A.金策は何の為
「ただいま」
ヘリオが帰宅をすると、部屋の中にはコーヒーの匂いと、甘い匂いが充満していた。
これは一体?と疑問に思いながらも、台所の方を見ると、エプロン姿のアリスの姿があった。
「おかえり!ヘリオ!」
笑顔でヘリオの方に一瞬だけ顔を向け、直ぐにオーブンの方に顔を戻すアリス。
「何をしてるんだ?それに、この匂い…」
「あぁ、コーヒークッキーを作ってるんだ。目を離すと、時間忘れちゃって焦がすから、目が離せないんだ」
焼くのが苦手なら、無理に作らなくても…と心の中で思うヘリオ。
ふとテーブルを見ると、3つのバスケットに大量のコーヒークッキーが置かれていた。
1つはHQ 、1つはNQ、そしてもう1つは焦げたクッキーが入っていた。
「な…何だこの量は…」
「クリスタリウムの納品と、マケボに流す分で大量に作ってるんだ」
「ほう」
「あ、良かったらHQ味見してみてくれよ」
「じゃあ、1枚だけ…」
アリスに言われ、ヘリオはコーヒークッキーを1枚手にとり口に運ぶ。
コーヒービーンの苦味が、クッキーの甘さを引き立て、絶妙なバランスをしていた。
「美味いな」
「なら良かった!もし、もっと食べたかったらNQの方を好きなだけ食べていいから」
「マケボに流すんじゃないのか?」
「NQだったら、簡単に作れるし構わないよ」
「そうか。で、この焦げたのはどうするんだ?」
なぜ、わざわざ焦げたやつを捨てずに取ってあるのかと質問するヘリオ。
「あー、素材が勿体ないしさ、俺の腕が悪くて焦がしちゃったから、それは責任もって自分で食べようと思って」
NQのバスケットに入っている量と変わらない大量の焦げたクッキー。
これを自分一人で食べる気なのかと絶句をする。
「身体に悪そうだからやめとけ」
「えー…、食べ物を粗末になんか出来ないだろ?」
「身体を壊すよりかは捨てた方が良いだろ」
「うーん。でも、食べた時の効果は変わらないから」
「………」
それ以上は何も言わず、ヘリオは小皿と紅茶を用意し、NQクッキーを取り分け、オーブンと睨めっこをしているアリスを横目で眺めながら、ブレイクタイムを始めた。
そんなことが数日続いたある日。
「ただいまぁ!」
草花の匂いを纏ったアリスが帰宅する。
服の所々には草がくっついていた。
「お、おかえり…、調理師の次は園芸師か?」
「うん。コーヒークッキーの素材を集めてた」
今度は素材調達を自分で始めたのかと、驚くヘリオ。
「材料代もバカにならないからさ。だったら自分で採りに行こうと思ってさ!」
「そ、そうか…」
「まぁ、採掘師のレベル低いからクリスタル代はかかるんだけどさ」
そう言うと、アリスは「風呂入ってくる」と、地下へと移動した。
そして、しばらくして、普段着に着替えてサッパリしたアリスは台所へと向かい、夕飯の準備を始める。
手伝おうと、ヘリオも台所に入ると、食材が2人分しか無いことに気がついた。
「おい、今日リリンは帰ってこないのか?」
「え?帰ってくるよ?」
「じゃあ、なんで2人分しかないんだ?」
「これはヘリオとリリンちゃんの分」
「あんたのは?」
「あー…」
問い詰められ、アリスは言いにくそうに口を開いた。
「素材集めてる時にさ、焦がしたコーヒークッキー食べながら集めてたんだよ。ギャザラー向けの効果が付くからさ。だから、お腹が空いてない…」
その言葉に、大きな溜め息をついたヘリオは、少し怒気の含んだ声を出した。
「飯はしっかり食え!本当に身体壊すぞ?」
「で、でも、本当にお腹いっぱ…」
「リリンの教育にも悪い!」
「ゔっ…」
痛いところを突かれ、アリスは渋々「分かったよ」と言い、3人分の夕飯を作り始めた。
そして、夕食時、ヘリオの無言の圧力でアリスは夕飯を無理矢理完食。地下のソファに横になり、気持ち悪さでグロッキーになる。
「うぅ~、気持ち悪ぅ~…」
「自業自得だな」
部屋に入ってきたヘリオにバッサリと言われる。
「それにしても、急に色々始めてどうしたんだ?」
「金策だよ。お金貯めてんの」
「ほう?」
「やっと、色んなことが落ち着いてきたからさ。ほら、ゆくゆくはLハウスに引っ越したいし」
なるほどと、納得するヘリオ。
「だが、そんな急に混ん詰めてやる必要はないだろ。程々にしとけ」
「でもさ、またいつ忙しくなるか分からないし、貯められるならその期間に沢山貯めておきたいしさ」
「ところで、なんでLハウスを目標にしてるんだ?」
「Sに3人じゃ手狭だろ?ガウラさん家行くと、いつも広々してて良いなぁって思っててさ。それに、Lの方がリリンちゃんの好きな本が沢山置けるし。なにより、リリンちゃんと俺等の寝室も別に出来るしさ」
アリスは話しているうちに胃が落ち着いてきたのか、身体を起こした。
「あとさ、俺、ミストに住みたいんだよなぁ」
「あー、あんた元々海の近くに住んでたんだったな」
「うん!それに、あそこは景観も良いしさ!サイズ関係なしに、土地に空きが出たら引っ越したいと思ってるんだ!」
嬉々として語るアリスに、ヘリオは「まぁ、金策も程々にな」と返した。
それから1ヶ月が経った頃だった。
ヘリオが帰宅の為にハウステレポをすると、いつもとは違う光景が視界に飛び込んできた。
「?!…ここは…ミスト?」
あまりの事に呆然としていると、家の中からアリスが姿を現した。
「あ!ヘリオ!おかえり!」
「た、ただいま…って、引っ越したのか?」
「うん!本当に今さっき!これから連絡入れるところだったんだ!」
「それにしても、良く空いたな。ミストは競争率高いだろ?」
嬉しそうなアリスに、疑問を投げかけるヘリオ。
「実はさ、だいぶ前に土地が増えるってガウラさんから教えて貰ってさ。それで、準備してたんだよ。まぁ、Mサイズの資金は間に合わなかったけど、引越しとかでSが空く可能性あったから狙ってたんだ」
「で、狙い通りだったと」
「そういうこと!引っ越した直後の土地だったみたいでさ、サインボードに人が群がってたよ。気まずいなーって思いながら引っ越し作業したけど」
やる気のスイッチが入った時の行動力は凄いと思うと同時に、いつもこのやる気があれば良いのにと、心の中で思うヘリオ。
「室内のハウジングやり直さなきゃ。引っ越したばかりだから、スッカラカンだ」
「前と同じにするのか?」
「いや、新しい家具が店に追加になったみたいだから、それ使って見ようと思ってる」
「そうか、頑張れよ」
「うん!先に寝室だけでも形にするよ」
アリスの言葉に「夕飯は外食か」とヘリオが聞くと「そうなるな」と答えるアリス。
「リリンちゃんに連絡入れて、みんなで引越し祝いしようぜ!」
「あぁ」
アリスはリリンに連絡を取り、海豚亭で落合う事を話した。
連絡を終えたアリスは、ヘリオと共に海豚亭のあるリムサへと歩き出すのであった。
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