V.言葉の大切さと、使い方


アリスの連絡を受けたガウラが、故郷の集落から帰宅した。
何があったかを聞き、ガウラが眠りについた頃、ヴァルは腑に落ちない顔をしていた。
同じ純血と証明され、事もあろうにヘラと同じ武力と魔力を兼ね備えた異例の存在だった事が、ヴァルには気に食わなかった。
それに、魔力を持っていると知った時、直ぐに怪我を癒せると言うことが羨ましいと思った事実。
アリスを妬んでいる自分自身にも腹立たしい。

「くそっ、あのバカは何から何まで気に入らない…」

そう1人で悪態をついたのだった。
 

翌日、ガウラにヘリオから連絡がきた。

「アリスが目を覚まさない」

その連絡にガウラは険しい顔をしていたが、魔力が回復すれば目を覚ますだろうと事で、少しホッとしたようだった。
通話を終えると、ガウラは考え事をしているようだった。
心配をしている素振りではなく、何か悩んでいる様なそんな顔。
すると、「なぁ、ヴァル」と声をかけてきた。

「なんだ?」
「お前は、昔の私を見ていたんだよな?」
「あぁ、そうだな。毎日では無かったが、結構な頻度で集落に行って見ていたよ」
「じゃあ、これを聞いた事はあるかい?

白き時 無の中に1つの色
色はとても強く 白は色に染められる
黒き時 有の中に1つの色
色は儚く 黒は色を飲み込んだ
白と黒が混ざる時 2つは1つの色となる
1つに交わる色を持つ者
新たな未来への 扉開かれん」

聞いたことの無い言葉だった。

「いや、聞いたことは無い」
「そうか…昨日、アリスがこの術式で魔法を使ってね。不思議なことに、私はこれをどこかで聞いた気がするんだ。」

そう言って再び考え込むガウラ。
ガウラの記憶に関することで、力になれないのがもどかしかった。


それから2日後にアリスが目覚めたという連絡が入る。
それを期に、ガウラは数日かけて支度を始めた。
支度が完了した頃、ガウラは「出掛けてくる、夕飯頃には帰ってくるよ」と言うので、昼食用にサンドイッチを渡して見送った。
その後、軽く部屋の掃除をし、FCハウスへと移動。
地下工房で飛空挺を出発させた後、個人部屋の中に置いてある装備類の点検と整理。
それが終わると昼食を取り、庭の木人で訓練をした。
個人部屋の風呂で汗を流し、ガウラ宅に戻ると、夕飯の準備を始めた。
あらかた夕飯が出来上がった頃、ガウラが帰宅してきた。

「おかえ、り…」

ガウラの顔を見て固まるヴァル。
左目の周りに、まるで抉ろうとしたかのような傷痕があった。

「…た、ただいま」

ガウラは後ろめたいのか、声も弱々しく、目線を合わせようとしない。更には顔が下を向いていく。
最近、自分がきつく怒っていたせいで反省をしているのだろうと結論付け、ヴァルは声は荒げず、呆れ混じりにも優しく声をかけた。

「はぁ…怪我をするのは仕方がないとはいえ、これだけの傷跡を顔に残すなんて…」
「ごめん」

素直に謝るガウラ。

「傷のケア、するから早く着替えて─」
「……ごめん、なさい…」
「ガウラ?」

ガウラの声が震えているのに気がつく。
俯いたまま立ち尽くしている彼女に、ヴァルはそっと近付き、顔をのぞき込むと、大きな瞳に溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
その様子に、流石に驚くヴァル。

「が、ガウラ?どうしたんだ?」
「ごめん、ヴァル…っ。私が、僕じゃなくなったのは…私がっ…!」

自身を責めるように、泣きながら謝るガウラ。
何か言葉をかけてやりたいと思ったが、こういう時、どんな言葉をかければいいか分からず、そっと抱きしめ、優しく撫でることしか出来なかった。


泣き疲れて眠ってしまったガウラを寝室に運んだヴァルは、リビングで1人、ガウラの言葉を思い出していた。

─ごめん、ヴァル…っ。私が、僕じゃなくなったのは…私がっ…!─

"僕"はヘラの時の一人称。
その事を考えると、ガウラの言葉は"自分がヘラじゃなくなったのは…自分が"と言う意味になる。
ヘラがガウラになるきっかけになったのは、儀式の失敗。

「…儀式の時のことを思い出したのか?そうなると、さっきのガウラの言葉は、儀式の失敗は自分のせいだと言っている様な言い方だったな…」

儀式の日、ヴァルは集落には居なかった。 
それは、実力はあっても経験の少ないヴァルを、アクシデントが必ず起こる儀式に連れていくのは危険と判断されたからだった。
それは、儀式の結果を見れば最善の判断だった訳だが、何故あの様な前代未聞のアクシデントに見舞われたのかは、その場にいて生き残った一族の者も分からずじまいだった。

「ガウラがあんな風に泣くなんて…」

恐らく、ヴァルが日頃からアリスに突っかかってる理由も原因がある。
ガウラからしたら、"ヴァルはヘラに戻って欲しいと思っている"と言う考えがあるのだろう。

「…ある意味、ガウラを追い詰めたのは、あたい…か」

そう思うと胸が苦しくなった。

「ちゃんと、あたいの考えを伝えないとな…」

ヴァルはそう呟いて、寝室の方に視線を向けた。


***********


翌朝、ヴァルが寝室へ入ると、案の定ガウラの表情は暗かった。

「ガウラ、おはよう」
「あ、おはよう」

昨晩泣いていたせいで、瞼が軽く腫れているのを見て、水を搾ったタオルを差し出す。

「目が腫れてる。これで冷やせ」
「…ありがとう」

それを素直に受け取り、目に当てるガウラ。
ヴァルは、近くに椅子を持ってきて、腰をかけた。

「ガウラ、そのままでいいから、少し話を聞いてくれるか?」
「…うん?」

ガウラは目を冷やしながら、ヴァルの言葉に耳を傾け始めた。

「昨日、お前が言った言葉で、少々誤解があると思ってな」
「誤解?」
「あたいが普段、アリスに儀式の事で突っかかっていることで、あたいが"ヘラに戻って欲しい"とお前は思っているだろう。でも、そうじゃないんだ」

ヴァルの言葉に、ガウラは黙って聞いている。

「いくら支障のない程度にエーテルを蓄積させたとはいえ、エーテルが少ないことには変わりない。そこがあたいには心配なんだ。エオルゼアの英雄、光の戦士と称えられていても、お前は1人の人間だ。どんなに凄腕の戦士だろうが、人は簡単に死ぬ」

暗殺者だからこそ、人は簡単に死ぬことを知っている。
何とも重い言葉だった。

「この先、また新たな戦いが始まる。それを考えたら、アリスに対して、どうしてもきつく当ってしまう。それはお前にヘラに戻って欲しいわけじゃないんだ。それに…」
「それに?」
「あたいは"ヘラ"と"ガウラ"を別の人間と思ったことは無い」
「……」
「ヘラにという過去があったからこそ、今のガウラがいる。その証拠に、記憶を失って言葉遣いも性格も変わってしまったけど、根本的な芯の部分は何も変わっていない」
「根本的な芯の部分?」

それはなんだと言いたげに聞き返すガウラに、ヴァルは言った。

「自分は自分だと言う流されない強さ、やりたいと思った事に突き進む姿勢、欲しい物が欲しいと言えない時の仕草、これは昔から何も変わっちゃいない」

いつの間にかタオルを目から離し、ヴァルを見つめるガウラ。

「だから、そのことで気に病んで、暗い顔をしないで欲しい」
「あ…えっと…」

ヴァルの話に、なんだか申し訳なさそうな顔をしたガウラは、言いづらそうに口をモゴモゴしていた。

「ガウラ?」
「いや…あの…、昨日帰ってきた時点では気に病んでたのは確かなんだけど…」
「うん?」

ガウラは耳の後ろを掻きながら言った。

「起きたら大体気持ちの整理が着いてて、その事は気にしてないんだ…。私が今気にしてるのは…」
「気にしてるのは?」
「…昨日、せっかく作ってくれていた夕飯が食べられなかったこと…かな…」
「は?」

予想外の言葉に、間の抜けた声が出るヴァル。
あはは…と、苦笑いするガウラ。

「なんだい…、昨日の事を引き摺ってるのかと思ってたのに…、あたいは恥ずかしい思いをしただけかい…」
「ごめんって!まさか、そこまで深刻に心配されてるとは思わなくてだね…」

両手で顔を覆い隠すヴァルに、慌てて弁解するガウラ。

「心配かけたお詫びに、何かして欲しい事があったら何でも聞くからっ」
「…なんでも?」
「あぁ、なんでも!」

ガウラの発言にピクリと反応するヴァル。

「なら今度、リムサのレストランで一緒に食事をしてもらおうかな」
「それならお易い御用…」
「ガウラはフロンティアドレスを着るんだぞ」
「……えっ!?」

一瞬で固まるガウラ。

「…えっ、ちょっ?!ヴァル?」
「なんでも聞いてくれるんだろ?」
「いや…フロンティアドレスは…」
「聞 い て く れ る ん だ ろ?」
「………分かったよ…」

覆水盆に返らずとはこの事かと、溜め息を吐くガウラ。
スケジュールを決め始めるヴァル。
今度から言葉に気をつけようと、ガウラは心の底から誓ったのだった。





とある冒険者の手記

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