V.儀式の真相と、黒き一族の掟
「ヴァル、話がある」
ガウラにそう言われたのは、ナキに見つかり、3人で夕食を共にした次の日だった。
朝食を食べ終え、食器を洗っていたヴァルは、ガウラの真剣な表情を見て何かを察した。
「…直ぐに洗い物を終わらせる」
手早く食器を洗い終え、ヴァルがガウラの対面に座ると、ガウラは口を開いた。
「儀式の時に何があったかが分かった」
その言葉に目を見張るヴァル。
思い当たると言えば、一昨日の夜に泣いて帰ってきた ガウラの様子だった。
「…続けろ」
「…あぁ」
ポツリ、ポツリと語り始めるガウラ。
儀式の時に、始まりの祖の声を聞いたこと。
ヘラの力に誘われた妖異が、ヘラを混乱させ術式を書き換えてしまったこと。
それが原因でヴォイドゲートが開いてしまったこと。
それを包み隠さず、ガウラは話した。
「儀式の失敗は、私自身が起こしたものだったんだ」
「………」
話を聞いて納得した。
あの日、泣きながら謝っていたガウラの姿。
無理もない。
自分の力に寄ってきた妖異が原因とはいえ、故郷は無くなり、多くの一族の者が犠牲となった。
突き付けられた残酷な真実に混乱し、ショックを受けるのは当然だろう。
「…辛かったな」
「っ…!」
ヴァルの言葉に、一瞬辛そうな表情をするガウラ。
だが、目を閉じ、ゆっくりと呼吸をした後、いつものガウラの顔になる。
「過去がどうあれ、その事実があったから私とヘリオがいる。今まで通り、私は私だ。この事実を知った上でどうするか…私はそれを考えたいと思ってる」
力強い瞳で言われ、ヴァルはフッと微笑む。
「ガウラらしいな」
「ヴァルは、この事実を知ってどう考える?」
「何も変わらない。儀式で何があったかは族長に報告しなくてはならないが、あたいがやる事はこれまで通り、お前を護ることだ」
「それでいいのかい?」
ガウラの問に「あぁ」と答えるヴァル。
「お前がやりたい事をして、幸せな人生を送ってくれればそれでいい。あたいはそれを護るだけだ」
ヴァルは、ガウラを真っ直ぐ見据える。
「それに、お前の人生はお前の物だ。あたいが口出す事じゃないだろ?」
「確かに」
そう言って2人は小さく笑った。
「なぁ、ヴァル」
「ん?なんだ」
「話せる範囲で良いんだけど、黒き一族の事、教えてくれないかい?」
ヴァルは少し考え込み、頷いた。
「いいだろう。全て話す」
「全て話していいのかい?」
「あぁ。お前は最後の純血だ。話しても問題ないだろう」
ヴァルの言葉に、固唾を飲むガウラ。
ヴァルは静かに話し始める。
一族の始まり。
始まりの祖であるニア·リガンとカ·ルナ·ティアの出会い。
2人から生まれた双子。
双子の白はヘラの家系であり、黒は自分の家系である事。
1つだった一族は、白を護る為に白と黒に分かたれた事。
分かたれた時に交わした盟約。
お互いの一族が深く関わってはいけない。
黒との連絡をやり取り出来るのは白の族長のみ。
もし、白に気づかれてしまった場合は敵意が無い事を示すのに、姿を現す事は許可される。
黒から白が生まれた場合は、族長同士で話し合い、生まれた白を白き一族に引き渡す。(逆も然り)
それが盟約の内容だった。
「それがそのまま掟になっているのか…」
「そうだな。だが、掟には更に追加事項がある。それは黒き一族のみで決められたものだ」
盟約の内容以外の掟。
己の命より、白の命を優先する。
血族同士の殺し合いは禁じられている。
白の命を護れなかった者は、二度と護りの使命を与えられない。
一族の印が無い者が生まれた場合は、殺処分をしなければならない。
ヴァルがここまで言うと、ガウラが引き攣った顔をした。
「殺処分って…」
「一族の情報漏洩を防ぐ為だ。アリスの様に、何かの条件で印が出ないか確認した後、それでも印が出ない場合は殺処分される。これは、印が無い者が成長した際に、印がある者を妬み、里の場所を洩らす可能性を考慮しての対策だ。暗殺者の一族の住処が分かれば、それを潰そうとするものが必ず現れるからな」
あまりにも厳しい掟に、流石に変な汗が出たガウラ。
「怖いか?」
そう聞かれ、ガウラは首を横に振った。
「驚きはしたけど、事情を聞けば納得は出来るさ」
そう言いつつも、少し引き攣ったままの顔をしているガウラを見て、小さく笑うヴァル。
そして、ヴァルは護り使命に関する話を始めた。
使命を与えられる基準は、実力がモノを言う。
実力があれば、純血だろうが混血だろうが使命を与えられる。
護りの使命を持っている者よりも実力が上の者が現れれば、その者に使命が移動する。
白1人につき、黒が1人護りに着く。
白の混血は生まれて直ぐに黒の護りが着き、白の純血は儀式が終わってから護りが着く。
それを聞いて、ガウラはキョトンとした。
「何故、純血は儀式の後なんだい?」
「精霊のイタズラがどう言う形で行われるか分からないからな。獣のように攻撃的になる場合もあれば、地脈に取り込まれてしまう場合もある。だから、四六時中監視が必要になるんだ」
「四六時中?じゃあ、儀式が終わるまで、誰が監視してるんだい?」
「純血の両親の護りに着いている者が、交代で監視をする。子供は大体親と一緒にいるからな」
「なるほどね……ん?待てよ…」
ヴァルの言葉に矛盾を感じたガウラは、ストップをかけた。
「ヴァル、お前は私を小さい頃からずっと見ていたと言ってなかったかい?」
ガウラに言われ、観念したようにヴァルは話し始めた。
「実はな、あたいは昔、修行に不真面目だったんだ」
「は?」
意外なカミングアウトに、思わず目を丸くするガウラ。
苦笑いをしながら、ヴァルは続けた。
修行をサボって集落を覗きに行っていたこと。
そこで産まれて1ヶ月程のヘラを見て、あまりの可愛さに衝撃を受けたこと。
それが母親にバレて大目玉を食らったこと。
それを聞いて、ガウラは空いた口が塞がらなかった。
「母上に"その赤子の傍に居たいなら、修行をして強くならなければならない"と言われてね。そこから、あたいは死に物狂いで修行に専念したよ。空いた時間には集落にお前の姿を見に行って、"必ず、あたいがこの子を護るんだ"って気合いを入れていた」
懐かしむように語るヴァル。
それほどまでに自分に執着するきっかけを知り、なんとも言えない気持ちになるガウラ。
「そういう理由で、あたいは護りに着く前から、お前を見ていた訳だ」
「な…なるほど…」
「で、他に何か気になることはあるか?」
「白き一族の生き残りは、私とナキだけなのか?」
「いや、混血が世界各地に散らばって存命しているよ」
「そうか…」
それを聞いて、心做しかホッとしたガウラは、次の質問をした。
「黒き一族の里は何処にあるんだい?」
「…詳しい場所は教えられない。だが、集落から差程遠くないところにある」
流石に暗殺一族として活動しているだけあって、場所までは教えて貰えないかと、納得する。
「私が聞きたいことは、取り敢えずこんな所だな」
「そうか。また、何か聞きたい事があったら答えられる範囲で答える」
「分かった」
それで、話は終わった。
お互い話し続けていたせいか、喉が乾き、小腹がすいていた。
「お茶にしようか」と2人同時に言い、顔を見合せ、笑い合う。
今日の話し合いで、2人はお互いの距離が、今まで以上に近くなった気がしたのだった。
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