A.安心からのまどろみ
2人で囲む夕食。
いつも通り、今日の出来事や明日の予定等を話していると、ヘリオが「あっ」と思い出したかのように声を出した。
「そうだ、あんたに言わないといけないことがあった」
「ん?なに?」
「すぐ、という訳では無いが、近い内に絶アレキの固定に行く事になった」
「え?固定?」
ヘリオの言葉に驚くアリス。
以前、義姉のガウラが絶アレキの固定に行っていた時に、「ヘリオも行くのか?」と聞いた事があった。
その時は「必要性を感じないから行かない」と言っていたのだ。
「どうしてまた急に?」
「いやな、姉さんの固定仲間繋がりで、行きたいと言う連中が居るらしくてな。姉さんは欲しい物は持ってるし、他のことで忙しいからという事で、俺に白羽の矢がたった」
「なるほどな~」
最近、ヘリオの予定が安定してきて、ルレ等に一緒に行ける機会が増えていたアリスは、少し寂しさを覚えた。
だが、邪魔はしたくないと思う気持ちもあり、アリスは笑顔を作って言った。
「やるからには頑張ってな!絶武器取ったら見せてくれよ!」
「あぁ、いいぞ」
「やった!」
「これからは、適正装備集めをしないといけないのが面倒だ」
固定参加を受け入れたはいいが、面倒なのは変わりない様子のヘリオ。
「じゃあさ、その装備集め、俺も手伝うよ!」
「いいのか?」
「うん!俺のやりたい事は急ぎじゃないし、一緒に行った方が効率はいいだろ?」
「まぁな」
「じゃあ、決まり!」
固定が始まるまでの間に、一緒に行動が出来る事に嬉しさが溢れるアリス。
それを見て、困った奴だと言わんばかりに苦笑いを浮かべるヘリオ。
次の日から、装備集めの日々が始まった。
ヘリオの手伝いができるのが嬉しくて仕方がないアリスは、終始上機嫌だった。
装備が揃った日の晩、地下のくつろぎスペースで、アリスはふと気になっていたことをヘリオに投げかけた。
「そういえばさ、今回詩人で行くんだろ?」
「あぁ、その方が姉さんに動きを聞きやすいからな」
「今まででも、時々詩人出してたけどさ…、戦歌を歌う時、ヘリオの声聞こえないけど、演奏だけで効果があるものなのか?」
「………」
黙り込むヘリオに、首を傾げるアリス。
「ガウラさんとか、他の詩人さんは歌声聞こえてるから、気になっただけなんだけど…なんか不味いこと聞いた?」
「…いや、歌ってはいるんだが…」
「え?歌ってる?」
言い出しづらそうにしているヘリオ。
ますます不思議がるアリス。
「じゃあ、なんで聞こえないんだ?」
「…聞こえないように歌ってるからな」
「…なんで、わざわざそんな…」
アリスの追求に、ヘリオは観念したのか溜息を吐いた。
「歌は…得意じゃないんだ…」
「……へ?」
間の抜けた声を上げるアリス。
双子の姉であるガウラの歌声を知っているアリスは、当然ヘリオも同じぐらい歌が得意なのだろうと思っていた。
「リズムは上手く取れないし、音程も取れてるか怪しい…」
「意外だな…、ガウラさんはあんなに上手いのに…」
そこで、アリスにもう1つ疑問が生まれた。
「…なぁ、ガウラさんとヘリオが別々になる前はどうだったんだ?」
「ヘラの時か?」
「うん」
本来の姿であったヘラ。
彼女がどんな人物であったか、アリスは存在は知っていても詳しくは聞いていない。
「ヘラは俺と同じで歌は得意ではなかった」
「そうなのか」
「ヘラとしての記憶を俺が持っているからな。先入観…ってやつだろうな」
「ガウラさんは記憶がないんだっけ?」
「あぁ。育て親の影響か、真っ白な状態で、それまでと違う環境で育ったからなのか…、性格も変わったし、歌も上手くなっていたから驚いた」
「やっぱ、それまで培ってきた経験や記憶って大事なんだなぁ」
記憶を失う事は、それまで培ってきたモノをリセットされるのと一緒。
自分は記憶を失ったらどんな人物になるのだろうと、ありもしない事を考えてしまうアリス。
「だが、記憶を失ってても根本的な所はそのままだったりしてな、少し安心した所もある」
「確かに!ヘリオとガウラさん見てると、同じだなぁって思うこと結構ある!だから、双子って言われても違和感ないんだよなぁ」
妙に納得するアリス。
「でも、ほんと…ヘリオが消えなくて良かった…」
小さく零したアリスの言葉。
ヘリオがそれを聞き逃さない訳もなく、アリスを見る。
「まったく…あんたは…」
アリスの柔らかい微笑みに、少し照れくさくなり、ヘリオは溜め息を吐いた。
それから数日後に絶アレキの固定が始まり、ヘリオが家にいる時間が少なくなった。
攻略が長引き、家に帰らず宿に泊まることも多くなった。
会えぬ寂しさから、自分が腐りそうになる。
それを堪えるために、自分のやらねばならぬ事に明け暮れ、自分の気持ちを誤魔化した。
だが、夜にベッドに入れば布団に染み付いたヘリオの残り香が、それを思い出させる。
「…ヘリオ」
ヘリオの枕を抱きしめ、体を丸くして眠った。
***********
─……い─
まどろみの中で声がする。
─…おい─
声の後ろで鳥のさえずりも聞こえる。
「おいっ!」
「んぁっ?!…ヘリ、オ?」
強く呼びかけられ、目を覚ますと、そこには部屋着姿のヘリオがいた。
部屋は明るく、どうやら朝を迎えたらしかった。
「おはよう…、いつ帰ってきたの?」
寝ぼけまなこな声で尋ねると、30分ほど前に帰宅したのだという。
「…今日も…固定?」
「いや、攻略も終えて、メンバーの希望回数も終えたから、これからは無い」
「…そっかぁ…」
そのまま目を瞑り、寝に入ろうとするアリスに、ヘリオは呆れた声で言った。
「俺の枕を返してくれないか?徹夜明けで流石に眠いんだが…」
「ん~…」
モゾモゾとヘリオの枕を定位置に戻すアリス。
ヘリオは溜め息を吐き、布団に入ろうと手を伸ばす。
すると、突然その手を掴まれた。
「なっ!?うわっ!!」
そのまま布団の中に一気に引きずり込まれ、気がつくと力一杯抱き締められていた。
「本物だ…夢じゃない…」
安心した様なアリスの声。
「寂しかった…」
予想通りのアリスの言葉に、一瞬苦笑いを浮かべるヘリオ。
「おいアリス、今日の予定はいいのか?」
「ん~…、今日は誰とも約束ないし…、素材集めの予定だったからいい…」
「あとが辛くなっても知らんぞ?」
「ヘリオと一緒にいる時間が無くなる方が辛いもん…、だから、今日はずっとヘリオといる…」
抱きしめている腕の力が一瞬強くなる。
「おやすみ…」
アリスはそう言って、ヘリオの額に軽く口付けた後、そのまま寝息をたて始めた。
突然のことに一瞬固まったヘリオだったが、頬を少し赤らませ、呆れたように溜め息を吐いた後、ゆっくりと目を閉じた。
そして、疲労と眠気から急速にまどろみへと落ちていったのだった。
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