番外編·恋心とは
黒き一族の里。
そこで、男が1人落ち着かない様子でウロウロしていた。
彼の名はザナ。
一族の中では実力はそこそこだが、護りの使命を持っていない。
と言うのも、白き一族の血を持つ者の人数よりも、黒き一族の人数が多いせいであった。
つまりは溢れ者。
彼が使命を持つことがあるとすれば、使命を持っている者が死に至るか、彼が実力を上げなければならない。
だが、今ザナが落ち着かないのは、それとは別の理由があった。
「ヴァルはいつ帰って来るんだろう」
そう、彼はヴァルに恋心を抱いていた。
それは幼い頃からである。
何度も告白し、アプローチはかけているが、なかなか実らぬ己の恋。
そして、最近はヴァルが里に戻ってくる事が少なくなった。
他に男が出来たのではないかと気が気ではない。
ヴァルが初めてアリスを連れてきた時は、かなりのショックを受けたが、それは取り越し苦労でホッとしたのもつい最近のことのように思い出せる。
「ザナ、おはよう」
「あ、ヴィラ様!おはようございます!」
「今日もヴァルを待っているのかい?」
「はい…」
里の中で、ザナの恋心は誰もが知っている。
頑張れよと応援する者もいれば、あれは仕事の虫だから諦めろと言う者もいる。
「今日、帰ってくるみたいだよ」
「えっ?!本当ですか!?」
明るい表情になるザナに、クスリと笑うヴィラ。
「まぁ、頑張りな」
「はいっ!!」
ヴィラの言葉に気合いを入れるザナ。
ヴィラと別れ、ヴァルの帰りを今か今かと待ち続けていると、ヴァルが里に姿を現した。
「ヴァル!おかえり!」
「あぁ、ザナか。ただいま」
「なぁ、俺の気持ちにはいつ応えてくれるんだ?」
直球でそう言うと、ヴァルは溜め息を吐いた。
「何度も言っているが、あたいはお前の気持ちに応える気は無いよ。色恋なんて判断を鈍らせる原因だ」
「で、でも…っ」
「行く行くは、この血を絶やさない為に子は儲けたいとは思っているけどね。それは義務だし、相手が純血であれば誰でも構わない」
ドライな発言に言葉が出なくなるザナ。
「お前は直系では無いが純血だ。お前の望むような甘い関係でなくてもいいなら、候補として考えておく」
「…………」
完敗だった。
これ程までに、ヴァルのサバサバした発言が衝撃だった。
「…なぁ、他に気になるヤツでもいるのか?外の世界に…」
「は?どういう意味だ」
「混血になるのを避ける為に、好きな奴を諦めているのか?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ?」
思いっきり呆れた顔をしてヴァルは言った。
「何を根拠にそんな事を言ってるのかは知らないが、あたいは自分の使命しか眼中にない」
「だが、だいぶ前にリリーオーナメントを着けて帰ってきたじゃないか!どう考えたってヴァルの趣味じゃないし、大事そうにしてた!好きな男から貰ったんじゃないのか?!それに、最近暗殺任務の免除を申し出たんだろ?!その男の為じゃないのか?!」
ザナの言葉に一瞬ポカーンした後、ヴァルは爆笑し始めた。
「あははっ!馬鹿だねぇ!あれはガウラからボズヤの戦利品だって貰ったんだよ!それを男からの贈り物って…くくっ」
目に涙を浮かべながら笑うヴァルに、今度はザナがポカーンとする。
ヴァルはツボに入ったらしく、ヒィヒィ言いながら腹を抱えている。
「あたいが男から贈り物をされる時は、暗殺任務中。それもターゲットからで、ほとんどが貴金属だ。そんな事も忘れたのか?あんな可愛らしいリリーオーナメントを贈る金持ちはいないよ。暗殺任務の免除を申し立てたのも、ガウラの護りに専念する為だ。あれは目を離しちゃいけないと学んだからね」
あー可笑しいと笑いながら言い切るヴァル。
「じゃあ、なんであんな大事そうに…」
「ガウラ、もといヘラに対するあたいの想いはお前も知らない訳じゃないだろ?」
「…………」
ヴァルのヘラに対する執着は、里の中でも有名だ。
思わず口篭るザナ。
「あんな可愛い子から貰ったんだ。嬉しいくないわけが無いだろ?」
思い出すかのように優しい笑みを浮かべるヴァル。
それを見て、胸が痛くなるザナ。
「…ヴァルは、ヘラが大事なんだな…」
「当たり前だ。白の純血を抜きにしても、誰かが護ってやらなきゃいけない。誰かが頼りになる人物として、傍にいなきゃいけない。そう言うタイプの子だ。じゃないと、あれは自らの危険を顧みず、突っ走るからな」
最後のヴァルの言葉には、多少なりとも苦労が伺えた。
「あたいは、あの子が天命を全うするまで、あの子に全てを捧げる覚悟なんだ。だから、お前の望むような関係には応えられない」
そうキッパリ言い放ち、この話はこれで終わりだと、ヴァルは族長の家へと去っていった。
それを黙って見送るザナ。
これでヴァルを諦めたと思いきや、彼女の一貫とした姿勢に、さらに惚れ直してしまったのは、言うまでもなかった。
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