A.香り
ある昼下がり。
アリスは暖炉前のソファに腰掛けトームストーンを操作していた。
階段を降りてくる音が聞こえ、部屋の入口を見ているとパートナーであるへリオが、本を片手に部屋に入ってきた。
「ヘリオ」
名前を呼ばれてそちらを見ると、笑顔のアリスが手招きをし、自分の前に座れとジェスチャーで示している。
一瞬ヘリオは躊躇したが、今日はリリンがFCメンバーと一緒に冒険に行ってるのを思い出した。
自宅で2人きりの時間が取れるのは久しぶりだった。
ヘリオは少し恥ずかしいと思いながらも、アリスのジェスチャーに従い、アリスの前に腰掛けた。
すかさず、後ろからヘリオの胴体にアリスの両腕が周り、抱きしめられる。
「あんた、相変わらずそれ好きだな」
「へへっ!だって、これならヘリオが本読んでても邪魔にならないだろ?」
物凄く嬉しそうなアリスの声。
本人がそれで喜んでいるなら良いか。と、ヘリオはそのまま本を開いた。
アリスはヘリオを抱きしめたまま、肩口に顔を埋める。
「はぁ~…落ち着く」
「ん?何が?」
「こうやって、ヘリオを抱きしめてると、凄く良い匂いがして落ち着く」
「匂い?」
匂いと言われて気恥ずかしくなるヘリオ。
アリスは顔を埋めたまま続ける。
「香水とか付けてる?」
「いや」
「だよなぁ。でも、不思議なんだ。一緒に暮らす前と変わらない匂いだから」
アリスは肩口に顔を擦り付ける。
「一緒に暮らして、シャンプーとか同じの使ってるのに、俺と全然違う匂いがするんだよなぁ」
「どんな匂いだ?自分で嗅いでも分からないんだが…」
「ほんのり甘い匂い」
「甘い匂い……」
「うん…、凄くリラックス出来る」
表情は見えないが幸せそうな声に、なんだかくすぐったい気持ちになるヘリオ。
「人の匂いってさ、人によって感じ方が違うんだって知ってた?」
「ほう、それは知らなかったな」
「なんかフェロモンがどうとかって話だったよ」
「なんだ、その曖昧な話は…」
「だってさ、俺にとって良い匂いならそんなの詳しく知らなくてもいいし」
「…」
「なぁ、ヘリオには俺ってどんな匂いがするんだ?」
いきなり言われて、考え込む。
「……さぁな」
「なんだよー、教えてくれたっていいじゃん」
「知らん」
「ちぇー。まぁ、いいけどさ。こうやってくっついてても平気なぐらいには、変な匂いしてないってことなんだろうし」
ヘリオの反応に拗ねながらも、アリスは顔を上げ、肩に顔を載せる。
黙々と本に目を通すヘリオ。その頬にアリスは軽く口付けた。
「!?」
突然のことに、ヘリオはビクッと体を震わせる。
「おい!アリス!」
ヘリオはアリスの方に顔を向け、抗議の視線を送る。
アリスは優しく微笑んでいた。
「ヘリオ、好き」
そのまま、唇を重ねる。
「好き、大好き」
「~~っ」
真っ赤になるヘリオ。
それに構わず、何度も触れるだけのキスを降らせるアリス。
ふわっと香る、アリスの香り。
それは、ヘリオにとって、陽だまりの様な香りだった。
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