C.見つけた目標
「母さん!姉さん!返事をしてください!」
黒衣森に、少年の悲痛な叫び声が響き渡る。
少年はクリーム色に赤紫色のメッシュの髪をしており、黄色と緑のオッドアイをした、ミコッテ·ムーンキーパーだった。
瓦礫の山になってしまった我が家に向かって、泣き叫びながら、必死に母と姉を呼び続ける。
少年は母に頼まれ、庭の花壇の水やりをしているところに、物凄い衝撃波が襲い、気絶。目が覚めると、この現状であった。
家の中には母と姉がいた。
2人がどうなったのか、少年は気が気ではなかった。
何度も叫ぶように呼び掛けるが、返事は一向に返って来なかった。
何時間呼びかけ続けただろうか。
少年の声が枯れかけていた時だった。
「坊や!どうしたんだい?!」
呼びかけ続けていた声に導かれたのだろうか。そこには年輩のエレゼンの女性と、ミコッテ·ムーンキーパーの少女が立っていた。
2人を見た少年は、縋る様にエレゼンの女性に言った。
「お願いします!母さんと姉さんを助けてくださいっ!!」
「まずは落ち着きなさい。何があったか教えてくれるかい?」
エレゼンの女性にそう言われ、少年はゆっくりと話し始めた。
「朝に水やりをしてて、気がついたら気絶をしていたんだね?」
「…はい」
エレゼンの女性は考え込んだ。
現在の時刻は既に午後の3時を回っていた。
この状況で呼びかけられている人物の反応が無いということは、既に息絶えていると言うことを示していた。
「坊や、残念だけど、それだけ長い時間反応が無いとなると、坊やの家族はもう…」
「そ、んな…」
崩れ落ちるように座り込み、ボロボロと涙を流す少年。
「この倒壊した家屋を私らに退けることは出来ない。せめてもの弔いをさせておくれ」
エレゼンの女性は少女に向き直った。
「ガウラ、この前教えたレクイエムは覚えているね?」
「うん」
ガウラと呼ばれた少女は、エレゼンの女性と共に唄い始めた。
それは死者を弔う鎮魂歌であった。
唄が終わる頃、少年の涙は止まっていた。
それを見たエレゼンの女性は、少年に話しかけた。
「私はディッケル·ダーンバレン。坊やのお名前は?」
「…僕はカル·ア·カルムです…」
「いい名前だね。カル、良かったら今日は私の家に来なさい。これからどうするか、ゆっくりそこで考えようじゃないか」
少年カルは、ディッケルの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ガウラの方を見る。
「君は…?」
「私はガウラ·リガン」
「ガウラは2年前に怪我をして弱っているところを私が助けた子なんだよ。記憶も無くてね。それ以来、家で一緒に暮らしているんだよ」
そう言ってディッケルはカルの頭を優しく撫でた。
「こんな所で立ち話もなんだ、家に向かおう」
こうして、3人はディッケルの家へと向かって歩き出した。
家へ着くと、暖かいアップルティーを入れ、カルの話を聞く。
カルは10歳で、父は双蛇党の大牙士であり、今まさにカルテノーで起こっている帝国との戦いに参加しているのだと言う。
その話を聞いたディッケルは、双蛇党に手紙を出すことにした。
父親が迎えに来るまで、家に居るといいと伝え、その日は夕飯を食べ、ベッドに入る。
だが、カルはなかなか寝付けなかった。
今日の出来事は平穏に暮らしていた10歳の子供にはショックが大きかった。
目を閉じれば瓦礫になった家が鮮明に思い出され、何も出来なかった悔しさと悲しさに涙が溢れる。
「眠れないの?」
声に目を開き、そちらを見ると心配そうな顔でガウラが立っていた。
「…うん」
「そっか、じゃあ子守唄を唄ってあげる」
「子守唄?」
「うん。私が寝れない時、ディッケルばっちゃんがよく唄ってくれたんだ」
そう言って、ガウラは唄い始める。
その歌声は12歳とは思えぬほど美しく、安心するもので、カルは次第と瞼が重くなり、眠りについたのだった。
それから数日後、双蛇党から手紙が届いた。
その内容はとても喜べるものではなかった。
カルの父は、カルテノーの戦いで戦死したと言う内容。
それはカルが天涯孤独になった事を意味していた。
「これから、カルはどうしたい?」
ディッケルの言葉に、カルは少し考えてから答えた。
「ディッケルさんが迷惑でなければ、このままここに置かせてください。手伝えることは何でもします」
10歳にしてはしっかりした考えに、ディッケルは驚きながらもそれを承諾した。
「ありがとうございます、ディッケルさん」
「敬語は使わなくていいんだよ?」
「いえ、僕は居候ですから。それに目上の人には敬語を使いなさいと、父さんと母さんにキツく言われてましたから」
余程躾に厳しい両親だったのだろう。
それを無理に変えさせることはせず、それなら好きな様に敬語を使わせようと、ディッケルは判断した。
それから月日は流れ、 カルが11歳になろうとしている頃だった。
いつものようにガウラと共に、林檎農園で収穫の手伝いをしている時にそれは起こった。
立て掛けていたハシゴが倒れ、ハシゴに乗っていたガウラが怪我を負った。
幸い頭は打たなかったが右腕を酷く擦りむき、血が溢れ出していた。
「ガウラ!大丈夫かい?!」
「う、うん。大丈…痛っ!」
慌ててカルも駆け寄る。
痛々しいその擦り傷に、カルが手をかざした。
「カル?」
不思議そうにカルを見るガウラ。
カルは掌に意識を集中させる。
緑色の優しい光が傷を覆い、傷を癒した。
「凄い…」
呆気に取られるガウラとディッケル。
カルは少し疲れたように溜息を吐いた。
「カルはケアルを使えるのかい?」
「ケアル?」
ディッケルの言葉にガウラが聞き返す。
「ケアルと言うのは幻術士や白魔道士が使う回復魔法だよ。まさか、カルがそれを使えるなんて…」
「すみません、黙ってるつもりはなかったんです。ただ、言う機会がなくて…」
「どこでそれを覚えたんだい?」
「父さんからです。父さんは幻術士でしたから」
少し気まずそうに答えるカルに、ガウラは目を輝かせて言った。
「凄いよ!魔法なんて簡単に使えるものじゃないのに!カル、幻術士になったら、きっと多くの人を助けられるよ!」
その言葉が、カルに1つの決意をさせた。
その夜、カルはディッケルに「幻術士になりたい」と打ち明けた。
「目標が見つかったんだね」
「はい。もう、僕のような人達を増やしたくないんです」
カルは真っ直ぐディッケルを見つめた。
「11歳の誕生日を迎えたら、僕はグリダニアに行こうと思います」
カルの言葉に、ディッケルは「そうかい」と言葉を返した。
そして、カルの11歳の誕生日の翌日、ディッケルの家には双蛇党の隊員がカルを迎えに来た。
「ディッケルさん。約1年の間、大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません」
「最後までしっかりした子だね、カルは。幻術士ギルドでもしっかりやるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
カルはディッケルに頭を下げる。
「カル」
「ガウラちゃん…」
カルに歩み寄り、ガウラはにっこりと微笑んだ。
「私ね、もう少し大人になったら冒険者になるんだ!だから、また会おうね!」
カルは、ガウラの言葉に驚いた表情を浮かべたが、直ぐに笑顔になる。
「うん!また、会いましょう!」
そう言って2人は握手を交わす。
そして、カルは双蛇党隊員と共に、ディッケルとガウラの元を去ったのであった。
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