V.台無しにされた約束


朝から里に呼び出しをくらい、里に来たヴァル。
族長の元へ向かい、何を言われるのかと思えば、そろそろ婿を取れという話だった。

「それは、族長命令ですか?」
「いや、1人の祖父としてだ」
「はぁ……」

大きく溜め息を吐くヴァル。

「爺様、あたいは婿を取るつもりはないよ。行く行くは子を儲ける気はあるけど、永遠の絆を誓い合う相手はいらない」
「だがのぅ…」
「血は絶やさないんだ、なんの問題がある?」
「儂は、お前に幸せになって欲しい」
「あたいは充分幸せだ。ヘラの護りに着けて、ヘラと一緒に居られる。それでいい」

ヴァルの言葉に困った顔をする族長。

「話はそれだけか?あたいは今日予定があるんだ。今度、こんな下らない事で呼び出したら、爺様とて容赦しないよ。ただでさえ、ヘラは目を離すとろくな事にならない」

そう言って族長に背を向け、以前ガウラと約束したレストラン·ビスマルクでランチをする為、リムサ・ロミンサへと急いだのだった。


***********


「すまないガウラ、遅くなっ…た……」

リムサに到着し、素早くガウラをみつけたヴァルは、ガウラの様子に固まった。
声をかけただけなのに、尻尾を膨らます程驚いたガウラ。
オロオロとした様子で顔を上げたその顔は、明らかに恐怖と警戒が滲み出ていた。

「…何かあったのか?」  
「ふぇ…?あ、あぁいやなんでもない!」

誤魔化すように自身の尻尾の毛を撫でて整えるガウラ。
これは明らかに何かあった事を意味していた。

「…我慢、しなくていい」 
「え?」
「何かあったなら言え」  
「……」

黙りを決め込むガウラの手首を見て目を見張るヴァル。

「その手首の痕はなんだ?」  
「あ、えっと…その…」

どうやら、手首の痕に気がついていなかったらしい。
観念したかのように、ガウラは小さな声で話し始めた。

時間に余裕が出来たので、早めにリムサに来ていたこと。
そこでナンパをされ、肩に回された手を払おうとしたら手首を捕まれ、尻尾の付け根を撫でられた事。
そのまま溺れる海豚亭に連れて行かれたこと。
顔を知ってるバデロンが助け舟を出してくれた事。

最後までヴァルに話した。
当然の事ながら、ヴァルは怒りに満ちていた。
やはり、目を離すべきでは無かった。
贔屓目かもしれないが、こんなに可愛い女を、男が放って置くわけが無いのだ。
しかも、腕に痕が付くぐらい強く掴み、ましてや尻尾の付け根を撫でるなど、同じ女としても許し難い行為だった。
ヴァルの怒りが伝わったのか、ガウラは慌てたように言った。

「あ、でも今頃バデロンさんがイエロージャケットに引き渡してるだろうから…!」

内心舌打ちをするヴァル。
命までは取らなくても、男として女に手を出せないぐらいにはしてやろうと思っていたが、イエロージャケットに引き渡されてしまえば、迂闊に手は出せない。
それと同時に、どうでもいい要件で呼び出した族長にも腹が立った。

「すまない、あたいが早めに来ていれば」

護る事が出来なかった申し訳なさで、ガウラに謝罪するヴァル。

「仕方ないさ。私も油断していたし…」

そう言うガウラの顔は晴れない。

「……場所を変えるか」  
「え?」
「騒動があってすぐだから、ガウラが落ち着かないだろう…。一緒に行ってみたいレストランは山ほどあるんだ、今日は別の所に行って、ここはまた今度にしよう」 
「いい、のか…?」
「あぁ」

嫌な思いをした直後。
そんな所で食事をしても楽しめないだろう。
それは、ヴァルも望んでいない。
英雄と呼ばれ、戦いの中を走っている彼女に、一時でも普通の女の子として、楽しい時間を過ごしてもらいたい。
ヴァルはガウラの隣に座り、地図を開いた。
時間が出来た時に、ガウラと行って見たいと思っていた場所の情報を書き込んでいた物。
何処がいいか吟味しながら、チラッとガウラに視線を向ければ、先程までの浮かない表情は無くなり、穏やかな表情に変わっていた。


***********


場所を移し、食事をしたレストラン。
ガウラの口に合った様で、食事を終えた頃には、彼女の顔は笑顔になっていた。
食後に出されたイシュガルドティーを口にしながら談笑し、護身術を教える約束をした。

そして、その日の夜。
ヴァルは里に行き、真っ先に族長の元へと向かった。

「爺様!!」
「お…おおぅ、ヴァル。どうした?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!!今日の下らない呼び出しのせいで、ヘラの貞操が危なかったんだぞ!!」
「は?…え?」

ヴァルの剣幕に押され、オロオロする族長。

「一族の使命としての呼び出しなら仕方ないけど、身内としての下らない話をする為に今後呼び出したら、二度と爺様と口を聞かないからなっ!!」
「ヴァ…ヴァル。それは勘弁しとくれ!」

孫娘に嫌われるのを嫌がるその姿は、族長ではなく、ただのおじいちゃんであった。





とある冒険者の手記

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