A.ヤキモチ
アリスは一瞬、何が起こったか分からなかった。
相方のヘリオとエキルレを申請し、グランコスモスに当たり、久しぶりに出した暗黒騎士で必死の思いで攻略した後の出来事だった。
ボスを倒した待機時間。
野良の白魔がヘリオを抱きしめたのだった。
突然のことに思考が停止し、声を発する事も、動くことも出来なかった。
心臓が鷲掴みにされた様に苦しくなり、悲しくなった。
この状況を経験したのは初めてでは無いが、アリスにとっては1番見たくない瞬間であることは間違いなかった。
IDを出たあと、グリダニアに戻された2人。
アリスは明らかに憔悴しきった顔をしていた。
それを見て、ヘリオは苦笑い。
「あんた、落ち込んでるだろ?」
「……うん」
アリスはヘリオと目を合わさず背中を向けた。
「詩人のミンネで補助してたからな。ありがとうの意味だと思うぞ?」
「…分かってるよ。最近、ナイトと戦士のレベル上げしてたから暗黒騎士は久しぶりだったし、白魔さんにも負担はかけたと思ってる…」
アリスは「でも」と続けた。
「だったら、普通に「ありがとう、助かりました」って言えばいいじゃんか。なんで抱きつくんだよ…」
完全に拗ねているアリスの声。
「そりゃさ、相手も相方が一緒に来てるなんて知らなかっただろうけどさ…、でも、嫌なものは嫌だ」
アリスの言葉に、ヘリオは困った顔をする。
「ガウラさん、リリンちゃんに抱きしめられてるなら、身内だから全然平気だけど、見ず知らずの人に抱きしめられてる所なんて、俺は見たくない」
「………」
「……俺が実力不足だからなのは分かってる。ヘリオは悪くない。俺自身が悪い。こんな話をして八つ当たりみたいになってるのはお門違いだよな……」
アリスは大きな溜め息を吐いた。
「ごめん。少し頭冷やしてくるよ…。先に帰っててくれ」
アリスは振り返らずにその場を後にした。
ヘリオはその後ろ姿を黙って見送っていた。
**********
あれから3日。
アリスは自宅に帰らず、ラノシアにある愚か者の滝で、滝に打たれていた。
忍者の技を教えてくれたオボロが以前、心を落ち着かせるのに滝に打たれていたのを思い出し、同じようにしてみたのだった。
だが、それはなかなか難しく、心を無にしようとすればするほど、脳裏に浮かぶあの光景。
アリスは、自分がこれ程独占欲が強いとは思いもしなかった。
ひたすら滝に打たれていると、思いもよらない声が聞こえた。
「家に帰らないで、何処をほっつき歩いてるのかと思ったら、こんな所で何をやってるんだい」
弾かれるように瞼を開け、滝から出ると、そこには義姉であるガウラが呆れた顔をしていた。
「ガウラさん…なんでここに?」
「3日前にヘリオから連絡があってな。用事をこなしがてら探してたんだよ」
アリスは「すみません」と申し訳なさそうに答えた。
「事情は全部聞いた。拗ねる気持ちは分からんでもないが、さすがに3日も家に帰らないのはどうかと思うぞ?」
「………」
ガウラの言葉に俯くアリス。
「あのまま、一緒に居たら当たり散らしてしまいそうだったんです。だから、自分の気持ちが落ち着くまで、帰るつもりは無いです」
「だから、滝行をしてたのかい?」
「…はい。オボロさんの事を思い出して…でも…」
アリスは苦々しい表情になった。
「あの瞬間が、脳裏から消えてくれないんです」
その言葉に、ガウラは苦笑する。
「やれやれ、弟もお前にそこまで想われるなんて、罪な男だねぇ」
「…茶化さないでください…」
少しムッとした顔をするアリス。
ガウラは、そんなアリスに構わずPT申請を飛ばした。
「?」
「さっさと服乾かせ。ルレ行くぞ」
「え?…でも…」
「でももだってもヘチマもない!つべこべ言わず、付いて来な!」
「は、はいっ!」
ガウラの有無を言わさない迫力に、アリスは反射的に返事をし、慌てて服を乾かし、PTに加わった。
「アリス、お前、暗黒騎士な」
「え?あ、はいっ!」
素直に暗黒騎士にジョブチェンジをすると、即ルレを申請されて、IDへと移動した。
そこで待っていたのは、ガウラのスパルタ指導だった。
「ヘイトが飛んでるぞ!スタンス外れてる!!」
「は、はいっ!すみません!!」
「強攻撃くるぞ!ブラックナイト!!」
「はいっ!!」
「頭割り!軽減は!?」
「リキャスト中です!」
「一体どこで使ってるんだい!少し使い所を考えなっ!!」
「ごめんなさいっ!!」
1つのルレが終わると、また次のルレを申請され、スパルタ指導を繰り返された。
申請できるルレが全て終わった頃には、アリスは疲労でグッタリしていた。
「だらしがないねぇ」
「はぁ…はぁ…いや…流石に…はぁ…キツいです…って…はぁ…」
息が完全に上がっているアリスを見て、ガウラは苦笑した。
「どうだい?暴れて少しはスッキリしただろう?」
「…そういえば…」
ルレ中、ガウラのスパルタ指導もあったお陰か、余計な事を思い出さなかったのと、頭のモヤモヤがスッキリしているのに気がついた。
「気分が晴れない時はな、暴れてスッキリするのが1番さね。忘れようとすればするほど、逆に意識をしてしまうからね。お前みたいなタイプは特にな」
少々強引ではあったが、アリスを何とかしようとしてくれたガウラの優しさに、アリスは感謝の気持ちと申し訳ないと言う気持ちになった。
「すみません。ありがとうございます、ガウラさん」
ガウラが満足そうに頷いた時だった。
「わっぷ!」
ガウラが学者で召喚していたフェアリーが、アリスの前に移動し、その顔面に羽をパタパタさせていた。
「なっ、なんだ?!」
「あははははっ!元気出せって言ってるんじゃないかい?あははははっ!」
大爆笑のガウラに、何だかつられて笑いが込み上げてくるアリス。
「ぷっ、あははははっ!」
しばらくその場で2人は爆笑していた。
そして、落ち着いてきた頃、ガウラが口を開いた。
「もう、大丈夫そうだな?」
「はい!本当にありがとうございました!これからヘリオとリリンちゃんに謝ってきます」
「あぁ、早く帰ってやんな」
「はい!」
アリスはガウラにお辞儀をし、ハウステレポで帰宅した。
それを見送ったガウラは、「ふふっ」と笑う。
「まったく、世話のやける奴だな」
そう呟き、ガウラはその場を後にした。
***********
自宅に帰ってきたアリスは、少し緊張しながら扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり」
リビングの椅子に腕を組みながら座っていたヘリオは、何事も無かったかのように挨拶を返した。
アリスはヘリオの元に真っ直ぐ向かうと、頭を下げた。
「ヘリオ、今回は本当にごめん!」
勢いに呆気にとられ、目を丸くするヘリオ。
だが、直ぐにいつもの表情に戻る。
「いや、俺も悪かったな。あんたの気持ちに、少し甘えてた部分があった…かもしれん」
「え?」
思いもよらない言葉にアリスは顔を上げ、ヘリオを見る。
すると、イベントの時以外は付けていないエターナルリングを指に嵌めてるのに気がついた。
「姉さんに軽く怒られた。普段気持ちを言わない分、少しは行動で示してやれって」
ヘリオは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「それで指輪を?」
「まぁ、その、なんだ。パートナーがいるって言う目安になるかな…と」
照れくさいのか、どんどん語尾が小さくなるヘリオに、アリスに笑みがこぼれる。
ヘリオが普段、指輪をしていない理由を知っていたアリスは、自分の為に指輪を付けてくれた事が嬉しかった。
「ヘリオ、ありがとな!」
笑顔でアリスが言うと、ヘリオは照れくさそうにそっぽを向いた。
そんな時、突如玄関の扉が開いた。
「ただいまー!」
「おかえり、リリン」
「おかえり!リリンちゃん!」
「アリスお兄ちゃん!おかえりなさい!」
「ただいま!ごめんな、黙って3日も帰ってこなくて」
「ううん、アリスお兄ちゃんが無事なら良かった!」
「リリンちゃんは優しいな」
そう言ってアリスがリリンの頭を撫でると、リリンは「えへへ」と嬉しそうに笑った。
「そうだ!今日は俺が飯を作るよ!」
「大丈夫か?必要なら手伝うぞ?」
「大丈夫!作れるものを作るから!ありがとな!」
ヘリオに笑顔を向けたアリスは「着替えてくる!」と言って、地下へと降りていった。
アリスは着替えながら、この3日間のことを考えた。
(よく考えたら、俺が嫌われるようなことをしない限り、ヘリオが離れていく事は無いよな?なんであんなにヤキモチ妬いたんだろ?)
そう思ったら、この3日間悩んでいた事が馬鹿らしくなったアリスは、これからは心の余裕を持とうと決心したのだった。
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