でしっかり固定する。
アリスの顔の角度が変わり、口付けはディープなものに変わった。
「~~~っ!?」
あまりに衝撃的で、ヘリオは思わず呼吸をするのを忘れる。
唇が離れた時には、酸欠で息が上がっていた。
「はぁっ…はぁっ…」
「ごめんヘリオ、あまりに嬉しくて我慢できなかった」
申し訳なさそうに微笑むアリスに、ヘリオは口を手で押え、真っ赤になりながらアリスを見る。
「ビックリしたよな?嫌だった?」
「嫌とかそんなことの前に、いきなりそういう事するの、恥ずいから辞めろよ……」
ヘリオの反応に、アリスは笑顔を向ける。
「相変わらずだよな、恥ずかしがるの」
「うるさい…」
「でもさ、「今からキスします!」って言ってキスする人なんか居ないだろ?」
「それはそうだが…」
「まぁ、ヘリオが嫌だって言うなら、二度としないよ?」
少し悲しそうな笑顔を向けられ、ヘリオは口篭る。
少しの沈黙の後に、ため息を吐き、口を開いた。
「…こんな、誰が見てるか分からないところでするな…」
その言葉に、アリスはクスッと笑い「分かった」と答えた。
結局、その日は暗黒騎士の練習は行わず、のんびりと過ごした。
その様子を、遠くからリンダが見ていたことも知らずに……。
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