現パロ:出会い
「参ったなぁ~これは完全に道に迷ったぞ…」
道端で俺は途方に暮れていた。
先週、母さんの転院を機に、病院のすぐ近くに引っ越してきた。
今日は母さんのお見舞いに行くのに、花屋を探して居たら、完全に道に迷ってしまった。
位置を確認しようとトームストーンを起動させると、充電が2パーセントになっていた。
「しまった…昨晩充電し忘れてた…」
どうしようと頭を抱えていると「どうしたの?」と声をかけられた。
声の方に振り向くと、そこに居たのはヴィエラ族の女性が居た。
「この辺じゃ見ない顔だね?」
「はい、先週引っ越してきたばかりで道に迷ってしまって…」
「そうなんだ!良かったら私が案内するよ!」
渡りに船とはまさにこの事、彼女の申し出を有難く頂戴することにした。
「ありがとうございます!助かります」
「どこに行くつもりだったの?」
「母さんのお見舞いに行くのに、花屋を探してて」
「あ!じゃあいい所知ってるよ!ついてきて!」
彼女の後をついて行く俺。
「あ、そうだ、私の名前はナキ!あなたは?」
「あ、俺はアリスです」
「アリスね!実はね、今から行くところは、私の友達の家でもあるんだ!」
「へぇー、そうなんですか」
「この辺の花屋の中では、種類が豊富だから、結構評判いいんだよ!」
明るく人懐っこい笑顔で話すナキさん。
彼女の話は尽きず、あっと言う間に花屋に着いた。
「うわ~…、すごい種類…」
「でしょ!ごめんくださーい!」
「はーい!」
ナキさんが店の中に声をかけると、奥から聞こえた女性の声。
そして、現れたのは、白銀の髪にピンク色のメッシュの入った、オッドアイのミコッテの女性だった。
「いらっしゃい…って、ナキじゃないか!久しぶりだねえ!」
「ガウラ!久しぶり!」
どうやら、ガウラと呼ばれた女性がナキさんの友人らしかった。
「隣に連れてるのは彼氏かい?」
「違うよー!道に迷ってるみたいだったから案内してきたの!先週この町に引っ越してきたんだって」
「どうも」
紹介されてお辞儀をすると、ガウラさんもお辞儀を返した。
「ここに案内されたってことは花を買いに来たんだろ?どの花を買いに来たんだい?」
「あ、黄色のラナンキュラスをお願いします」
「あいよ!ちょっと待ってな」
慣れた手つきでラナンキュラスを花束にしていく。
代金を払い、花束を受け取る。
「うちの店はこの辺では品揃えに自信があるんだ。今後ともご贔屓に頼むよ!」
「はい!また寄らせていただきます!」
一礼をして、病院へ向かうために店を後にした。
ナキさんの案内で、無事に病院まで着いた俺は、ナキさんにお礼を言って別れ、病室へと向かう。
個室の扉をノックし、室内に入ると「アリス、いらっしゃい」と笑顔で母さんが迎えてくれた。
「母さん、今日は調子が良さそうだね」
「えぇ、実はね、この前ララフェル族のお友達が出来たのよ」
「へぇ!そうなんだ!」
その言葉にオレはホッとした。
話し相手になる友達が出来たなら、少しは母さんも気分転換になるだろう。
「こっちに越してきて1週間になるけど、どう?この町での生活は」
「平日は仕事してるから、まだ、よく分からないけど、今日、とても良い人に会ったよ!」
俺はここに来るまでの話をした。
「そうなの!親切な人に会えて良かったわね!」
「うん!まぁ、トームストーンを充電し忘れてなければ知り合うこともなかったかもだけど」
「あなたはちょっと抜けてるところがあるから、そこが少し心配だわ」
「あはは、ごめん。気をつけてはいるんだけどさ」
苦笑しながら言う母さんに、俺も苦笑しながら答える。
「そういえば、あなた恋人とかは作らないの?」
「へ?な、なんだよ急に…」
「あなたにしっかりした恋人が居れば、母さんはとっても安心なんだけれど、気になってる人とかいないの?」
突然の話題に「う~ん」と考える。
「正直さ、恋愛の好きって言うのがよく分からないんだよなぁ。学生時代にリンダちゃんとは付き合ってたけど、押しに負けたところがあったし…。ねぇ、母さん。恋愛の好きってどんな感じなの?」
「そうねぇ…」
母さんは昔を思い出すような表情をする。
「寝ても醒めてもその人のことが頭から離れなかったり、その人のことを目で追ってしまったり。会いたくて仕方なかったり。そんな気持ちになるのが恋愛の好きって感じかしら?あとは、傍にいて安心したりとか…」
「う~ん。そっかぁ……」
経験したことのない感覚だなぁと、首を傾げる。
「あ、そうだ!昨日、父さんから連絡あってさ!再来週の土日に連休取れたから、戻ってくるって」
「あら!本当!」
母さんの顔が一気に明るくなる。
「お見舞いにも来るって言ってたよ」
「ふふっ、父さんに会えるなんて、嬉しいわ」
「母さんは本当に父さん大好きだよなぁ」
「当たり前じゃない!じゃなきゃ、あなたは産まれてないんだから!」
両親の仲が良いのは良い事なんだが、見てるこっちが恥ずかしくなる程なのは如何なものかと、毎回息子ながらに思ってしまう。
「じゃあ、そろそろ俺は行くよ!これ今週分の着替え」
「ありがとう!洗濯物はこっちね」
俺は洗濯物の入ったカバンを持つと、「また来週来るよ!」と言って病院を出てマンションに戻った。
昼食を摂り、家事をこなすと、夕食の食材を買うためにスーパーウルダハへと向かう。
今日はカレーにしようと、野菜コーナーへと足を向ける。
ジャガイモ、玉ねぎをカゴに入れ、人参のコーナーへ。
そこで俺は人参の値段を見比べて、考え込んだ。
前に住んでた所で安い人参を買った時に、鮮度が良くなかったのか、あまり美味しくない物を選んでしまった経験から、高いのを買うか悩んだ。
家賃、光熱費、生活費は父さんから振り込まれてはいるけれど、なるべくなら節約をしたい。
だからと言って、美味しくないものを食べたくはなかった。
「う~ん……」
どれほど悩んでいただろうか、人参コーナーに長いこと立ち止まり、値札とにらめっこをしていると、唐突にゴソッと言う音と共にカゴに重さを感じた。
「え?」
何が起きたか分からず、咄嗟にカゴの中を見た。
「こっちの方が安くて新鮮ですよ」
カゴの中には安い三本入りの人参が入れられていた。
カゴから視線外し、声のした方に顔を向けると、白銀の髪のミコッテの後ろ姿。
声から察するに男性と思われる人物が去っていく所だった。
「あっ、ありがとうございますっ!」
咄嗟には動けなかったが、その後ろ姿の人物にお礼を言うと、その人は手をヒラヒラさせて、その場を立ち去って行った。
その夜、その人参を使って作ったカレーは、とても美味しく感じた。
「あの人、どんな人なんだろう?また、会えるかな…」
次に会えたら、ちゃんとお礼がしたい。そう思いながら、俺はカレーを食べ進めた。
次の日から、仕事帰りにスーパーに寄ると、あの後ろ姿の人物を探すようになった。
だが、会った時と時間帯が違うせいか見つけることは出来なかった。
そして、次の日曜日。
俺は母さんの着替えを持って、先週行った花屋に向かった。
花屋に着くと、店の中に向かって「ごめんくださーい!」と声を掛けた。
「はーい!」
声を聞いて、俺は「あれ?」となる。
女性の声ではなく、男性の声だったからだ。
「いらっしゃいませ」と店の奥から出てきたのはガウラさんではなく、白銀の髪に黄色のメッシュの入った、ガウラさんとは非対称のオッドアイで黒縁メガネを掛けた男性。
俺は、ガウラさんとそっくりなその男性に視線が釘付けになる。
カッコイイ…
それに綺麗だ…
男性は、俺の顔を見て驚いた顔をした。
「あれ?あんた、先週スーパーの人参コーナーで…」
「え?」
俺は先週出会った後ろ姿の人物を思い出した。
「あーっ!ひょっとして、あの時の!?」
俺は勢いよく頭を下げた。
「あの時はありがとうございました!人参、とても美味しかったです!」
「あ、あぁ、それは良かった」
俺の勢いに少し戸惑う男性。
「でも、まさか、この花屋さんの人だったなんて…、そういえば、今日はガウラさんじゃないんですね」
「あー、姉さんか。姉さんはたまにしか店に出ないからな。そうか、姉さんが言ってた新しい顧客ってのはあんただったのか」
「あのー、つかぬ事をお聞きしますが…、ひょっとしてガウラさんと双子ですか?」
俺が聞くと、男性は「あぁ」と答えてくれた。
どうりでそっくりな訳だ。
「俺、アリスって言います!あの、良かったらコンパニオンでフレンドになりませんか?」
「はい?」
俺の唐突な申し出に、不思議そうな顔をする。
「実は、この町に越してきたばかりで、あまり土地勘も無くて…、出来たら同性の知り合いが欲しいなーって」
「あー、なるほどな」
すると、男性は「ちょっと待っててくれ」と言い、店の奥へと向かった。
そして、戻ってきた時、手にはトームストーンが握られていた。
「ほら、俺のIDな」
「ありがとうございます!」
ID検索をすると[ヘリオ·リガン]の名前が出てきた。
「ヘリオさん…で合ってますか?」
「あぁ」
「分かりました!今申請しました!」
すると、ヘリオさんは自分のトームストーンを操作し、申請を承認してくれた。
「ありがとうございます!これからよろしくお願いしますね!ヘリオさん」
「こちらこそ。あ、ヘリオでいいぞ。あまり堅苦しく呼ばれるのは好きじゃないんだ。あと、敬語もな」
「はい!分かりまし…あ」
言われた先から敬語を使いかけ、思わず口を抑える。
すると、ヘリオは「ふっ」と笑った。
「あんた、面白いな」
「あはは」
俺はつられて笑う。
ヘリオのその笑った顔が可愛くて、ギャップに心が踊る。
「ところで、花を買いに来たんだろ?」
「あ、そうだった!」
当初の目的を思い出し、俺は先週と同じく、黄色のラナンキュラスを注文した。
「包装はどうする?」
「あ、普通で大丈夫!母さんのお見舞いに持っていくのだから」
「分かった」
ヘリオは手際よく花束を作り、俺に花束を手渡す。
「早く良くなるといいな、あんたの母親」
「うん!ありがとう!」
俺は笑顔で花束を受け取り、代金を払った。
「じゃあ、また来週来るよ!」
「あぁ、またな」
大きく手を振って、俺は病院へと向かった。
お礼を言えた嬉しさと、知り合いになれた嬉しさで胸がいっぱいだった。
病室の扉をノックし、「母さん!来たよ!」と上機嫌で中に入る。
「いらっしゃい」と、いつものように笑顔で出迎えてくれる母さん。
俺は鼻歌交じりに花瓶に水を入れ、ラナンキュラスを飾る。
「アリス、何か良いことがあったの?鼻歌なんか歌っちゃって」
微笑みながら聞く母さんに、「実はさ」と、先週のスーパーでの出来事と、今日の話をした。
「まぁ!そんなことがあったの!」
「うん!世間は狭いよなぁ!」
「ふふっ!アリスあなた、そのヘリオさんが好きなのね」
母さんは微笑みながら言った。
「とても良い人そうだしな!良い友人になれればいいなって思ってるよ!」
「もう!そうじゃなくて!」
母さんは、苦笑しながら言った。
「なんだか、ヘリオさんに恋してるみたいよ?」
「へ?」
母さんの言葉に、俺は一気に顔が熱くなる。
「なっ?!何言ってるんだよ!あ、相手は男性だよ?」
「好きになったら性別とか関係ないんじゃないかしら?それに、ヘリオさんの話をしてるあなたの顔、今まで見たことがないぐらい幸せそうな顔してるわよ?」
「!?」
えっ?ええっ?!
ちょっと待て!
思いもよらない母さんの言葉に、頭がパニックを起こす。
恋?!
いや、よく考えたら、今まで誰かと知り合って、こんなに嬉しくて仕方なかった事は無かった。
学生時代、友人は多い方だったけど、その時とは違う感情があるのにも気がつく。
え…、嘘だろ?
初めてヘリオの顔を見た時に見惚れたのは確かだし、普段だったら、あんな勢いに任せて連絡先の交換なんかしない。
頭の中で自問自答をしている俺を見て、母さんはクスクス笑っている。
「初恋ねぇ♪」
「や、やめてよ母さん!」
「可愛い息子が初めての恋に狼狽えてるんだもの♪可愛すぎて仕方ないわよ」
俺は「ゔ~」っと唸る。
顔は熱いままだ。
「そんな顔を真っ赤にして睨まれても、可愛いだけよ?」
「もうっ!やめてよ!」
俺の反応に母さんは、大笑い。
俺はいたたまれなくなって、母さんの洗濯物の入ったカバンを掴んで、「ま、また来週くるからね!」と言い放ち、そそくさとその場から逃げるように立ち去った。
マンションに戻ると、座椅子に座り、背もたれに背を預け天井を見上げる。
「恋…か…」
スーパーでの出来事を思い出す。
きちんと顔を見てお礼を言いたくて、仕事帰りにその後ろ姿を探した1週間。
そして今日。
これが本当に恋なら、一目惚れ…という事になるんだろうか?
俺は腕で目を覆う。
確かに、1週間どんな人だろうと思いを馳せていた。
今日、直接顔を見てお礼を言って目的を果たしても、ずっと相手のことを考えてる。
もっと、相手を知りたいと言う欲求に駆られている。
「マジかぁ……」
どうしよう。
この気持ち、どう収めたらいいんだろう。
初めての感情に戸惑う。
先週と同じ時間に行けば、スーパーでまた会えるかな?
そう思い、時計を見ると帰宅してから結構な時間が経っていた。
そろそろ、先週家を出た時間になる。
「行こう」
俺は意を決した。
自分の気持ちを確かめるために。
会えるかどうかは分からないけど。
財布の入ったバックにエコバックを突っ込み、俺はスーパーへと向かった。
とりあえず、夕飯の献立を決めよう。
スーパーに着いた俺は、惣菜コーナーへと足を運ぶ。
たしか、今日は揚げ物が安かったはずだ。
安売りになっているメンチカツを見つけ、カゴに入れる。
メインを決めたあとは簡単だ。
キャベツと味噌汁の具材を揃えるために野菜コーナーへと移動をする。
その途中で、足りない調味料を思い出し、それをカゴに入れ、目的地へ。
そして、見つけた。あの後ろ姿。
俺は深呼吸をして、その後ろ姿に近寄った。
「ヘリオ!」
「お、あんたか。また会ったな」
向けられた笑顔に、心臓が爆発するんじゃないかと思うぐらいバクバクと音を立てる。
もー!母さんが変なこと言うから、変に意識してる気がする!
「ヘリオはいつもこの時間に買い物に来るのか?」
「あぁ、だいたいはな」
「そっか。じゃあ、普段は時間が合わないなぁ」
「?」
「何故だ?」と言う顔をされ、自分の言った言葉に「しまった!」と慌てる。
「いや、先週の人参の件で、お礼が言いたくて、ずっと仕事帰りにヘリオのこと探してたから」
「あー、そうだったのか」
「気にしなくてよかったのに」と苦笑するヘリオ。
良かった。なんとかごまかせた。
「あんた、仕事は何をしてるんだ?」
「車の整備士をしてるんだ。前は隣町のこっち寄りの所に住んでてさ。今でも原付で通ってるんだ」
「ほう」と、感心した顔をする。
「もし、車とかバイクの事で困ったことがあったら、連絡してくれればなんとか出来るよ」
「それは頼もしいな」
「ふっ」と微笑むヘリオ。
うわ~、やばい。
マジで心臓がやばい。
俺はなんとか平静を装いながら、「へへっ」と笑顔を返す。
そして、2分の1カットのキャベツに手を伸ばすと、「待て」とヘリオに静止された。
「そっちより、こっちのキャベツの方がいいぞ」
「ありがとう!」
「今日は何を買うんだ?」
「えーっと、大根と人参と、あとは油揚げかな」
俺が答えると、ヘリオは野菜を選んでカゴに入れてくれた。
「ありがとう!」
「あぁ。…あんた、料理するんだろう?」
カゴの中のメンチカツを見たのだろう。不思議そうな顔をするヘリオに、俺は苦笑しながら答えた。
「実はさ。 俺は焼いたり揚げたりする料理がてんでダメでさ。煮たり茹でたりとか、あとは火を使わない料理しか作れないんだ」
「そうか」
得意不得意があるよなと、ヘリオは言った。
「ヘリオは料理作れるのか?」
「あぁ、飯は俺が作ってる。姉さんが料理苦手だからな」
「へぇ~」
先週の感じだと器用そうに見えたけど、それこそ得意不得意ってヤツかな?
「あ、そうだ。次の母さんのお見舞いさ、土曜日に行く予定なんだ」
「そうか」
「父さんが単身赴任から一時帰宅するから、父さんも一緒に買いに来るかも」
「花は今日と同じで良いのか?」
「うん!時間は午後1時ぐらいになると思う」
「分かった」
そんな会話をしながら会計を済ませてスーパーを出た。
「じゃあまたな」
「うん!またな!」
それぞれの家へと向かい、歩き出す。
少し進んだところで、俺はヘリオの方を振り返る。
荷物を持って歩く後ろ姿。
あぁ、行ってしまう…
急激に寂しさに襲われた。
やっぱり、母さんの言う通りなのかな…
学生時代に恋人は居たが、別れる時にこんな寂しさは感じた事がなかった。
俺は、寂しさを振り切るように自宅のあるマンションへ全力疾走した。
帰宅し扉を閉めると、扉に寄りかかったままズルズルと座り込んだ。
自覚してしまったら、もう気持ちは止められない。
頭の中はヘリオの事でいっぱいだった。
「参ったな…ははっ」
20歳で初めての恋。
しかも相手は同性だなんて、誰がこんなことを予測できただろう。
この日から、自分の気持ちに振り回される生活が始まったのだった。
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