V.プリンセスデー2021
「おはようございます、お嬢様」
ガウラが目を覚ますと、唐突にかけられた声。
そちらに振り向くと、髪をオールバックに固め、スーツ姿のヴァルがいた。
「…ど、どうしたんだ」
いつもと違う姿に言葉遣い、そして何より「お嬢様」と呼ばれた事に違和感を感じ、今までにないすごい目をヴァルに向ける。
「本日はプリンセスデーですので、僭越ながらわたくし、執事をさせていただいております」
「あぁ…プリンセスデー…」
なるほどと納得はしたが、何だか落ち着かない雰囲気に軽く頭を搔くガウラ。
「朝食の準備が出来ておりますので、ダイニングまでお越しください」
ヴァルはそう言って一礼をすると、部屋から出ていった。
唖然としながらもベッドから這い出し、着替えをし、軽く髪を整えてダイニングに足を運ぶ。
ダイニングに入った瞬間に鼻をくすぐる良い香り。
テーブルの上には、トーストと、その脇にはバターと苺のジャムが用意されており、スクランブルエッグにはウィンナーが添えてある。
そして、ポテトサラダに、キャベツと人参とベーコンが入ったコンソメのスープと、なかなかにしっかりとした朝食が並んでいた。
「これ、お前が全部作ったのかい?」
「さようでございます。お気に召しませんでしたか?」
「…いや、意外だなと思って…」
「本職が、なんでも熟せるようにならなければいけないので、このぐらいは出来ます」
そう言うもんかと、ガウラは席に着き、朝食を食べ始める。
「…美味い」
「お口に合ったようで、幸いでございます」
そう言ってヴァルは笑みを浮かべた。
初めて見るヴァルの笑みに、ガウラはこんな顔も出来るのか、と少し驚いた。
朝食を終えると、顔を洗い歯を磨く。それを終えて出てくると、ヴァルが真っ白なワンピースを持って出迎えた。
「…その服は?」
「本日、お嬢様に着ていただくお召し物になります」
「はい?」
自分ではあまり着ないような服を着ろと言い出すヴァルに、思わず顔が引き攣る。
「私に似合う訳ないだろ。ガラじゃない」
「そんなことはございません。絶対にお嬢様にお似合いになるはずです」
「………」
満面の笑みで差し出されれば、引くに引けない。
仕方なく、白いワンピースに袖を通す。
鏡を見て溜め息。
「ほら、ガラじゃないだろ」
「お嬢様、まだ髪のセットと、メイクが終わっておりません」
「はぁ?!」
髪のセットは良いとして、メイクという言葉に思わず後退りをする。
「メ、メイク…」
「さっ、自室に戻りましょう」
今にも逃げ出しそうなガウラの手を取り、自室へと強制連行された。
そして、椅子に座らされ、髪のセットが始まる。
手馴れた手つきでガウラの髪を纏めていく。
髪はエタバンで貰えるというヘアカタログの髪型に整えられていた。
唖然とするガウラをよそに、「次はメイクです」と化粧道具を取り出すヴァル。
なるようになれと目を閉じるガウラ。
作業は淡々と進み、「終わりました」の声に目を開け、鏡を見たガウラは驚いた。
そこに映っていたのは、いつもと違う自分。だが、どこか懐かしさを感じる顔がそこにはあった。
「これが…私かい…?」
「さようでございます、お嬢様。やはり、お似合いになられる」
鏡に映った自分をまじまじと見つめるガウラ。
よく見れば頬にあった傷が、目立たなくなっているのに気がつく。
「傷が…」
「メイクで隠させていただきました」
「へぇ~、メイクって凄いな…」
「お気に召しましたでしょうか?」
その言葉に、ガウラは少し照れくさそうに笑みを浮かべて言った。
「まぁ、悪くないんじゃないか…な」
その笑みに、昔1度だけ見た少女だった頃の彼女の顔がダブって見えたヴァルは息を飲み、小さく呟いた。
「…ヘラ…」
「……なんだって?」
その小さな呟きに、怪訝な顔をするガウラ。
「い、いえ、なんでもございません」
「…なら、いいんだが…。で、私にこんな格好させて、何をしようって言うんだい?」
メイクまでさせて何も無いということはないだろうと、ガウラは要件を促す。
すると、ヴァルは笑みを浮かべた。
「もし、お嬢様が宜しければ、本日、わたくしとデートをしていただけませんか?」
「デート?!」
「はい」
ニコニコと笑顔で答えるヴァル。
彼女の考えていることがわからず唖然とする。
「お嬢様の事をよく知っておきたいと思いまして、それにはデートが最適かと」
「あ、そういう事かい。分かったよ。付き合う」
「ありがとうございます」
「で、どこに行くんだい?」
「プリンセスデーですので、飾り付けがされてるウルダハはどうでしょう?」
「ウルダハね」
ガウラはそれを承諾して、ヴァルを連れてウルダハへと向かった。
咲き乱れる桜の花
時折舞い散る桜の花びら
そよ風がワンピースの裾を優しく揺らす
通り過ぎる人は、白く美しいガウラの姿と、隣を歩く黒いヴァルの組み合わせに、思わず足を止める。
「な、なんか凄い見られてるんだが…」
「それはお嬢様の美しさがなせる技です」
「…はぁ…」
思わず出る溜め息。それに苦笑するヴァル。
「ところで、ヴァルは甘いものは平気かい?」
「甘いもの…ですか?」
ガウラの言葉に、少し考え込むヴァル。
「実は、甘味に近いものは食べたことがないのです」
「そうかい!じゃあ、クイックサンドでクランペットを食べよう!」
「クランペット?」
「あぁ。甘味はあまり得意じゃないんだけどね。不滅隊に入ってからは、クランペットをよく食べるんだ!」
生き生きと話すガウラを微笑ましそうに見て「それは気になりますね」と返す。
クイックサンドに入り、席に着き、クランペットを注文する。
料理を待っている間に、ガウラはヴァルに問いかけた。
「それで、私の何が知りたいんだ?」
「何、という訳では無いです。ただ、ありのままのお嬢様がどんな人物なのかを見て知りたかっただけです」
「なるほど、じゃあ、私はいつも通りにしてれば言い訳だ」
「さようでございます」
それなら気を張る必要は無いと、ガウラはホッとする。
「じゃあ、私もお前のことを知る為に、幾つか質問しても?」
「答えられる範囲なら、お答え致します」
ヴァルの答えに、ガウラは声を低くして質問した。
「黒き一族ってのは、なんなんだ?」
ド直球の質問に、ヴァルは一瞬目を丸くするが、直ぐに表情を戻す。
「遥か昔に、白き一族と盟約を結んだ一族でございます。それと同時に、世界の闇に生きる暗殺者…とだけ。まぁ、白き一族を守る事だけでは生計を建てられません。元々闇に生きる一族ゆえに、暗殺が家業になった…と聞き及んでおります」
淡々と答えるヴァル。
「ふむ」と腕を組むガウラ。
「暗殺者ってことは、人を殺したことがあるって事だよな?」
「はい。まぁ、暗殺者と言ってしまえば聞こえは良いですが、大半は東方の忍者のようにスパイをする事が多いです。暗殺依頼も受けますが、その場合は大抵、悪どい金持ちの殺害なんかが多いですね」
「ふーん」
「特に、そういった金持ちの殺害依頼なんかは、女性が駆り出されることが多いですから」
ヴァルの少し言葉を濁した言い方に、「なぜだ?」と返すガウラ。
すると、ヴァルは少し苦笑いを浮かべた。
「金持ちと言うのは意地汚い者程、女を抱え込みます。相手の好みの女を演じ、誘惑、満足させて油断をしてる隙に…という訳です。だから、女が駆り出されるのですよ」
「…………」
あまりの内容に空いた口が塞がらなくなるガウラ。
ヴァルは少し困った笑みを浮かべた。
「軽蔑しましたか?」
「……いや、想像以上の内容だったから…その、言い難いことを、すまない」
「いえ、構いませんよ。事実ですから」
ヴァルがそう言って微笑むと、注文したクランペットが運ばれてきた。
「さぁ、早速召し上がりましょうか」
「…そうだね」
話題を変えるチャンスが訪れたと思い直し、ガウラはクランペットを食べ始める。
その様子を眺めながら、ヴァルもクランペットを口に運ぶ。
「これは…なかなかに美味しですね」
「だろ?たまに、 友人と一緒に食べたりするんだ」
「さようでございますか。さぞ、素敵なご友人なのでしょうね」
「私と同じ故郷の出で、名前はナキと言うんだけど…ヴァルは知ってるかい?」
「いえ、存じ上げません…。わたくしがお嬢様を守る対象として確認した時は、お嬢様はお1人でしたから」
懐かしそうに目を細めるヴァル。
その表情は優しい顔をしていた。
ガウラはそれ以上何も聞かず、他愛のない会話を始めた。
今までにあった戦いの事、出会った人達の事、話題は尽きることはなかった。
それを優しい顔をしながら、ヴァルは聞いていた。
************
ラベンダーベッドのガウラの自宅に帰ってきた2人は、庭で対面した。
「お嬢様、今日はわたくしの我儘にお付き合いいただき、ありがとうございました」
「いや、いいさ。なんだかんだ楽しかったし、食事代なんかも出して貰って、逆に申し訳ない気がするよ」
苦笑いをしながらガウラは言った。
ヴァルはそれにニッコリと微笑みを返す。
「それでは、わたくしはこれで失礼致します」
「もう行くのかい?」
「はい。次に会う時はいつものわたくしに戻っていますので、ご安心を」
そう言ってヴァルはガウラに背を向けた。
去ろうとするヴァルを、ガウラは呼び止めた。
「ヴァル!」
「はい?なんでしょう?」
「お前は…、今の生き方を後悔したことはないのか?」
咄嗟に出た言葉だった。
クイックサンドで聞いた、暗殺者としての任務。
普通の女であれば、耐え難い内容である。
すると、ヴァルの表情はいつもの顔になっていた。
「後悔はしたことは無い。黒き一族として生まれたことを誇りに思ってるよ」
野暮なことを聞いた、とガウラは思った。
「それに、黒き一族として生まれなければ、ガウラとも会うことは無かっただろうからね」
そう答えたヴァルの顔は、優しく微笑んでいた。
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