A.義姉と義弟
「くっそ!俺はアホかっ!」
ウルダハの街を走りながら、俺は自分自身に悪態をつく。
家を出たのは良いが、アーマリーチェストを自宅に忘れるという、冒険者にあってはならないことをしてしまい、テレポ代節約の為に、自宅に向かっていた。
必死に走っていると、不滅隊の屯所の前で、義姉であるガウラさんを見つけた。
よく見ると、体の至る所に包帯が巻かれているのに気づき、足を止めた。
「ガウラさん!どうしたんですか?その怪我」
「げっ!アリス!」
いかにも逢いたくなかったと言う反応をされる。
回復魔法を使わずに応急処置だけの状態を見る限り、エーテルも使える状態では無いのだろう。
その姿は女性としては痛々しい姿だ。
「大丈夫なんですか?」
「平気だ!気にせずさっさと行け!急ぎの用事があるんじゃないのか?」
「いえ、忘れ物を取りに自宅に帰る所だっただけですけど」
そんな会話をしていて違和感を感じた。
こういう時は、だいたいガウラさんがさっさと立ち去る事がほとんどなのに、彼女はその場を動こうとしない。
俺は彼女の全体をよく観察する。
すると、微かではあるが、膝が少し震えているのが分かった。
これは…
俺はガウラさんの後ろに回った。
「なんだい?後ろに回って……」
「ガウラさん、ちょっと失礼しますね」
俺は一言断ってから、ガウラさんに膝カックンを仕掛ける。
すると、「うわっ!」と叫び声を上げたガウラさんは膝を地に落とし、両手も地に着いた。
「なっ!何するんだい!いきなり!」
「ガウラさん、痩せ我慢してるでしょ」
「膝カックンなんてされたら、誰だって倒れるだろ!」
「そうでしょうか?」
俺はしゃがんで、彼女の顔を覗き込む。
「普通の状態の人は、膝カックンしても、バランスを崩した瞬間に踏ん張って、倒れるのを踏みとどまりますよ?それが出来ない状態なんて、相当ダメージがデカいんじゃないんですか?」
「だっ、だったらなんだって言うんだ!お前には関係ないことだろ?!」
ムキになるガウラさんに俺は溜息を吐く。
そして、何も言わずにそのままガウラさんをお姫様抱っこした。
「なっ!?なっ!?」
「怪我人は大人しくしててください」
「お、降ろせ!バカ!私は平気だ!!」
「立ってるのもやっとの人のセリフじゃないです」
俺は知らん顔をして、そのまま歩き出す。
「ふざっけんなっ!降ろせ!」
「いってぇ!!」
腕の中で暴れるガウラさんのゲンコツが頭にクリティカルヒットする。
「危ないですから、大人しくしてくださいっ!!」
「うるっさいっ!!降ろせ!!」
今度は全力で俺の顔を手で押しのけて、降りようとする。
「あーもうっ!!危ないって言ってるじゃないですかっ!!」
「!?」
あまりにも暴れるので、お姫様抱っこから俵担ぎに抱え直す。
「降ーろーせーっ!!」
抱き方を変えても手足をバタバタさせて暴れるガウラさん。
「この状態のガウラさんをヘリオが見たらどう思うんでしょうね?」
ガウラさんの動きがピタッと止まる。
「お前……」
「いつも人には無茶するなって言って、ガウラさんも無茶してるじゃないですか。今日見た事はヘリオには黙ってますから、大人しく運ばれてください。目的地に着いたら回復魔法をかけますから」
「それなら別に移動しなくても、その場で出来るだろ?!」
「出来ないから言ってるんです。今俺、アーマリーチェストを持ってないんで」
「…………は?」
かなり呆れた声を出された。
「だから、俺ん家に着くまで、大人しくしててください」
大人しくなったガウラさんを担ぎ、自宅のあるゴブレットビュートへと足を進める。
「はぁ~……冒険者なのにアーマリーチェストを常備してないとか……」
「自分の事を棚に上げてる人に何を言われても痛くないでーす」
「こんのっ!」
「いってぇ!!」
思いっきり背中を叩かれる。
「それとこれとは話が別だろう!」
「だからって叩くことないじゃないですか!」
「ムカつく言い方するからだっ!!」
そんなやり取りをしながら
自宅へと到着。
リビングの椅子にガウラさんを座らせ、テーブルに置き忘れていたアーマリーチェストを開き、白魔にジョブチェンジする。
巻かれている包帯を外し、回復魔法をかける。
「ガウラさん、1つ撤回して欲しい言葉があります」
「なんだい?」
「さっき、「お前には関係ないだろ」って言いましたよね?それ、撤回してください」
俺の言葉に、ガウラさんは怪訝な顔をする。
「ガウラさん。貴方は義理とはいえ俺の姉さんなんです。家族を失って1人だった俺に出来た姉なんです。貴方が俺を心配してくれるように、俺もガウラさんを心配してるんです」
「……」
「だから、全然関係なくなんか無いんです」
ガウラさんの目をまっすぐ見て言うと、ガウラさんは顔を背け、小さく「悪かった…」と答えた。
「はい!回復終わりました!」
「…あ、ありがとう…」
「いいえ!」
「じゃあ、私は行くからな…」
そう言って椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
「アリス」
「はい?」
「今度はアーマリーチェスト忘れるなよ?」
「はい、気をつけます」
ガウラさんの言葉に苦笑しながら答え、俺はガウラさんを見送ったのだった。
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