A.アリス・イン・ワンダーランド
最近、エオルゼアで大人が子供にされると言う奇妙な事件が多発していた。
しかも、ただ子どもの姿になるだけでなく、記憶まで子供の頃の状態に戻ってしまっているというのだ。
そして、被害者の共通点は男女問わず「アリス」と言う名前だと言うこと。
それを、双蛇党から報告を受けたアリスは、なんとも言えない気味の悪さを感じた。
「下手すりゃ俺も狙われるって事だよなぁ」
その時、奇妙な気配を感じ、咄嗟に双剣を抜き、振り向きざまに攻撃を仕掛けたが手応えなし。
「これは、今までのアリスと違い、勘のいい」
頭上から声がし、見上げると、そこには懐中時計を持った白い髪のヴィエラ族のような容姿の男が宙に浮かんでいた。
「お前、何者だ?」
「これは、これは失礼を…、ワタクシは時計ウサギと申します。以後、お見知り置きを」
優雅にお辞儀をする時計ウサギ。
アリスは警戒を緩めず、相手を睨みつける。
「今回の事件はお前が原因だな?被害者を元に戻せ!」
「おおっ!なんと嘆かわしい!私は愛しきアリス達の辛い記憶を無くすために、時間を巻き取っているだけなのですよ!」
「ふざけるなっ!例え辛い記憶でも、その人にとっては今の自分を構成する大事な記憶だ!さっさと返しやがれっ!」
アリスは攻撃を仕掛けたが、いとも簡単に避けられた。
「おっと、危ない危ない。それにしても、アリス、貴方からも絶望の匂いがする」
「!?」
突然、金縛りにあったかのように、アリスは身動きが取れなくなる。
「なっ、何しやがった!?」
「大人しくしててください。今、貴方が絶望を味わう前の最も幸せな時期に戻して差し上げます」
「!?」
顔面を掴まれた瞬間、記憶が逆流する。
そして、アリスは子供の姿になり、意識をうしなった。
「これは…、なかなか面白い記憶ですねぇ。これで暫くは楽しめそうです」
時計ウサギは、「ふふっ」と笑い姿を消した。
**********
双蛇党からアリスが例の事件に巻き込まれたと報告を受け、ヘリオは姉のガウラと共に双蛇党へと向かっていた。
「全く、こんなに早く巻き込まれるとは思わなかったな」
苦々しく呟くガウラ。
エオルゼア3都市とイシュガルドで被害が出ている為、当然不滅隊に所属していたガウラにも事件の詳細は伝わっていた。
あまりにも前例のない事件に、3都市とイシュガルドで協力体制を取って事件の解決に当たっていた矢先だった。
「本人も警戒はしていただろうが…、アリスだからな。遅かれ早かれ被害には会ってただろ」
「私も同感だ」
2人は溜め息を吐きながらも、心做しか歩く速度は早かった。
そして、双蛇党本部の目の前に到着した時だった。
「なんだ?中の方が騒がしいな…」
2人が顔を見合わせていると「あ!こら!待ちなさいっ!」と言う叫び声と共に扉が勢いよく開け放たれ、1人の少年が血相を変えて飛び出し、その後を双蛇党の隊員が追いかけていた。
「離してよ!僕は母さんのお世話をしないといけないんだ!家に帰して!」
「落ち着きなさい!事情を説明するから、話を聞いてくれ!」
掴まれた腕を振り払い、少年はガウラとヘリオの間をすり抜け、一目散に走っていく。
「あれは…アリスだ!」
「なんだって?!」
1度、薬を被って子供の姿になったアリスを知っているヘリオは、今の少年がアリスだと気づいた。
「おい、あんた。あの子供は俺達が後を追う」
「少牙士!?分かりました!後を頼みます!」
ヘリオとガウラはアリスの後を追った。
グリダニアの外に出たところで、アリスが立ち竦んでいるのを発見した。
「おい、そんな所に居ると危ないぞ」
声をかけられ、振り向いたアリスの顔は青ざめていた。
「ねぇ!ここは何処なの!?なんで僕ここにいるの!?早くお母さんの所に戻らないと、母さんの具合が悪くなっちゃう!」
悲鳴に近い叫び。
「母さんは身体が弱いから、僕がっ、僕がお世話してあげないとっ、じゃないとっ!」
今にも泣き出しそうな震えた声で、2人に訴える。
その様子に、ガウラはアリスの元に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。
「知らない場所で驚いてるのは分かるが、少し落ち着こうか?じゃないと、こっちも説明できないだろ?」
「あ…、ごめんなさい」
しゅんとするアリスに、よしよしと頭を撫でるガウラ。
「私はガウラ、そっちにいるのが弟のヘリオだ」
「僕は…」
「知ってる。アリスだろ?」
「…どうして僕の名前知ってるの?」
不思議そうにするアリスに、ガウラは優しく答える。
「私たちはお前のことをよく知ってるよ。と、言っても大人のアリスの事だけどな」
「大人の僕?」
更に首を傾げるアリスに、ガウラは少し困った顔をする。
「なんて言ったらいいか…。信じられないかもしれないが、ここはお前の知ってる時代より未来の世界なんだ」
「未来…」
「そう、未来だ。で、今ここでは大人が子供になってしまう事件が起きていてね。お前は大人から子供の頃に戻されてしまったんだ」
衝撃の事実にポカーンとした表情をするアリス。
「だから、とても言い難いんだが、お前の母親は…」
「……そっか」
ガウラの言葉に、母親はこの世に居ないことを察したアリスは、俯いた。
だが、すぐに顔を上げる。
「ねぇ、お姉さん。大人の僕は、いつも笑ってる?」
真っ直ぐガウラを見つめるアリスに、「ふふっ」と微笑む。
「あぁ、何が楽しいんだってくらいにいつも笑ってるぞ」
「そっか!なら、大人の僕は幸せなんだね!」
「へへっ」と笑うアリス。
「あの、さっきは大きな声出しちゃってごめんなさい」
「あぁ、ちゃんと謝れて偉いな!」
ガウラはアリスの頭をぽんぽんとすると、立ち上がった。
「さぁ、双蛇党に戻ろう。被害に会った時の状況の情報を不滅隊でも共有しないといけないからね」
ガウラはグリダニアへと歩き出す。
後を追うように、アリスとヘリオもついて行く。
そして、アリスはヘリオを見上げた。
「お兄さんも、大きな声を出してごめんなさい。さっきは、心配してくれてありがとう」
ニッコリ笑うアリスに、ヘリオは「あぁ」とだけ返した。
双蛇党に戻ってきた3人は、室内へと案内された。
そして、大牙士と思われる隊員が入室し、ガウラに一礼をして話し始めた。
「今回、フ·アリス中牙士が被害に会われましたが、今までと違って目撃者が居るのです」
「ほう」
「昨晩、フ·アリス中牙士は事件の報告を受けるために、この本部に来ていました。その帰り、つまりグリダニア内で被害に会い、住民の1人がその様子を影で目撃していたとのことです」
大牙士は淡々と話を進める。
「犯人の容姿は、ヴィエラ族のような姿で男、そして宙を浮いていた事から、魔族の可能性があります」
「魔族か…少し厄介だな…」
「そして、フ·アリス中牙士は抗戦をしていたようですが、突然身動きが取れなくなった様子で、その隙に子供の姿にされたようです」
身動きが取れなくなったの言葉に、束縛系の術を使うのが予測できた。
「そのあと、犯人は霧のように消えていったという事です」
「なるほどな」
犯人の容姿と、少しでもどんな術を使うのかが分かっただけでも、収穫があったと、2人は頷いた。
「情報をありがとう。不滅隊の方にも情報を共有させてもらうよ」
そう言ってガウラは席を立つ。
それを追うように、ヘリオとアリスも席を立った。
双蛇党を出た所で、アリスが口を開いた。
「ねぇ、これから僕はどうしたらいいの?」
その言葉に、2人はうーんと考える素振りをした。
「とりあえず、ゴブレットビュートにある、お前の家に行こう」
「僕の家?」
「あぁ、大人のお前が住んでる家さ」
「ほえー」と腑抜けた声を上げるアリスに、ガウラはクスッと笑う。
「私がマウント運転するから、ヘリオは後ろでアリスが落っこちないように見てろ」
「姉さんの方が子供の扱い上手いだろ?俺が…」
「姿は子供でも、アリスはお前のパートナーだろ?パートナーの面倒ぐらい自分で見ろ」
「パートナー?お兄さん、僕のパートナーなの?」
パートナーの言葉に、アリスはキョトンとしてヘリオは見上げる。
ヘリオはバツの悪そうな表情をする。
そんな様子を見て、ガウラは「ふふっ」と笑いながらマウントを呼びたした。
「さ、早く行くぞ!」
2人を促し、ウルダハへと出発した。
道中、「わー!すごーい!」とはしゃぐアリスに「危ないぞ、ちゃんと座ってろ」と注意するヘリオのやり取りに、ガウラは頬の筋肉が緩みっぱなしだった。
ウルダハに到着し、ガウラは不滅隊本部へと入っていった。
本部前で待機するアリスとヘリオ。
子供にしては、ヘリオの隣で大人しくしているアリス。
時々、自分の方をアリスがチラチラと見ているのに気がついたヘリオは、不思議に思い声をかけた。
「なんだ?」
「あっ、えっと…」
急にモジモジし始めるアリス。
「トイレか?」
「ううん、そうじゃなくて…」
アリスは少し恥ずかしそうに聞いた。
「お兄さんは、大人の僕とパートナーなの?」
「?」
「お姉さんがさっき言ってたから…」
「あー…」
そういえば、グリダニアからウルダハに向かう直前に言っていたと思い出す。
「パートナーだな」
「そっか!大人の僕って意外と面食いなんだね!」
「はい?」
「だって、お兄さんカッコイイし、綺麗だもん!」
「!?」
普段のアリスに言われたことのある言葉を、子供のアリスにも言われ驚くヘリオ。
「あんたは子供の頃から変わらないな」
「そうなの?」
「あぁ」
少し素っ気なく答える。
「ねぇねぇ!大人の僕ってどんな感じなの?」
「知ってどうする?」
「どうもしないよ?でも、気になったから」
ニコニコと向けられる笑顔。
その笑顔にデジャブを感じた。
ヘリオは軽くため息を吐いて言った。
「ちょっと待ってろ」
たしか、前にアリスを被写体に撮った画像があったはずと、トームストーンを操作する。
画像を見つけ「ほら」とアリスに見せる。
「わー!大人だぁ!」
「それはそうだろう」
「へへっ、結構かっこよくなるんだね!」
嬉しそうなアリスに、ヘリオは心の中で「この画像はな」と突っ込んだ。
まぁ、ちいさなアリスに見せた画像は、アリス自身が「カッコイイ自撮りが撮れない!」と悩んでいたのを、代わりにヘリオが撮ったやつであった。
「ねぇねぇ!お兄さん!」
「ん?」
「お兄さんは大人の僕のどこが好きでパートナーになったの?」
「……さあな」
こんな所も、子供の頃から変わらないのかと、いつものように答えをはぐらかす。
だが、ちいさなアリスはじーっとヘリオの顔を見ている。
その目は「教えて!」と訴えているように感じる。
「そんなに期待した顔をしても話さんぞ」
「えー…残念」
少し拗ねた顔をするアリス。
本当に変わらないなと、普段のアリスをヘリオは思い浮かべた。
そうこうしていると、不滅隊本部からガウラが戻ってきた。
「待たせたね」
「お姉さん!おかえりなさい!」
「ただいま!さ、ゴブレットビュートに向かおうか!」
3人は冒険者居住区へと歩き出した。
家の前に着くと、アリスは「ほぇ~」と間の抜けた声を上げた。
モーグリの外装で何ともメルヘンチックな家に目を丸くしている。
「いつ見てもメルヘンだよなあ。なんだってモーグリの外装にしてるんだか…」
「リリンが寂しがらないようにって言ってたぞ」
「あー…」
「ちなみに、地下の部屋もモーグリだらけだ」
「…それ、やりすぎじゃないかい?」
「まぁ、リリンが喜んでるから、そこは目を瞑ってる」
ヘリオは肩を竦め、ガウラは呆れたように溜め息を吐いた。
そして、3人は家の中に入ると、リビングの椅子に腰掛けた。
「さて、今後どうして行くかだが…、子供のアリスを1人にしておくのは流石に心配だよな」
ガウラの言葉に、アリスは「え?」と声を上げた。
「僕、1人でも大丈夫だよ?」
「そうは行かないんだよ。双蛇党での話を聞いてたかい?お前を子供に戻したヤツは[絶望]を取り除くと言って、母親と暮らしてた時代のお前に戻したんだ。今、母親が居ないと知ったお前を、また襲いに来る可能性だってある」
「……」
言われて黙り込むアリス。
「幸い、今回の件で犯人の容姿が判明したから、GCに所属している冒険者達にも情報が回るだろう。犯人が見つかるのも時間の問題さね」
「その間、俺は自宅待機って訳だな…」
「そういう事になるねえ。まぁ、お前が居るならアリスも安心だろ」
ガウラの言葉に、やれやれと言った仕草をするヘリオ。
「じゃあ、私は行くよ。お前の分も犯人探しをしてくる」
「無茶はしてくれるなよ?」
「わかってるよ」
ガウラはそう言って、家を出ていった。
そして、それから1週間程経った頃、事件の犯人と思われる人物が、グブラ幻想図書館に居るという目撃情報が続々と入ってきた。
だが、そいつの居るフロアは結界が張ってあり、中に入ることが出来ないとの事だった。
その情報を聞いたガウラとヘリオは、すぐさまグブラへと向かおうとしたが、アリスが待ったをかけた。
「待って!僕も連れてって!」
突然の事に、目を丸くする2人。
そして、呆れたようにヘリオが口を開いた。
「遊びに行くんじゃないんだ。大人しく待ってろ」
「それはわかってるよ!でも、結界でそいつのいる所に入れないんでしょ?被害者の僕が行ったら、ひょっとしたら結界を解いてくれるかもしれないよ?だから、お願い!」
必死に訴えかけるアリスに、今度はガウラが口を開いた。
「今から向かうところは魔物がいっぱいなのさ。それでも行くのかい?」
「行く!僕、狩りもしてるんだ!小さな弓があれば、自分の事ぐらいは守れるよ!」
「分かった。でも、これだけは約束しておくれ。危ないと思ったら、無理せず逃げること!いいね?」
「うん!」
アリスの返事に、ガウラは頷くと、素早く子供用の弓を作製した。
「いいのか?姉さん」
「結界を解く方法が分からない限り、仕方ないさ。少しアリスに手伝ってもらうのもありなんじゃないかと思ってね」
弓を手渡しながら答えるガウラ。
「それに、暗黒騎士のお前が居れば、なんの心配もないだろう?」
お前を信用してると言うような言い方をされ、何も言えなくなるヘリオ。
「さぁ、グブラに行こう」
ガウラのその言葉で、一行はグブラ幻想図書館へと向かった。
**********
「やはり、興味深い…」
壁一面に本棚に囲まれたフロアで、時計ウサギはフ·アリス·ティアの記憶を眺めながら難しい顔をしていた。
「大きな絶望を経験しているというのに、それを上回る程の幸福も抱えている…。だが、その幸福の中にも僅かに絶望を感じる原因はなんなのだ?」
その原因が知りたくて、何度も何度もアリスの記憶を見返しているのだが、理解が出来ないでいた。
「母親を亡くし、孤独に絶望したあと、最愛の人物を見つけている。その人物に何かあるのか?」
それを探ろうとするも、その原因と思われる部分は、アリスの強い意思なのか覗くことが出来ない。
原因を知ることが出来ず、下唇を噛んでいた時だった。
「お前が僕の時間を奪ったヤツだな!」
幼い子供の声がフロアに響いた。
その声に視線をやると、フロアの入口に記憶の持ち主の姿があった。
「おや、アリス。こんな所まで私に逢いに来てくれるとは光栄です」
「何が光栄なもんか!僕は凄くお前に怒ってるんだぞ!」
「おや?それはどうしてです?」
アリスの言葉に、時計ウサギは首を傾げる。
「お前、僕の時間を奪って、1番幸せな時に戻したんだろ?でも、母さんと一緒で幸せな時に戻したって、母さんが居なかったら、僕は幸せじゃないぞ!母さんが居ないのを知って、僕は[絶望]したんだからなっ!」
[絶望]の言葉にピクリと反応する時計ウサギ。
「あぁ…これはとんだ失礼を…、私の配慮が足りなかったばかりに、新たな絶望を与えてしまうなんて…」
嘆かわしいと言わんばかりの表情をする時計ウサギは、フロアの結界を解いた。
「さぁ、いらっしゃいアリス。あなたを赤子の時代まで戻して上げます。私と一緒に居れば、あなたは絶望等感じずに済みます」
アリスはフロアに1歩を踏み出す。
その頃を見計らって、物陰に隠れていたガウラとヘリオはフロアへとなだれ込む。
時計ウサギは目を見開いた。
なぜなら、アリスの記憶にいた人物2人が目の前に現れたからだ。
「なるほど…。アリス、君は本当にイケナイ子だ…。その2人をここに入れる為に嘘をつくなんて…」
「御託はいい。アリス達の記憶を返してもらおうか」
「それは出来ませんよ、お嬢さん。私は愛おしいアリス達の幸せを望んでいるのです。それには絶望は必要ない」
時計ウサギが指を鳴らすと、本棚一面に被害者達の絶望した表情がパネルのように現れた。
「私の愛しいアリス達が、こんな顔をするほどの絶望を経験してるだなんて…私は胸が痛くて痛くて仕方ないのです」
「理解出来ないね。被害者達は絶望を経験してもなお、逞しく生きている。お前のやってる事は、ただの自己満足だ」
時計ウサギを睨みつけながらガウラは言い放った。
だが、時計ウサギはまるで聞こえていないかの様に話を進めた。
「特に、このアリスの記憶はなかなかに悩ましいのです」
その言葉で、1枚のパネルが時計ウサギの前に現れる。
そこに写っていた顔は、フ·アリス·ティア。
そのパネルに写った表情は、双子が見た事の無い、完全に闇を抱えた様な表情をしていた。
「このアリスは、貴方達と関わりがある。特に…貴方」
言って、時計ウサギはヘリオを指さした。
「アリスは貴方と出会い、伴侶になり、絶望を上回る程の幸福を持っていました。だが、その幸福の中に僅かにですが絶望を感じているのです」
その言葉に、ヘリオは一瞬目を見開いた。
「その原因を考えていたのですが…、直に貴方とお会いして、ようやく理由がわかりました…貴方は…」
その言葉を遮るように、ガウラの放った矢が、時計ウサギの頬を掠った。
「何を感じ取ったのかは知らないけどね、人の関係に土足で踏み込むような品のないことは辞めるんだね!」
「…あくまで実力行使…ですか。良いでしょう。このアリスの絶望を取り除くには、貴方方は邪魔なようです…」
その言葉と同時に「うわっ!」という声が上がる。
2人は声の方を振り向くと、アリスが宙を浮いていた。
「アリス!?」
「愛しいアリスが怪我をしてはたまりません。安全な所に避難させてあげましょう」
時計ウサギはそう言うと、アリスを本人の記憶のパネルの中へと移動させた。
「さて、これでお互いに気兼ねなく戦えるでしょう?どちらが正しいのか、決着をつけましょう!」
そう言い放つと同時に、2人に向かって魔法攻撃が放たれる。
2人は素早く飛び退き、攻撃を回避すると、ヘリオはプランジカットで切り掛る。
それを回避した所に、すかさずガウラの放ったストームバイトが炸裂する。
「ぐわあっ!」
纏わりつく風属性攻撃に、たじろぐ時計ウサギ。
そこに暗黒の波動が放たれる。
「ぐぅっ…なるほど、なかなか連携の取れた攻撃ですね…、ですがっ!」
時計ウサギは衝撃波放った。
「あああっ!!」
「ぐあっ!!」
衝撃波をまともに受け、ノックダウンする2人。
「誰にも……誰にも私の邪魔はさせませんっ!!」
2人に手をかざし、束縛の術をかける。
「さぁ、貴方達には消えてもらいましょう…」
**********
弾かれるような音で、小さなアリスは目を覚ました。
周りを見ると、自分にはない、未来の自分の記憶のパネルが沢山浮かんでいた。
自分が記憶のパネルに押し込まれた事を思い出し、音のする方を見ると、そこには大人の自分の後ろ姿。
さっきまで自分がいた図書館が映し出されたパネルに、攻撃を仕掛けていた。
「大人の僕?」
声に気が付き、振り返る大人のアリス。
「気がついたかい?昔の俺」
優しく微笑む大人の自分に、少し驚く小さなアリス。
「何をしてるの?」
「ここから何とか攻撃出来ないかと思ってさ。でも、これがなかなか頑丈でさ」
苦々しく呟き、記憶の外を睨みつける。
その時だった。
「あああっ!!」
「ぐあっ!!」
2人の悲鳴に、大人のアリスは外を移したパネルに両手を着いた。
「ヘリオっ!ガウラさんっ!くっそ!!」
大人のアリスは素早くパネルから距離を取り、風磨手裏剣を放つ。
「もういっちょ!」
素早く2発目の風磨手裏剣を放った。
2つの大きな手裏剣はパネルを削るかのようにガリガリと音を立てて回転している。
すると、パネルにヒビが入り始めた。
「いけるっ!!」
活殺自在を発動させ、天と人の印を組み、氷晶乱流の術を放った。
「いっけぇぇぇえええええええええっ!!!!」
無数の手裏剣と、2つの風磨手裏剣が、記憶と外を隔てる壁を打ち砕いた。
**********
身動きが取れなくなった双子にトドメを刺そうとした時計ウサギは、アリスの記憶のパネルの異変に気が付き、動きを止めた。
パネルにヒビが入り、それはどんどん広がっていく。
「何事です?!」
その瞬間、バリンという音を立て、そこから風磨手裏剣と無数の手裏剣が飛び出し、時計ウサギを襲った。
「なっ!?」
風磨手裏剣は避けたが、無数の小さな手裏剣は回避出来ず、体にいくつか手裏剣が命中した。
「ぐぅっ!!」
ダメージを受けた反動か、双子にかかっていた束縛の術が解け、身動きが取れるようになる。
「ヘリオ!ガウラさん!無事かっ?!」
フロアに響く、本来のアリスの声。
その声に「なんとかな」と答える双子。
すると、よろよろと立ち上がった時計ウサギは、信じられないと言う顔をして口を開いた。
「なぜ………なぜです!?私は貴方の絶望を取り除き、真なる幸福を与えたいだけなのにっ!!」
取り乱したように叫ぶ時計ウサギに、アリスは言った。
「真なる幸福ってなんだ?そんなのは俺自身が決めることじゃないのか?お前の言う幸福と、俺が感じる幸福が同じだとは思わないっ!」
「だが、貴方は1度絶望を味わった!しかも、死ぬことさえ考えていたではないですかっ!」
時計ウサギの言葉に、ガウラとヘリオは驚いた表情を浮かべた。
普段のアリスから、1度は死を考えていた事があるとは思いもしなかったからだ。
「…あぁ、確かに俺は、母さんが死んで、世界に1人になってしまったと錯覚して、孤独が耐え難くて死のうとしたこともあるよ…。でも、俺はそれを乗り越えて、今を生きてるんだ!!」
動揺する時計ウサギに構わず、アリスは言葉を続ける。
「そして今、お前は俺の大切な人達を手にかけようとしてる。そんなの、黙って見てられるわけが無いだろ!!それは、お前に取って矛盾した行為だ!絶望を消し去ろうとしてるお前は、俺に絶望を与えようとしてるんだ!!」
「私が…貴方に…絶望を……?」
動きが止まる時計ウサギ。
すると、アリスの記憶のパネルが輝きだし、光の筋が1冊の本を浮かび上がらせた。
「その本がそいつの本体だ!!」
アリスの声に、素早く本に向かって駆け出すヘリオ。
「させるかぁっ!!」
ハッと正気に戻った時計ウサギがヘリオに向かおうとするが、目の前に無数の矢が降り注ぎ動きが止まる。
「弟の邪魔はさせないよっ!!」
「おのれぇぇええええっ!!」
時計ウサギは何とかヘリオが本体へ向かうのを阻止しようと動くが、ガウラのレイン·オブ·デスが降り注ぎ、思うように身動きが取れずにいる。
「はぁぁあああああっ!!」
本体との距離を縮めたヘリオは、ブランジカットで本体を真っ二つに切り裂いた。
「ギャァァアアアアッ!!」
断末魔を上げる時計ウサギ。
その体は炎に包まれる。
「……あぁ……なぜ……私は…アリスを………」
時計ウサギの体はボロボロと崩れ、そして消えた。
真っ二つになった本体は音を立てて床に落ちる。
本棚一面に浮かんでいた被害者の記憶のパネルは、光を帯び、被害者の元へと飛んで行く。
「アリスは?!」
一つだけ残っている記憶のパネルを見上げる2人。
すると、そのパネルは光だし、その光は人の形へと変化していく。
そして、本来のアリスの姿が現れた途端。
ビタンッ!!
「ぐえっ!!」
そのまま潰れたカエルのような格好で床に叩きつけられるアリス。
その無様な姿に思わず吹き出す2人。
「いたたぁ~…」
「なんとも締まらないねぇ」
「さすがはアリスってところだな」
笑う2人に、アリスは「笑い事じゃないですよ」と拗ねながら言った。
***********
弟達と現地解散したガウラは、真っ二つになった本を持ってマトーヤの元へと訪れた。
ガウラの姿を見るなり、やれやれと言った顔をするマトーヤ。
「また、年寄りに厄介事を持ってきたのかい?」
「この本のことを知りたくてね」
ガウラは、真っ二つになった本をマトーヤに見せ、今回の事件の事を話した。
すると、マトーヤは愉快だと言わんばかりに笑った。
「なるほどねぇ、なんとも面白いことになったもんだ」
「で、この本はなんなんだ?」
「アリス・イン・ワンダーランドと言う御伽噺を知ってるかい?」
「読んだことはないけど、耳にしたことなら…」
「その本はね、その御伽噺の熱烈なファンが自分の願望を組み込んで作った二次創作の本さね」
マトーヤの言葉に怪訝な顔をするガウラ。
「その本を作ったヤツはね。物語に出てくる時計ウサギと主人公の少女がタダならぬ関係だと妄想をしていたのさ。幻想図書館に置かれていたのは、恐らく作者本人が仲間を作りたかったんじゃないかねぇ?」
「なるほど、それで長い期間あの図書館に置かれていたせいで、作者の強い想いが魔力を集めて具現化したと?」
「そういうことだねぇ」
なんともはた迷惑な、とガウラは首を振る。
「こんなことが二度と起きないように、この本を預かってくれ」
ガウラはそう言うと、マトーヤの洞窟を後にした。
人の想いと言うのは時に恐ろしいなと思いながら、ガウラはウルダハへとテレポしたのだった。
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