A.故郷へ[後編]


命日の日。
アリスはヘリオを連れて海の見える見晴らしの良い丘に来ていた。
そこには木で作られた簡易的な墓標が建っていた。

「ここにアリスの母親が?」
「うん。母さん、家にいてもずっと海の方を見てたから、海が見えるところにしたんだ」
「そうか」

墓標の前に来ると、アリスは昨日摘んできたラナンキュラスを供える。
そして、膝まづき黙祷する。
ヘリオもそれに習い、ラナンキュラス供え、膝まづいて黙祷した。
黙祷し終えると、2人は立ち上がった。

「ヘリオ、付き合ってくれてありがとな!母さんもきっと喜んでるよ!」
「そうだといいな」

素っ気なく答えるヘリオ。
だが、それは照れ隠しなのだと、アリスは気付いていた。

「さて、これから予定がないから、明後日までみっちり祭りの準備しないとな…」

気乗りしないアリスに、ヘリオはフッと笑う。

「まぁ、あんた以外適任が居ないなら仕方ないだろ。今のうちに後任をしっかり指導するんだな」
「元はと言えば、今回のはヘリオが原因だろ~」
「さて、なんのことやら?」
「も~!」

アリスの反応に吹き出すヘリオ。

「で、今から帰って準備するのか?」
「う~ん…あ!昨日出来なかった暗黒騎士の立ち回りとスキルの使い所を教えてくれよ!」
「ここでか?」
「ちょっと下がったあの辺で」

アリスは墓標がある所から少し下った場所を指さした。

「分かった、じゃあやろうか」
「よろしくお願いします!先輩!」
「その先輩っての辞めろよ」
「でも、懐かしいだろ?」
「まぁ…そうだな」

丘を下り、2人で大剣を構える。
立ち回りを教わり、分からないことを質問したりしている姿を、アリスの母親が微笑んで見ている気がした。


**********


家に戻り、集会場へと向かう準備をしていたアリスは、ふとヘリオに話しかけた。

「なぁヘリオ、一緒に集会場にくるか?」
「いいのか?」
「うん。舞の練習と、後任の指導だから本番の衣装とかは着ないし、全然構わないよ。それに、結構暇を持て余してる人達が見学に来てたりするし」

それを聞いたヘリオは、初日の夜のような事が起こっても面倒だと思い、集会場に一緒に行くことにした。
集会場に着くと、わりと人が集まっており、舞の後任候補であろう少年から青年数人が練習をしていた。

「お、来たな!アリスの坊主!今日はパートナー連れてきたのか!」
「はい、家にいても退屈なんじゃないかと思って、誘ってみました!」
「おー!そーかそーか!」

ルガディンのおじさんは「ガハハ」と笑いながら言った。

「ま、伝統の舞を見て、少しでも楽しんでくれや!」

ヘリオにそう言って、アリスを連れてルガディンのおじさんは練習中の少年青年達の元へ向かった。
そして、少年青年達の踊りを確認しながら、アリスが動きを指導しているのを、ヘリオは集会場の壁に背を預け、腕を組みながら見学する。
一通り指導が終わった後、アリスが本番の練習に入った。
アリスが定位置に着くと、ルガディンのおじさんが演奏者に合図を送る。
演奏が始まり、舞が始まる。
集会場に向かう途中に、聞いた祭りのルーツ。
男のフリをしていた女性が海竜と心を通わせ、この集落に多くの幸をもたらしたと言う。
舞を見ると、力強さの中に何処か女性らしい柔らかな動きもあり、なかなかに色っぽい。
更に、アリスの容姿のせいなのか、本当に女性が踊っているような錯覚に陥る。
ここに来た時に「見栄えがいい」と言われていたのも納得できた。

(これで本番の衣装とやらを着たら、完全に女にみえるんだろうな)

そんなことを思って苦笑を浮かべるヘリオ。
過去にヘリオの双子の姉がカッコ良く着こなしている装備を試着して、何故か可愛くなってしまったアリスを知っているだけに、想像がついてしまった。
通して舞を踊り終わったアリスは、不安なところがあるのか、ルガディンのおじさんと話し合い、その部分の踊りの動きを何度も繰り返し踊る。

「よし!ここで休憩に入るぞ!アリスの坊主も体を休めろ!」
「はい!」

汗を大量にかきながら、息を切らしてヘリオの元に戻ってくる。

「お疲れさん」
「うん、ありがと!あー暑っ!」

言って、アリスはおもむろにシャツを脱ぎ、上半身裸になる。
汗を吸ったシャツでサッと顔の汗を拭き、集会場の外でシャツを絞る。
大量に絞り出される汗。
絞ったシャツをパンッと音を立てて広げると、簡単に畳んで集会場の床に置く。

「おー!アリスの坊主。去年よりも一段と筋肉付いたんじゃないか?」
「そうですか?」
「てか、その腹の傷痕はどうした?」
「あー、これはちょっとしくじりまして…」
「んー、こりゃ、衣装を少し変更しないとかもなぁ…」

ルガディンのおじさんは、他の人達と会議を始めた。

「どうした?」
「んー、この腹の傷痕のせいで衣装を変更しないといけないみたい」

その傷痕のことは嫌という程、ヘリオは知っていた。
普段は服を着ていれば分からないが、肌を出してしまえば目立つほどの傷痕だった。
目立たない方がおかしい。この怪我のせいで、アリスは1度死にかけたのだから。

「こんにちはー!差し入れでーす!」

明るい声で集会場に入ってきたのはリンダだった。
両手に重そうな荷物を持っていた。

「おー!リンダ!いつもありがとうな!」
「いいえ!お祭りの為に頑張ってる皆さんの為ですから!今年も素敵なお祭り、期待してます!」
「おう!任せとけぃ!」

ルガディンのおじさんは、リンダに力こぶを作って見せた。

「見学の皆さんも、良かったら食べてください!」

リンダの言葉に、見学に来ていた人達も「おー!」「ありがとう!」と言い、集まった。

「ヘリオ、俺達も行こう」
「…あぁ」

ヘリオは少し気乗りしなかったが、アリスについて行った。
集まった人達は、差し入れの料理を囲み、床に座って食べ始める。
時折、リンダからの鋭い視線を感じながら、ヘリオはアリスの隣で気づかないふりをしながら料理を口に運んだ。
差し入れを食べ終え、胃を少し休めてから、舞の練習は再開された。
ヘリオは休憩前と同じ場所で、腕を組んで練習の様子を眺めていた。
すると、リンダがヘリオに近付き、通りすがりに小さな声で言った。

「貴方に話があるから、ついて来なさい」

ヘリオは「またか…」と溜息を吐いたが、ここでヒステリックになられてトラブルになるのを避けるため、大人しく従った。
集落の少し離れたところにある森の入口、そこまで着いて行くと、リンダはおもむろに口を開いた。

「邪魔をしないでって、この前言ったはずだけど」
「邪魔なんかしてないだろ。むしろ何もしてないのに、そう言われるのは心外だ」
「じゃあ、なんで昨日、私がアリスを誘った時に「行ってこい」も言わないのよ」
「邪魔はしてないが「助力をする」とは言ってないはずだが?」

リンダの顔に怒りが見え始める。

「じゃあ、今日はなんで集会場にいるのよ!」
「アリスに誘われたからだ。俺が1人で家にいるのは退屈だろうからと言う気遣いを無駄にしたくなかったからな」

感情に任せて、リンダは平手打ちを放つ。が、簡単にその手を止められる。

「自分の思い通りにならなきゃ実力行使か…」
「うるさいっ!」
「あと、1つ言わせてもらうがな」

ヘリオは冷たい目線をリンダに向ける。

「自分からフッた男が、誰かのパートナーになったのが気に入らないのかもしれないが、いつまでも人の心を縛って置けると思うな」
「っ!?」

ヘリオの言葉と冷たく鋭い視線に、リンダは怯んだ。

「だいたい、あんたの口振りだと、俺がアリスにちょっかい出したように勘違いをしてるようだが、一目惚れだって告白してきたのはアイツの方だ」
「…嘘よ…」
「そんな得にならない嘘を吐いてどうする?本当の事だ」
「嘘よ!信じない!」

ヘリオの手を振り払い、胸を抑えるリンダ。

「本当の事だよ」

突然聞こえた声に、周りをキョロキョロし始めるリンダ。
すると、木の上から飛び降りてきたのはアリスだった。

「アリス!」
「ここの所、ヘリオの様子がおかしかったのは、リンダちゃんのせいだったんだね」
「…どうして…」
「いや、あれだけ露骨にヘリオに対して敵意のある視線送ってれば、さすがに鈍い俺でも気が付くよ」

アリスはリンダに歩み寄る。

「ねぇ、なんでこんなことしたんだ?君は好きな人と結婚して子供までいるのに、なんで今になって俺に気のある素振りをするんだ?」

アリスが確信を突く。
ヘリオも疑問に思っていた事だ。
2人は黙ってリンダの返答を待つ。

「好きなんかじゃないわよ…」
「え?」
「私はずっとアリスの事が好きだったの!恋人になって嬉しかった!でも、貴方の私への接し方を見てて、なんか恋人って言うより、兄弟と接してるような、そんな感じがしてっ」

感情のままに、リンダは続けた。

「だから、アリスの気持ちを確かめたくて色々して、ヤキモチを妬いて欲しくて、引き止めて欲しくて、嘘をついて好きな人が出来たった言ったの!別れたあとも、少しでも気持ちがあることを期待して、わざと貴方の前で仲良さげにしてみたけどっ…けどっ…!」

リンダは泣き崩れた。

「結婚の話も出て、後に引けなくなってっ…」
「リンダちゃん……」
「…言わせてもらうが、アリスがあんたを本気で好きだったとしても、アリスは身を引いたと思うぞ」

ヘリオの言葉に、リンダは涙でグチャグチャの顔のまま、顔を上げる。

「だろ?」
「うん、そうだな。好きだからこそ、相手の幸せを思って身を引くな」

アリスは苦笑いをしながら、そう答えた。

「そりゃ、別れるのは辛いかもしれないけど、他に好きな人が出来たなら、好きな人と一緒にいた方が幸せだろうからな」

それを聞いたリンダは俯いた。

「リンダちゃん、前に俺が帰省した時に「旦那さんと上手くいってない」って相談してきたよな?実は相談を受けたあと、旦那さんと話をしたんだ」
「え?」

突然知らされた事実に、リンダは驚いた。

「旦那さん、リンダちゃんのこと、本当に大事に思ってたよ?むしろ、俺が帰ってくる度に嬉しそうにしてるのが悔しいって言ってた」
「あの人が……?」
「うん。どんな形であれ、俺達の関係は終わったんだ。これからは、もっと周りに目を向けようよ。じゃないと、誰も幸せになれないよ」

リンダは再び俯くと、少し考えているようだった。
その時。

「リンダ!」

集落から血相を変えて走ってきたのは、1人のエレゼンの男性だった。

「あなた…」
「リンダ!どうしたんだ?!そんな泣き腫らした顔をしてっ」

その人物は、リンダの旦那だった。

「君達か!?リンダに何をしたんだっ!」
「違うのあなた!違うの!」

リンダの言葉に旦那はリンダを見る。

「ごめんなさい、あなた…、ごめんなさい…」

また、泣き出すリンダに、どうしたらいいか分からすわ困惑する旦那。
きっと2人は大丈夫だろう。
関係はこれからでも充分修復できる。
そんな時、突如森の中からビッグベアが飛び出してきた!

「きゃあっ!」
「リンダ!」

旦那はリンダを守るように覆い被さる。
ヘリオは大剣を素早く抜き去り、ビックベアと2人の間に割り込み、攻撃を大剣で受け止める。

「アリス!」

アリスも素早く双剣を抜き、ビッグベアに夢幻三段を放ち、ビッグベアの脳天に終撃を食らわし、トドメを刺す。
大きな音を立てて倒れるビッグベア。
アリスは2人に駆け寄った。

「2人とも怪我はないか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ…」
「私も…大丈夫…」
「そうか、良かった」

一安心したアリスは、「帰ろう」と促し、4人は集落に戻った。
その後、アリスは舞の練習に集会場に戻り、ヘリオも見学に戻った。


翌朝、アリスとヘリオが朝食を食べていると扉をノックされた。
アリスが出てみると、そこにはリンダとその旦那が立っていた。

「あ、食事中にごめんなさい」
「いや、いいよ。どうしたの?」
「私、これまでの事をヘリオさんに謝りたくて……」
「僕も、早とちりで君達を疑った事を謝りたいのと、助けてもらったお礼を言いたくてね」

それを聞いたヘリオも食事を中断して、2人の元に行く。

「ヘリオさん、本当にごめんなさい。私の自分勝手な行動で嫌な思いをさせました…」
「いや、いいさ。気にするな」
「僕からも、本当にすまなかった。僕がしっかりしていればこんな事にはならなかったんだ。申し訳ない」

2人は頭を深々と下げた。

「気にしないでください。元はと言えば、俺にも原因があるようなものですし。こちらこそ、すみませんでした」

アリスが頭を下げたのに驚く2人。
そして、2人は危ないところを助けてもらった礼を言って帰っていった。
そして、食事を再開した。

「まったく、とんだとばっちりを食らったな…」
「あはは、ごめんなヘリオ」

ヘリオの言葉に苦笑いするアリス。

「ところで、今日の予定は?」
「今日は衣装合わせと、衣装を着てのリハーサルかな」
「じゃあ、行かない方がいいな」
「え?なんで?」
「本番さながらのリハーサルを見たら、明日の本番の楽しみが無くなるだろ」
「それもそうか」

アリスは少し心配そうな表情を浮かべる。

「でも、俺が集会場に行ってる間、ヘリオはどうするんだ?」
「ん、適当にその辺彷徨いてるさ」
「分かった。終わったら連絡入れるよ」
「あぁ」

食事をし終わった2人は片付けをしてから別行動をとった。


そして、祭り当日。
昨晩から舞台設置やなにやらで、集落中が大忙しだった。
アリスは最終リハーサルで集会場へ、ヘリオは祭りの準備を手伝った。
日が暮れ、辺りが薄暗くなった頃。祭り用の照明が灯され、舞台もライトアップされる。
集落中の人達が固唾を飲んで舞台を見つめていた。
そこに、黒いローブを纏いフードで顔を隠したアリスが現れる。
定位置に着き、演奏が始まり、ローブを着たまま舞が始まる。
そして、曲が盛り上がり始めた所でローブが脱ぎ捨てられる。
化粧をし、煌びやかな女性の衣装を身に纏い、力強く、時には艶めかしく舞うその姿は、化粧と衣装のせいか、誰もが息を呑む程の美女に見えた。
予想以上の容姿に、思わず呆気にとられるヘリオ。
過去に幻想薬で女性になった姿より、舞を踊る姿の方が勝るとは思ってもみなかった。
舞が終わり、拍手喝采の中、アリスは一礼をして舞台から降り、集会場へと戻った。
少し遅れて、ヘリオもやってきた。

「お疲れさん。凄かったよ、あんたの舞」
「ありがとう、ヘリオ」

自分の姿に恥ずかしいのか、少し苦笑いをしながら礼を言うアリス。

「近くで見ると、結構化粧が濃いんだな」
「うん。薄暗いとどうにも映えないから、濃くされるんだよなぁ」

言って、アリスは化粧を落とし、着替えを始める。

「ヘリオ、この後どうする?」
「祭りの飾りがされた景色をトームストーンで撮りたいんだ」
「あぁ、ガウラさんに送るのか?」
「まぁ、そんなところだ」

会話してる間に着替えが終わり、普段のアリスの姿になる。

「じゃあ、行こうか」

アリスはそう言うと、ヘリオと共に祭りで賑わう集落へと繰り出して行った。


***********


祭りを終えた翌朝、俺達は集落の人達に挨拶をし、デジョンでグリダニアへと戻った。
そこからラベンダーベッドにあるガウラさん宅へと向かう。
ドアをノックし、室内に入る。

「ガウラさーん、リリンちゃん迎えに来ましたー!」
「あいよー!」

2階の方からガウラさんの声が響く。
すると、2階からガウラさんとリリンちゃんが一緒に降りてきた。

「おかえりなさーい!……あれ?」
「?」

リリンちゃんの不思議そうな反応に、どうしたのかと思っていると。

「アリスお兄ちゃん、お姉ちゃんになったんじゃなかったの?」

そのリリンちゃんの言葉に、思わず噴き出すヘリオとガウラさん。

「え?なんのことだい?」
「だって、昨日ガウラお姉ちゃんに送られてきた画像のアリスお兄ちゃん、女の人になってたよね?」
「は?」

必死に笑いを堪えているヘリオとガウラさんの方を見る。

「すまんアリス、まさかこんな事になってるとは…」
「ヘリオ?」

笑いを堪えながら謝るヘリオ。

「悪いねアリス。リリンに見せるつもりは無かったんだが、ちょうど画像が送られてきた時にリリンが隣にいてね。見られてしまったんだ」

ガウラさんも、笑いを堪えながら事情を説明してきた。

「画像、ですか?」
「これだよ」
「!?」

差し出されたトームストーンの画面を見て俺は硬直した。
画面には、昨晩の祭りの舞を踊っている俺の画像が映し出されていた。

「え?!ヘリオ?!」
「すまん、ちょっとした出来心で姉さんに送ったんだが…、まさかリリンに見られるとは…くくっ」

堪えるのが限界なのか、ヘリオから笑いが漏れる。
それに釣られて、ガウラさんは大爆笑。
なるべくならリリンちゃんに見られたくなかった姿を見られ、頭を抱える俺。
状況が理解出来ずキョトンとしているリリンちゃん。
そして、ツボに入ってしまったのか、しばらく2人の笑い声が室内に響いていた。



とある冒険者の手記

FF14、二次創作小説 BL、NL、GL要素有 無断転載禁止

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