A.彷徨う霧の中で
アリスは霧の中をさまよっていた。
黒衣森をぶらぶらと散歩中、霧が発生。急いで帰ろうとしたが、どんどん霧は濃くなり、1寸先も見えなくなった。
霧が発生した時は動かないのが1番なのだが、慌てた事でアリスの悪い癖が出てしまった。
すると、不意に体に違和感を感じた。
[何か]の中に入ってしまったような、そんな感覚。
来た道を引き替えそうにも、周りは霧で真っ白、来た道すらも分からない。
違和感から逃れたい一心で、霧の中を突き進むが、体力は無限ではない。
さすがに疲労を感じ、少し休もうとその場にドカリと座り込んだ。
とりあえず、ヘリオに連絡をしようとトームストーンを取り出すと、使用出来ない状態になっていた。
「え…なんで…」
トームストーンが使用不可な場所は多くない。
これはヤバい状況だと、アリスは動揺する。
「どうしよう…早くここから出ないと」
そう言って立ち上がった時だった。
「誰か居るのか?ここは安易に人が入っていい場所ではないぞ」
霧の中に響く声。
驚きながらも、アリスは声の主に話しかける。
「すみません!霧の中、道に迷ってしまって!もし、道が分かるなら教えて頂けませんか!」
その言葉を聞いた声は「迷子か」と呟くと、姿を現した。
声の主に目を丸くするアリス。
目の前に現れたのはタイニークァールだった。
「驚かせてすまないね。襲いかかったりしないから、安心しとくれ」
その話し方は、まるで義姉がそこにいるかの様。
霧、体に感じた違和感、喋るタイニークァール。
アリスの中で1つの線が繋がった。
「…あの、ひょっとして、ジシャ…さん?」
「…お前は、何者だ?」
警戒するタイニークァールに、アリスはハッとする。
「あ、すみません!名乗りもせずに…。俺、フ·アリス·ティアと言います」
アリスの名前を聞いたタイニークァールは「ああっ!」と声を上げた。
「お前がヘリオのパートナーかい」
「はい!そうです!あ、俺の事、ご存知だったんですか?」
「名前と存在だけは知っていたよ。ヘリオの中で眠っていたからね」
そう、タイニークァールの正体はヘリオの中で眠っていたヘラの母親であるジシャだった。
ジシャはこれがアリスかと言うように、真っ直ぐ顔を見られ、アリスは照れ笑いをする。
「でも、まさかこんな形でお会い出来るとは思ってなかったです」
「そうだろうね」
「ヘリオ達から儀式の話を聞いてから、ジシャさんと話してみたいと思っていたので」
「私と話を?」
「はい!」
不思議そうに首を傾げるジシャに、笑顔で答えるアリス。
そこから、アリスの質問や日常の話等、会話が弾む。
すると、ジシャの口から一族を守る暗殺者の言葉を聞いて、アリスは驚いた。
「ジシャさんは、黒き一族の事をご存知なんですか?」
「あぁ、私は外と交流があったから、知っていたよ。アリスも知っているんだね」
「知っていると言うか、最近分かった事なんですけど、父さんが黒き一族の生まれだったらしくて」
「そうなのかい?不思議な縁もあるものだね」
ジシャの言葉に、アリスはふとヴィラの事を思い出した。
「それで俺、一族の里に行って修行をつけて貰ったんですけど、指導してくれた人がジシャさんに着いていた人だったんです」
「ほう」
「彼女はジシャさんを守りきれなかったことを悔やんでました。同じ子を持つ母親として、ジシャさんの意図を察することが出来なかったって…」
「そうかい…それは悪い事をしたね…」
「でも、それを繰り返さない為に、新人育成に励んでいますよ!」
それを聞いたジシャは、「なら良かった」と優しく目を細めた。
話に花を咲かせていると、周辺の霧が薄くなってきていた。
この位なら、出口に案内できるとジシャはアリスを促し、出口まで案内した。
「ここを真っ直ぐ行けば出口だ。違和感が無くなったら、テレポでお帰り」
「はい!ありがとうございました!」
「礼を言うのはこちらの方だ。我が子達の様子も知ることが出来たし、何より、あんなに話をしたのは久しぶりだったしな」
「俺も、話に付き合ってくださってありがとうございました!」
アリスの笑みに、ジシャは「ふふっ」と笑う。
「また、来てもいいですか?」
「どうだろうね?この一帯は時空魔法が効果を失ってきてるとはいえ、まだ時間が多少は歪んでいる。あまりオススメは出来ないが…」
「そうですよね…すみません、無茶を言って」
しゅんと耳を下げ、申し訳なさそうにするアリスに、ジシャは小さく笑った。
「私が存在していたと覚えていてくれるだけで充分さ!さぁ、あの子達の元に帰っておやり」
「はい!」
ジシャの言葉に、アリスは元気よく返事をし、手を振りながら走り去った。
ジシャはそれを見届けると、しばらくその場でアリスから聞いた話を思い返す。
すると、アリスが去った方向から微かに会話が聞こえた。
「あれ?ヘリオ!どうしてこんな所に?」
「4日も連絡がなかったから探しに来たに決まってるだろ」
「心配かけてごめん。霧で迷っちゃって…」
「全く、あんたの事だ、いつもみたいに焦って闇雲に歩いたんだろ」
「あはは…お察しの通りです」
「次からは慌てずテレポで帰ってこい」
そんなやり取りを聞き、思わず笑いが零れる。
そしてジシャは、我が子達とアリスに幸多からんことを願い、来た道を戻って行ったのだった。
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