Another HERA━新たな命━
アリスとヘラが永遠の絆を誓い合ってから3ヶ月が経った頃。
ヘラは自分の身体に違和感を感じていた。
自分のエーテルが、少しずつではあるが奪われているような感覚。
それに加え、その月の月経の遅れ。
何かの病気かと心配になったヘラは、医療院へと向かった。
そして、原因が分かったヘラは、双蛇党の任務に向かったアリスの帰りを待っていた。
「ただいま!ヘラ!」
「おかえり!アリス!」
帰宅したアリスは、ヘラの頬にキスをする。
頬を赤らめながら、照れ笑いを浮かべるヘラ。
「お腹空いたぁ」
「ご飯出来てるよ!」
夫婦として、当たり前になったやり取り。
アリスは着替えてくると言い、その間にヘラはテーブルに夕飯を並べる。
アリスが着替えを終えて戻ってくると、夕飯を2人で食べ始める。
"うんまぁ~!"と美味しそうに料理を食べるアリスを、嬉しそうに眺めながら食事をするヘラ。
夕食が終わると、食器を片し洗い始めるアリス。
洗い物が終わったところで、ヘラが話を切り出した。
「アリス、あのね…」
「ん?どうしたの?」
「えっと…その…」
「?」
照れくさそうにモジモジしているヘラに、首を傾げるアリス。
ヘラは、消え入りそうな声で言った。
「あのね…お腹に…赤ちゃんが…出来たんだ…」
「………………へっ?」
アリスは間の抜けた声を出して固まった。
「い…今…赤ちゃんって言った…?」
自分の耳が信じられず、もう一度尋ねた。
すると、ヘラは顔を真っ赤にしながら頷く。
「なんか、身体に違和感があってね…、月のモノも遅れてたから…医療院に行ってきたの……8週目だって……」
「ほ…本当に…?」
「…うん」
アリスは唖然とした表情から、どんどん顔がニヤケ始めた。
「俺と…ヘラの…子供が…」
そして、アリスの感情が爆発した。
「やったー!」
「ひゃっ!?何?!」
いきなり大きな声を出され、驚くヘラ。
アリスはヘラの元へ移動し、ヘラを抱きしめた。
「にゃっ!?」
「ヘラ!俺たち親になるんだな!」
「う、うん。そ、そうだね」
「男かな?女かな?あ、名前も決めないといけないし、ベビー用品も揃えないと!」
完全に舞い上がっているアリスに、思わず噴き出すヘラ。
「ふふっ、アリスったら、気が早いよ?」
「え?…そ、そうか、まだ8週目だもんな…ははっ」
ヘラにツッコまれ、恥ずかしそうに笑うアリス。
「子供が出来たのが嬉しすぎて…」
妊娠を喜ぶアリスを見て、ヘラはまた笑った。
それからの少し経つと、ヘラに悪阻の症状が表れた。
幸い軽度で、全く物が食べられない程ではなかったが、食べられる物は限られ、アリスは心配になりながらもヘラをサポートした。
悪阻が落ち着くと、今度は食欲が増したりと、体質の変化に戸惑うことが多かったが、お腹の子は順調に育っていき、ヘラのお腹も目立ち始めた頃。
ラベンダーベッドのLハウスのリビングで、アリスはヘラの隣に座り、そのお腹に頬寄せていた。
「元気に中から蹴ってるなぁ」
「うん、時々上の方を蹴るから、ちょっと気持ち悪くなるけど」
「あははっ、元気すぎるのも少し問題だな」
アリスは笑いながら顔をお腹から離し、軽くお腹を撫でた。
「なぁ、ヘラ」
「なぁに?」
「今、8ヶ月に入ったところだろ?」
「うん」
「9ヶ月になったら、ヘラの故郷で過ごして、故郷で出産しないか?」
アリスの提案にキョトンとするヘラ。
「こっちで出産してもいいけど、もし、俺が居ない時に出産が始まったらって言う不安があるし、ヘラも両親が居る方が安心かなって」
アリスの心配症に近い気遣いに、小さく笑うヘラ。
「な、なんで笑ってるの?」
「やっぱり、アリスは父さんに似てるなぁって」
「ええ?そうかなぁ??」
首を傾げるアリス。
アリスの提案に、ヘラは賛成し、里帰り出産をすることになった。
ヘラは予め、両親に里帰り出産の旨を伝える為に手紙を書いて出した。
そして、9ヶ月目になり、集落にアリスと共に帰省。
アリスはヘラを集落に送ると、双蛇党の仕事を片付ける為に、一旦1人でラベンダーベッドへと帰った。
そして、出産予定日が近くなった頃に、アリスは集落へと戻った。
集落にいる間、アリスは住人達の家の修繕や、狩り等をかって出ていた。
それが功を奏したのか、集落の人達と馴染んで行き、親しくなっていく。
出産予定日を3日程過ぎた頃。
その日もアリスは集落の人に呼ばれ、家の修繕の算段を打ち合わせていた。
「最近雨漏りするようになってね」
「詳しく見て見ないと分からないですけど、軽く見た感じ、屋根を全体的に直さないと、イタチごっこになりそうですね…」
「どのくらいかかりそうだい?」
「んー、とりあえず、問題の箇所を大急処置をして、その後に屋根全体の素材を切り出しと加工するのに5日、加工が終わってしまえば組み立ては一日で終わると思います」
「じゃあ、それで頼むよ」
「分かりました!」
打ち合わせが終わった時、「アリスくん!」と慌てた様子で声をかけられ振り向くと、そこにはヘラの父親である族長が駆け寄ってきた。
「お義父さん?どうしたんですか?」
「ヘラが破水した!」
「えっ?!」
「私はこれから助産師の所へ行く。君は家に戻ってくれ!」
「わ、分かりましたっ!」
修繕を頼んでいた住人も「早く行っておやり!」とアリスを促し、アリスは「すみません!ありがとうございます!」と言って、家に急いだ。
家に入り、奥の部屋へと急ぐ。
「ヘラっ!!」
「アリス…」
「破水したってお義父さんから聞いた!」
「うん。朝から、少しお腹が痛いなって思ってたら、さっき破水したみたい…」
少し苦しそうに話すヘラ。
「ヘラ、陣痛が来てる時は深呼吸に集中しな。アリスはお湯を沢山沸かしておくれ」
「分かりました!」
「あと、タオルも出来るだけ用意してこちらに持ってきてくれると助かる。それと、破水した時のままだから、ダイニングの掃除も頼みたい」
「はい!」
アリスは急いでタオルをかき集め、ジシャの所に持っていったあと、大きな鍋に水を大量に入れ、火を付ける。
お湯が沸くまでの間に濡れている椅子や床の掃除を始めた。
掃除をしていると、助産師を連れた父親が帰ってきた。
そして、助産師は奥の部屋へ。
父親とアリスは2人で床掃除をした。
それが一段落し、アリスと父親が手を洗っていると、助産師が奥から出てきた。
「助産師さん、ヘラは…」
「うん、子宮口が7cmぐらい開いてるから、もしかしたら、そう時間がかからず出産になるかもしれない」
「そうですか…」
「子宮口が開ききるまでには時間が必要だから、それまで傍にいてあげてください」
「分かりました」
アリスは助産師にお辞儀をして、奥の部屋へと戻る。
ジシャと交代して、ヘラの寝ているベッドの隣に置いてある椅子に座り、ヘラの手を握る。
「痛い?」
「今は大丈夫、でも、またちょっとしたら陣痛がくるかも…」
少し弱々しく微笑むヘラ。
手を握って声をかけるしか出来ないのがもどかしいと感じるアリス。
「もう少しで子供に会えるんだな。俺、祈る事しか出来ないけど、頑張ろう」
「うん、僕、頑張るよ」
その時、陣痛でヘラの表情が歪んだ。
必死に深呼吸をするヘラ。
手を握り、腰をさするアリス。
定期的に様子を確認しに来る助産師。
ヘラの破水から1時間経過した頃、子宮口の状態を見た助産師が出産になると言い。
アリスは一旦、ダイニングへ。
ジシャと助産師が奥の部屋へと行き、アリスは父親と2人で待機することになった。
落ち着かなく、部屋の中をウロウロと歩き回るアリス。
「アリスくん、落ち着いたらどうかね?」
「…そう言うお義父さんも、落ち着いてないですよね」
父親もまた、アリスと同じように部屋をウロウロと歩き回っていた。
「娘の初産なんだ、落ち着いていられないだろう?」
「それは俺も同じですよ。てか、お義父さんは1度経験してるんじゃ?」
「ぐぅ…」
何とか気を紛らわせようと、ウロウロしながら余裕なく言い合う2人。
すると、奥の部屋からは助産師の指示する声や、ジシャの励ます声、ヘラの呻き声が聞こえ、2人は更に落ち着きを無くす。
「…アリスくん」
「…はい」
「こういう時、男は何も出来ないなぁ…」
「そうですね…」
2人は大きく溜め息を吐き、お湯を沸かしながら、再び落ち着きなくウロウロし始めた。
どのくらい時間が経っただろうか?
永遠とも感じる程の時間を、赤子の鳴き声が打ち破った。
「っ?!」
「う…産まれ…た?!」
奥の部屋から助産師が出てくる。
「おめでとうございます!無事に元気な女の子が産まれましたよ!」
「お、女の子っ!!」
「どうぞ、中に入ってください」
「はいっ!」
奥の部屋に行こうとして、テーブルにぶつかり、転びそうになるのを踏みとどまり、アリスはヘラのいる部屋へと入る。
「ヘラっ!!」
「アリス…、僕、頑張ったよ…」
「うん、うんっ!よく頑張ったなっ!」
疲労の色を見せながらも微笑むヘラに、震える声で労いの言葉をかけるアリス。
「ほら、僕達の娘だよ」
そう言って、ヘラは隣に寝ている赤子に目線を向ける。
アリスもそれに習って、赤子を見た。
色白の肌に白い髪の我が子に、アリスの涙腺は崩壊した。
「無事に産まれて…良かったぁ…可愛いなぁ…っ」
ボロボロ泣くアリスの肩を、誰かがポンと叩く。
「アリスくん…、男が泣くもんじゃないよ…」
それはヘラの父親であった。
「えぐっ…お義父さんだって…泣いてるじゃないですかぁ…っ」
大の大人の男が2人泣いているのを見て、唖然とするジシャとヘラと助産師。
すると、ジシャが口を開いた。
「父さんはヘラの時に経験済みだろう、泣くんじゃないよ」
「だっでぇ~っ、初孫なんだぞぉ~…っ」
号泣しながら言う父親に、ヘラとジシャは大いに笑った。
「さぁ、赤ちゃんを綺麗にしましょう。お父さん、今から沐浴をしますから、お子さんを連れてきてください」
「「はい!」」
「「……え?」」
涙を拭きながら、アリスと父親が同時に返事をしたのを見て、ヘラとジシャが間の抜けた声を出す。
「父さん、この場合の"お父さん"はアリスのことだよ?」
「え?…あっ、そうか!」
「ちょっと、しっかりおし!」
素で間違え、少し恥ずかしそうにする父親に、呆れたようにツッコミを入れるジシャ。
そんな事はお構い無しに、アリスは真剣な面持ちで、片手で娘の首を支えるように持ち、もう片方の手で体を抱き抱える。
そして、助産師に説明をしてもらいながら沐浴の様子を見る。
それが終わり、水分を拭き取り、肌着と服を着せ、おくるみで体を包む。
再びアリスは娘を抱き抱えて、ヘラの元へと戻ってきた。
ヘラも体を起こし、娘を抱く。
それに寄り添うアリス。
微笑ましい光景であったが、ヘラの父親は早く孫を抱きたいのかソワソワしており、それを見たジシャは呆れていたのだった。
*************
アリスとヘラの娘が産まれて1ヶ月が経った。
娘は白い髪色に瞳の色が綺麗な黄緑色だったことから、同じ色合いの花のイースターリリーから名前を取り、リリーと名付けられた。
今日、アリス達はラベンダーベッドへと戻る為、集落の入口で父親とジシャに挨拶をしていた。
「お義父さん、お義母さん、お世話になりました!」
頭を下げるアリス。
「これからは、2人でしっかりリリーを育てるんだよ」
「うん!」
「はい!」
和やかに会話をする3人。
だが1人だけ、哀愁を漂わせている人物がいた。
「父さん、また顔見せに皆で来るから、そんな顔しないで?」
「……うぅ……」
孫と離れる寂しさか、今にも泣き出しそうな父親であった。
「リリーや…おじいちゃんの事を忘れないでおくれよぉ…」
「はぁ…まったく困った人だねぇ」
ジシャは夫の後ろ襟首を掴んだ。
「ほら、私が父さんを捕まえてる間に早くおいき」
「ジシャ!せめて最後にリリーを抱っこさせてくれ!」
「抱っこしたら絶対に離さなくなるだろう?それに、余計に寂しさが増すだろうさ」
「そ、そんなぁ~」
父と母のやり取りを見て、思わず笑うアリスとヘラ。
ジシャに促され、2人は"また来る"と伝え、孫の名前を叫ぶ父の声を聞きながら、帰路に着いた。
そして、集落からだいぶ離れた時、アリスが呟いた。
「ヘラが、俺がお義父さんに似てるって言ってた意味がわかった気がする」
「でしょ!ふふっ」
苦笑いするアリスに、クスクス笑うヘラ。
ヘラに抱かれているリリーは、気持ち良さそうに寝ている。
こうして、新たな家族と2人の生活が、幕を開けたのだった。
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