A.黒の中の白
黒衣森の奥深くへ、木から木へと忍者の能力を使って移動しながら、里に向かうアリスの姿があった。
初めて里に案内された時に、ヴァルに「歩いていくと道が出来る」と言われ、この方法での移動を義務付けられていた。
そして、岩壁に辿り着くと躊躇なく岩の中へと溶け込むように入っていく。
本来であれば洞穴のようにぽっかり穴が空いているのだが、ここは里の入口。
特殊な方法でミラージュプリズムが使用されており、ただの岩壁にしか見えないようになっていた。
洞穴を抜けると森に囲まれた里が姿を現す。
この森の上空にも、ミラージュプリズムを使用しており、里の存在が分からないようになっているらしい。
里に足を踏み入れ、アリスはヴィラに挨拶をしようと訓練場へ向かう。
訓練場に辿り着くと、丁度休憩に入った所のようで、ヴィラはアリスに気が付き、手を軽く上げた。
「ヴィラさん!こんにちは!」
「こんにちは。最近よく来るねぇ。ところでその髪の色はどうした?」
黒髪に赤のメッシュの髪色しか見たことがなかったヴィラは、少し驚いたように尋ねた。
「あぁ、これが地の色なんです」
「そうなのか?それにしても…苦労してるのか?」
「あ、白髪じゃないです…」
苦笑いしながら、今回里に来た目的と髪の話をすると、ヴィラは考え込んでいた。
「アリス、ちょっと場所を変えて話をしよう。書物のある家屋で待っててくれるか?」
「はい、分かりました」
アリスはその言葉に従い、家屋へと向かった。
家屋について10分ほどすると、ヴィラがやってきた。
「待たせたね」
「いえ、急な訪問でしたし、むしろ仕事中にすみません」
アリスが頭を下げると「気にするな」と言い、家屋の鍵を開けるヴィラ。
「そういえば、ヴァルは元気にやってるかい?最近、ガウラに付きっきりだと聞いたが」
「元気みたいですよ?むしろ、義姉さんを見張っててくれて、こちらとしては心配事が減りました」
それを聞いて小さく笑うヴィラ。
毎日くる報告書で、ガウラの落ち着きのない行動っぷりを知ってるが故に、アリス達の心配する姿が目に浮かんだ様だった。
家屋に入り、ヴィラが1つの書物を取り出した。
「その本は?」
「これは、里に生まれた赤子の記録だ」
ヴィラが本を開くと、そこには親の名前と子供の特徴。痣の位置等が記されていた。
その中で目に止まった"痣無し"と"滅"の文字。
「ヴィラさん。これは?」
「あぁ、これか。これは痣が無い赤子が生まれた時に書かれる。"滅"は殺処分を意味する」
サラッと言われ青ざめるアリス。
「こ、殺すんですか…」
「親としては辛いところだがね…。だが、里の情報漏洩を防ぐためには仕方が無いことなのだ…。どこから情報が漏れるか分からないからね。ましてや、暗殺者の里の場所がバレてしまえば、里を潰しに来る奴らも出てくるだろう」
「…なるほど…」
ヴィラはそのままページを捲っていき、あるページで手を止めた。
それを覗き込むアリス。
そこには"白"と書かれた赤子がいた。
「白?」
「本当に極稀に、髪が白い赤子が生まれるんだ。そう言った子供は、武力ではなく魔力を持って生まれる。その場合は、白き一族の族長に話をし、そちらに引き取って貰うんだ」
「………」
「この前、お前が見ていたカ·ルナ様の手記。あれを見たお前なら、何故そう言った子供が生まれるかは、大体想像がつくだろう」
たしかに、同じ血を引く一族なら、先祖返りが生まれてもおかしくはない。
「黒の純血の家系にしか生まれないのだ。この白は」
「黒の純血って…」
「私達の家系だ。私もヴァルも、そしてお前の父であるアクは黒の純血。私達はニア様とカ·ルナ様の間に生まれた双子、その黒の直系にあたる」
「あれ?じゃあファミリーネームは?」
「双子の黒は男のムーンキーパーでね。当然ながら"リガン"の姓は受け継がなかったんだ」
「なるほど…」
ムーンキーパーは母親の姓を受け継ぐ事を考えれば、納得がいった。
「何故これをお前に見せたかと言うと、お前の本当の髪の色は白なんじゃないかと思ってね」
「え?」
アリスは驚きを隠せなかった。
そして、その"白"の表記の子供の欄を指さして言った。
「でも、この白の子は痣がないじゃないですか?」
「そこなんだ。不思議なのは。だが、ヘラの件を考えると、有り得ないことでは無いと私は思うがね」
本来ならば、魔力しか持たずに生まれるはずの白。
だが、白き一族の純血として生まれ、魔力と武力の両方を持って生まれたヘラ。
ならば、黒き一族にも、同じ者が生まれても不思議では無いという結論を出すヴィラ。
「で、でも、俺、ずっと赤紫色の髪だったんですけど…」
「…ちょっとお前のエーテルを視てもいいかい?」
「え?はい…どうぞ…」
ヴィラはアリスに目を凝らす。
そして、注意深く観察した後、口を開いた。
「薄らだが、他のエーテルを感じる」
「え?!」
「よーく視ないと分からない程度だが、何か術がかけられている」
「……」
「恐らく、お前が魔法を使う度に、お前の魔力に負けて、少しづつ術が剥がれて来ているのだろう」
衝撃の事実に、言葉が出てこなくなるアリス。
だが、1つ疑問が生まれ、やっとの思いで口にした。
「この白の子は、黒の純血なんですよね?」
「あぁ、そうだ」
「俺、混血なんですけど…」
「…そこなんだが、この前ジシャと話しをする機会があってね、その時にお前の母親はフ族ではなく、カ族の血を引いていると聞いた」
「あぁ!そう言えば!そんな話したなぁ。でも、なんでそんな話に?」
「ヴァルのお前に対する当たりが強いのは、どうかと思うと苦情を入れられてな」
「あはは…」
苦笑いをするアリス。
「で、話を戻すが、お前の母親がいたのはザナラーン地方なのだろう?」
「はい。祖母がそう言ってました」
「カ·ルナ様は刀を使っていたが、昔は剣術士をしていたらしい。剣術は主にザナラーンで使われている。そう考えると、もしかしたら、お前の母親がいた集落は、カ·ルナ様の故郷の可能性がある」
その可能性にハッとするアリス。
「この予測が合っていれば、お前はある意味、黒の純血という事になるな」
「……なるほど…」
アリスはその言葉に考え込む。
そして、1つの決断をした。
「俺、生まれ故郷に行ってきます。俺が生まれた時の事を知ってる人に話を聞いてみます」
「うむ。その方が良いだろう。だが、今までその事を漏らさなかったのには訳があるはず。なかなか口を開かないと思うが…」
「ダメ元で義姉さんに一緒に来てくれないか頼んでみます。義姉さんの観察力なら、普通の人では見逃すような表情の変化も気づいてくれそうですし」
「そうか」
アリスはヴィラにお礼を言うと、里を後にした。
そして、そのままガウラに連絡を取ったのであった。
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