A.叶わぬと思っていた願い
数日で戻ると、双蛇党の任務に向かったヘリオ。
その帰りを今か今かと待ち続けていたアリスは、 とうとう我慢が出来なくなった。
待てど暮らせど連絡はなく、どんどん日にちは過ぎていき、数日どころの話では無くなっていた。
─ガウラさんなら何か分かるかもしれない─
と、アリスはガウラの自宅へと向かった。
ガウラ宅に到着し、扉をノックする。返事と共に出てきたガウラの顔を見た瞬間、アリスは堰を切ったかのように泣き始めた。
「ガウラさぁ~ん!」
「なっ!?なんだい突然!!男が泣くんじゃないよ!!」
突然泣き出したアリスに驚くガウラ。
アリスは泣きながら「ヘリオがぁ~ヘリオがぁ~」と繰り返すばかりで話にならず、仕方なく家に入れ、落ち着くのを待った。
アリスが落ち着いたのを確認したガウラは話を切り出した。
「で、何があったんだい?」
「…2週間前に双蛇党の任務に出かけて行ったヘリオが帰って来ないんです…」
しょんぼりしながら言うアリス。
少し呆れた表情をしながらガウラは言った。
「双蛇党の任務なら、時間がかかることもあるだろうさ」
「違うんです。ヘリオは数日で戻るって言ってたんです。それなのに連絡もないし、さすがに心配になって、こっちからも連絡しようとしたんですけど、エラーが出てしまって…」
「こちらの連絡が遮断される所にいる訳か…」
アリスの話を聞いて考え込むガウラ。
自分に何の異常がない以上、ヘリオが無事なのは確かだろう。
なら、何故連絡が取れないのか。
疑問が残るが、厄介な事になっているのは間違いないのだろうと、ガウラは結論づけた。
「ヘリオの事は私に任せておくれ。見つけたら連絡するから、今は大人しく家で待ってろ」
「ガウラさん…ありがとうございます…っ」
ガウラの言葉にホッとしたのか、また泣き出すアリス。
「あー、泣くな泣くな!情けないヤツだな」
「だってぇ~」
再びアリスが泣き止むのを待って、ガウラはヘリオを探すために家を出た。
アリスは自宅に戻り、ガウラからの連絡を祈るように待ち続けた。
数時間後、トームストーンから通知音がした。
素早く通知を開くと、ガウラから「探し人を見つけた」の文に、勢いよく立ち上がった。
だが、その拍子にバランスを崩し、思いっきり机の角に足をぶつけた。
「痛っってぇっ!!!!」
あまりの痛さに蹲るが、返信をしなければと、痛みを堪え、涙目になりながら返事を返した。
とりあえず、一安心したアリスは、しばらくその場で痛みに悶絶していた。
***********
「弟をしばらく借りる」
ガウラからそう連絡があってから2週間。
アリスは気が気ではなかった。
時間がかかる時は連絡がある筈なのに、全く連絡がなく、こちらからの連絡もエラーを噴いてしまう。
ヘリオの捜索を頼んだ時と同じ状態に、アリスは後悔の念に駆られていた。
もしかしたら、2人とも何かに巻き込まれたのかもしれないと。
自分が泣きついたせいで、ガウラさんも危険に晒してしまったのではないかと。
落ち着かない様子で部屋をグルグルと回っていると、リンクパールが突然鳴った。
「はい」と出ると、『よう』と聞こえてきたのはヘリオの声だった。
「ヘリオっ!!無事だったんだな!!ガウラさんは?!」
『姉さんも無事だ』
「良かったぁ~、連絡が取れなかったから凄く心配してたんだ…」
『それはすまなかったな』
「でも一体どこの調査に行ってたんだ?」
『…故郷だ、しかも時間軸が歪んで居たらしくてな』
「…第一世界みたいに、時間のズレがあったってことか…」
『そういう事だ。連絡出来なくて悪かったな』
「ううん、無事なら良いよ。帰ったら色々聞かせてくれよ?」
『あぁ、そのつもりだ。あんたに話さなきゃいけないこともあるからな』
「分かった!」
そう言って話題を切り替え、アリスはここ1ヶ月の話をヘリオにしたのだった。
************
「ただいま」
「ヘリオっ!!」
ヘリオの顔を見た瞬間、アリスは物凄い速さでヘリオの元へ行き、力一杯抱きしめた。
「むぐっ!!」
「ヘリオっ、おかえりっ!おかえりっ!!」
抱きしめたまま、ヘリオの肩口に顔を擦り付けるアリス。
力一杯抱きしめられているせいで、アリスの肩に顔が覆われ、息が出来ず、何とか抜け出そうと藻掻くヘリオ。
突然の事に、ガウラは豆鉄砲を食らった鳩の様に唖然としていたが、自分が居るのに気がついていない様子のアリスに声をかけた。
「…私もいるんだが?」
ヘリオの後ろにいたガウラは、呆れた様子。
そこで初めてガウラが居たことに気づいたアリスは「あ!ガウラさんも、おかえりなさい!」と答えた。
「ただいま。で、そのままだとヘリオが死ぬぞ?」
「えっ?!」
そう言われて、初めてヘリオの状況に気がつき、慌ててヘリオを解放した。
「あ…あんたは俺を殺す気か…っ」
「ご、ごめんっ!!無事に帰ってきてくれたのが嬉しくてつい…」
頭を掻き、アリスは苦笑いをする。
「ガウラさん、ヘリオを探してくれて、ありがとうございました!」
「身内の事だったしな、気にするな。あ、これ手土産な」
「ありがとうございます!」
ガウラから手土産を受け取った瞬間、アリスは嗅ぎなれた香りを微かにガウラから感じた。
ほんのりと甘い香り
ヘリオ程ではないが、確かに香ったその香りに、咄嗟に2人のエーテルを確認する。
今まで不安定なところがあった2人のエーテルは、しっかりと安定していた。
「2人共…エーテルが…」
思わず口から零した言葉に、ガウラとヘリオは顔を見合わせた。
「…こんなに早く気づかれるとは思わなかったな」
「それも、修行の成果なんじゃないかい?」
「…なるほど」
双子はそう言うと席に着き、今回何が起こっていたのかをアリスに話し始めた。
そして、告げた。
─儀式を完遂したと─
それを聞いて、一瞬表情が固まったアリス。
その様子を見て、ヘリオは「安心しろ」とアリスに言った。
「俺は消えない」
「えっ、でも、儀式を成功させたんだろ?じゃあ…」
「これだけ長く別々になっていたんだ。エーテルが膠着して、全てを戻す事は叶わなかった」
すると、アリスは少し震えた声で聞いた。
「じ、じゃあ…ほんとに…ヘリオは…」
「あぁ、消えない」
しっかりとそう言われた途端、アリスの目から静かに涙が流れた。
「あ……あぁ………っ」
俯き、両手で顔を覆う。
「良かった…、ほんとに良かったぁ……」
声を押し殺して泣くアリス。
ヘリオは「泣くなよ、大袈裟だろ」と返す。
「だって…、俺、ヘリオがガウラさんのエーテル体だって気付いてから、ガウラさんにエーテルを戻しつつ、ヘリオが消えなくていい方法をずっと探してたんだ…」
そんな方法を探していたのかと、驚く双子。
「エーテル学の基礎を頭に叩き込んで、 グブラ図書館でエーテル学の本を読み漁った。けれど、どの本にもそんな方法は載ってなくて…」
アリスは俯いたまま、時折肩を震わせて、絞り出すように話す。
「だから、諦めたんだ。もし、ヘリオが普通の人だったとしても、別れは形は違えど必ず来るんだからって自分に言い聞かせて、今を大事に、悔いが無いように、ヘリオと一緒に居られる間は、その日その日を大事に過ごそうって…」
「アリス…」
アリスが度々、グブラに籠っていたのは気が付いていたが、まさかそんな事を調べていたとは思わず、ヘリオはなんとも言えない気持ちになる。
「その諦めた願いが叶ったんだ。あんたは笑ってろ」
「ヘリオ……うん、うんっ!」
ヘリオは軽く微笑み、アリスも泣きながら微笑んだ。
その2人を見ていたガウラも、優しく微笑んでいた。
************
ガウラが帰宅し、2人きりになった自宅の寝室で、アリスはヘリオにキスの雨を降らしていた。
あまりの激しさに、体が逃げ腰になるヘリオ。
それを許さない追撃に、ついにベッドに押し倒される形になる。
すると、アリスはヘリオをギュッと抱きしめ、再びキスを再開する。
「アリスっ…んんっ…ま、待てっ…んぐ…っ」
「待たない」
アリスは容赦なく己の唇で相手の唇を塞ぐ。
「て言うか、待てる訳ないよ。連絡も取れなくて、凄く心配したし」
話しながら、合間合間でキスをする。
「それに、命ある限りヘリオと一緒に居られるって分かって、嬉しすぎて、抑えらんない」
「~~~っ」
熱っぽい眼差しを向けられ、真っ赤になるヘリオ。
そして、抵抗してもアリスは停らないと悟り、そのまま大人しくアリスが気が済むまでキスを受け入れたのだった。
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