A.困った存在
イシュガルドから帰宅の途中、急激な寒気が襲ってきた。
どんどんボーっとしてくる頭。
いつもの事ながら、寒い地域に行くと起こる体調不良。
何とかテレポで自宅前まで着いたが、足元がおぼつかない。
(あ、これ、ダメだ…。歩けない)
そう悟った俺は、自宅の門に背を預け、座り込んだ。
でも、このまま外にいたのでは悪化する。
致し方無しにパールリンクを起動し、着信をかける。
『もしもし、どうした?』
「あ…ヘリオ、忙しいのにごめん…」
『…あんた、調子悪いのか?』
俺の声で体調不良を察したヘリオに、俺は事情を説明した。
「イシュガルド帰りで、また熱出たみたいで…、なんとか自宅前に着いたけど…、門の所から動けなくて…」
『分かった。今から行く』
そう言って通信が切れた。
少しして、門の前にテレポで到着するヘリオ。
「相当ヤバそうだな」
「…ヘリオ…ごめんな…」
「気にするな。用事よりあんたの命の方が大事だ」
そう言うと、ヘリオは俺の腕を自分の肩に回し、俺の腰を掴む。
「行くぞ」
「…うん…」
その言葉を合図に、ヘリオは俺を支えて立たせる。
室内に入り、慎重に階段を降り、ベッドへと向かう。
そして、俺をベッドに横にさせる。
「何か欲しいものはあるか?」
「あ…温かいものが飲みたい…、寒くて…」
「分かった」
ヘリオは飲み物を取りに1階へと戻っていく。
俺は、熱で朦朧としてる中、自分の身体の弱さを呪った。
いくら熱を出さぬよう、寒さ対策をしても必ず熱を出す。
母さんの病弱体質を少しばかり受け継いでしまったのは仕方ない。
だが、今回のようにヘリオに迷惑をかけてしまうのだけは、本当に嫌だったのだ。
そして、母さんのことを思い出す。
どんなに体調が悪くても、笑顔で居続けた母さん。
今の俺より、もっと、ずっと、苦しい思いをしてただろうに、それでも笑顔は絶やさなかった。
本当に、母さんは強い人だったのだと、心から思った。
5分ほど経ったころ、ヘリオが桶と氷嚢を持って戻ってきた。
冷たいタオルを額に乗せられ、その上から氷嚢を設置する。
「飲み物はもう少し待ってくれ。今作ってるから」
「うん、ありがとう。ごめんな…」
「あんた、謝ってばかりだな。こればっかりは仕方ないだろ。気にするな」
「迷惑かけて、ごめんな」
俺の言葉にヘリオの動きが止まる。
「…そんな風に思ってたのか。パートナーなんだから、体調が悪い時は心配もするし、世話をするのが普通だろ?」
「それは…そうだけど…」
「アリス、あんたはもし俺が体調を崩したら、迷惑だと思うのか?」
その言葉に俺はすぐ、顔を横に振った。
「思わない…」
「だろ?俺も迷惑だなんて思ってない。むしろ、あんたが元気がないと、逆に調子が狂う」
「…でも…」
俺が口篭ると、ヘリオはため息をついた。
「俺の予定や用事のことを気にしてるなら、気にするなとさっき言ったはずだ。今朝、イシュガルド行きの話を聞いた時に、既に予定は変更済みだからな」
ヘリオの気遣いに、申し訳なさと、自分の情けなさが込み上げる。
「ヘリオ…」
「おっと、謝るのは無しな。俺はパートナーとして当たり前の事をしただけだ。それに、あんたは何も悪くないだろ」
俺はその言葉に苦笑した。
「ありがとう、ヘリオ」
お礼を言うと、ヘリオはフッと微笑み、俺の頭を撫でた。
「じゃあ、飲み物作ってる途中だから、戻るぞ」
「うん。ヘリオ」
「ん?」
「大好き」
ヘリオの頬が紅くなる。
「熱出してても変わらないな」
「へへっ」
「まったく…、大人しく寝てろよ?」
「うん」
1階に戻っていくヘリオを見送り、俺は目を閉じた。
***********
へリオがキッチンに戻ってくると、弱火にかけていたミルクが程よく温まっていた所だった。
火を止め、マグカップにミルクを注ぎ、砂糖を入れる。
スプーンでホットミルクを掻き混ぜながら、ヘリオはふと思いに耽ける。
自分が存在している理由。
それは[姉]である彼女を守ること。そして、いつか彼女にエーテルを返すこと。
だが、今はどうだろう?
存在している理由とは全く関係の無いことをしている。
パートナーを作らずとも良かったはずの自分の運命。
それを変えた人物。
最初はただの冒険者としての繋がりだった。
アリスも、他の冒険者と同じように、通り過ぎていくだけの存在だと、そう思っていた。
ハウケタで告白され、予想外の事に戸惑った。
だが、その後不思議にも、一瞬でも愛おしいと思ってしまったのも事実。
元々、[姉]にエーテルを返すタイミングをどうするか悩んでいたところに、更にタイミングを失うような存在が出来てしまった。
「全く、困った奴だ…あんたって人は…」
1人苦笑いをし、それでも[これも悪くない]と思ってる自分自身に呆れながらも、寝込んでいる[愛おしい困った存在]にホットミルクを持っていくのであった。
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