A.巣立ち
「え!?一人暮らしがしたい?」
アリスは驚きの声を上げた。
それは夕飯が終わり、地下の部屋でゆっくりしている時だった。
リリンから「一人暮らしをしたいの」と突然言われたのだった。
「ど、どうしたの突然…」
「リリンね、冒険者のお仕事も慣れてきたし、白魔法も上手く使えるようになったし、お料理もお買い物も出来るようになったから、いつまでもお兄ちゃん達に甘えてちゃダメかなって思ったの…」
一生懸命理由を伝えるリリン。
予想外の言葉に、言葉に詰まるアリス。
「自立心が芽生えたのはいい事じゃないか。成長してる証拠だ」
「で、でもっ」
ヘリオの言葉にアリスは食ってかかった。
「まだ、リリンちゃんは人見知りもあるし、この前も変な人に絡まれてたし、俺は賛成出来ないよ!」
「心配な気持ちは分からんでもないがな、でも、せっかくリリンが色々と考えて出した事を、それだけの理由で反対するのはどうかと思うぞ?」
ヘリオにピシャリと言われぐうの音も出ないアリス。
そこに、さらに追い打ちがかかった。
「あとね…リリン、フレンドさんからウチのFCに入らないかって誘われてて…」
「え…それって…うちのFCを抜けるって事…?」
アリスの言葉に申し訳なさそうに頷いたリリンを見て、アリスは頭をハンマーで殴られた様な衝撃を感じた。
そして、フラフラと立ち上がった。
「アリス、何処に行くんだ?」
「…ちょっと、頭冷やしてくる…」
そのままアリスが家を出て行ったのを見て、リリンはオロオロしていた。
「どうしよう…リリン、アリスお兄ちゃんに嫌われちゃったかなぁ…」
瞳を潤ませて不安そうにヘリオに尋ねるリリン。
「それは無いから安心しろ」
いつもと変わらぬ調子でヘリオは答える。
「でも…」
「あれはあいつの問題だ。いい加減、子離れしないとな」
「こばなれ?」
「言葉の意味は自分で調べてくれ。俺は寝る。リリンももう寝ろ。明日早いんだろ?」
「うん…ヘリオお兄ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみ」
リリンは言われた通りにベッドに横になった。
だが、アリスの事が気がかりで、なかなか寝付く事が出来なかった。
************
翌朝、俺はアパルトメントから出てきた。
自宅を出たあと、以前住んでいたアパルトメントで1人で考え込んでいた。
リリンちゃんの一人暮らしをしたいと言う気持ちを尊重したいという思いはあるのだが、心配事が多すぎて、どうしても心から賛成出来ないのだった。
「こんな時、実の親ならどうするんだろう…」
そこで、リリンちゃんの母親、リリシアさんの事を思い出し、連絡を取った。
「リリンちゃんの事で相談したいことがあります」と言うと、快く相談に乗ってくれると返事をしてくれたので、ウルダハのクイックサンドで待ち合わせをした。
「お待たせしました」
「リリシアさん、御足労いただいてすみません」
「いえいえ、それで相談したいこととは?」
俺はリリシアさんに、昨夜あったことを話始めた。
「ってことなんですけど、成長は素直に嬉しいんです。でも、心配で心の底から賛成できなくて…」
「なるほど…気持ちはわからなくは無いですね…」
リリシアさんは少し考えるように言った。
「今の話を聞いて、私もアリスさんと同じように心からは賛成しかねますが…、それと同時にリリンを信じてあげたい気持ちもあるんです」
「信じる?」
「ええ。今までアリスさん達がリリンに教えてきた事、リリンが経験してきた事、それをリリンがきちんと理解していることを信じるんです」
リリシアさんの言葉に、俺は考え込む。
「心配なのは分かります。でも、ここで信じてあげられなかったら、リリンの精神面はいつまでも子供のままです」
常日頃から、ヘリオに言われていることと同じ事を言われ、俺は自分が情けなくなった。
ヘリオの方が親らしい意見を述べているのに、俺は何故こうなのだろうと。
「でも、アリスさんを見てると、父親って感じがします」
「え?そうですか?」
「はい!よく聞く世間のお父さんは、娘の事を心配するあまり、過保護になったりする人が多いみたいですよ」
優しく微笑むリリシアさん。
「今からでも対処の仕方を教えられるものがあるなら教え、心配事を減らして送り出す事も出来るんじゃないですかね」
そう言われて、ハッとした。
そうだ、心配なら教えられることを教えればいい。
なんで、そんなことも思いつかなかったのだろうと自分に呆れた。
俺はリリシアさんに、お礼を言って帰宅した。
家に入ると、リリンちゃんが「アリスお兄ちゃん!」と声を上げて抱きついてきた。
「わっ!た、ただいま、リリンちゃん」
「良かった…お兄ちゃんがもう帰って来ないかと思った…」
昨日の事をリリンちゃんが気にして心配していたのだと分かり、俺はまた情けなくなった。
「ごめんな、心配かけて」
「ううん、リリンの方こそごめんなさい」
「リリンちゃんは悪くないよ。大人げなかった俺が悪いんだ」
そう言って微笑むと、リリンちゃんは潤んだ瞳で俺を見た。
「リリンちゃん、一人暮らしする前に、護身術を覚えてくれないか?」
「ごしんじゅつ?」
不思議そうに尋ねるリリンちゃんに、俺は真剣な顔をした。
「この前、男の人に詰め寄られてただろ?そういう時に自分の身を護る技があるんだ。それを覚えて欲しい。そうじゃなきゃ、俺は心配でリリンちゃんの一人暮らしに賛成出来ない」
俺の言葉にキョトンとするリリンちゃん。
「一人暮らしをするって事は俺とヘリオがリリンちゃんと一緒に居られないって事だ。FCも抜けるなら尚更、俺等がリリンちゃんを護る事が出来なくなるんだ」
どんどんリリンちゃんの表情が真剣な物になっていく。
「俺等の知らないところで、リリンちゃんが、怖い目や辛い目に合うのは嫌なんだ。そんなことになったら、リリンちゃんを俺等に任せてくれたピリスに、俺は申し訳が立たない」
事の重大さに気がついたリリンちゃんは考えるように俯いた。
「いつかはリリンちゃんも1人立ちしないと行けないとは思っていたんだ。俺にはそれがもっと先だと思ってた。でも、リリンちゃんが自分で決めたことは、やらせてあげたい」
俺はリリンちゃんの両肩に手を置いた。
「だから、護身術を覚えて欲しい。出来るかい?」
そう聞くと、リリンちゃんは気合いが入った顔になり「うん!頑張る!」と元気よく答えてくれた。
その日から、護身術の特訓が始まった。
それから2週間、護身術をマスターしたリリンちゃんは、引越しの準備に取り掛かり、あっという間に引越しの日になった。
「リリンちゃん、忘れ物はない?」
「うん!大丈夫だよ!」
笑顔で答えるリリンちゃん。
「そういえば、引越し先は何処なんだ?」
ヘリオの質問にリリンちゃんは、少し照れくさそうな顔になる。
「あのね…ゴブレットビュートのアパルトメント!」
「「ゴブレットビュート?」」
俺とヘリオの声がハモる。
「なんでゴブレットビュートなの?」
俺の疑問にリリンちゃんは「えへへ」と笑いながら言った。
「だって、ゴブレットビュートのアパルトメントは、お兄ちゃん達と初めて暮らしたお部屋だから、安心かなって思ったの!お部屋もアリスお兄ちゃんのお部屋のあるアパルトメントにしたんだよ!」
そうか…、リリンちゃんにとって俺達と1番の思い出が詰まった場所…。
それを聞いて、俺の視界が歪んだ。
「アリスお兄ちゃん?どうして泣いてるの?」
心配そうに顔を覗き込むリリンちゃん。
俺は慌てて涙を拭い、微笑んだ。
「ごめん、なんか感極まっちゃって…」
「全く、あんたよく泣くな」
苦笑しながら呆れ声のヘリオ。
「リリンちゃん、何時でもここに戻ってきて良いからね?ここはリリンちゃんの家でもあるんだから」
そう言うと、リリンちゃんは嬉しそうに「うん!!」と答えた。
「じゃあ、行ってきます!」
「あぁ、気をつけてな」
「行ってらっしゃい!リリンちゃん!」
元気よく手を振るリリンちゃんに、俺も手を振って送り出した。
***********
その夜。夕飯を摂っていた俺は、食事の手を止めていた。
不思議に思ったヘリオが声を掛ける。
「どうした?」
「いや、静かだなぁって思って…」
「なんだ、寂しいのか?」
ヘリオに指摘されて、「うん」と答える。
「リリンちゃんが居ないだけで、こんなに静かなんだなって思ったら、なんか…な」
たった1年。長いようで短い期間だったが、こんなにもリリンちゃんが大きな存在だったのだと痛感する。
「ほんと、あんたは親バカだな」
「ははっ、そうだな」
俺はグラスに入ったウイスキーを手に取り、口にする。
いつもあった笑顔と笑い声が無いのが本当に寂しい。
「ま、今生の別れじゃないんだ、少しずつ慣れろ」
「努力します」
ヘリオにズバッと言われて、俺は苦笑して答えたのだった。
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