A.仮説


ミスト·ヴィレッジにある自宅兼用のFCハウス。
その庭で椅子に腰かけ、夜空に浮かぶ月を見上げるアリス。
いつもなら、室内で晩酌をしている時間だが、今日は違った。
酒も持たず、ただただ月を眺める。
静寂の中に波の音だけが響く。
それは、なんだか幼い日を思い出された。

「部屋にいないと思ったら、ここにいたのか」
「ヘリオ」

室内に居ないのを不思議に思って探していたらしいヘリオ。

「何か用?」
「いや、姿が見えなかったから…」
「あはっ、ごめん」
「なにをしてたんだ?」
「ん。月を見てたんだ」

アリスは視線を月に向ける。

「最近、色んなことがありすぎて、ゆっくり眺める時間がなかったなぁって思ってさ」
「なるほどな」
「小さい時、よくこうやって月を眺めてたんだ」
「ほう」

月を見ながら懐かしそうに微笑むアリス。
それを見て、ヘリオも月に目を向ける。

「ハーフだったからか、夜に目が冴えてることが多くてさ。幼かったから狩りに行くことも出来なくて、家の外でこうやって月を眺めて、時間を過ごしてたんだ」

アリスは、月に向かって手を伸ばす。

「優しく光る真珠みたいに綺麗で、手を伸ばせば届きそうなのに届かない。今思うと、月に魅了されてたのかなって思うよ」

そう言って、ヘリオの方を見る。

「だからかな、エールポートでヘリオを見た時、月が人になって現れたのかと思ったんだ」
「…エールポート?あんたと出会ったのはザナラーンだろ?」

ヘリオの言葉に、小さく笑うアリス。

「やっぱり、覚えてないよな。ザナラーンで初めて会話をした時よりも数ヶ月前に、会ってるんだよ。会ってるって言っても、すれ違っただけだけど」
「………」

アリスは席を立ち、唖然としているヘリオに歩み寄る。

「それから、義姉さんの活躍を耳にして、冒険者になって、父さんの情報を集めながら、ヘリオを探してたんだ」

ニッコリと微笑まれ、気恥ずかしくなるヘリオ。
それを見て、小さく笑うアリス。

「そういえば、昔母さんが教えてくれた詩と言うか言葉を思い出したんだ」
「ほう」


白き月は白き蕾
黒き蝶は夢を見る
蕾が開く その時を
夢が叶う時
蝶は白く染まるであろう


「母さんは、父さんから教えてもらったらしいんだけど、子供の頃は月を花の蕾に例えてる事が凄いなぁとしか思わなかった」

アリスは「でも」と付け加える。

「今ならわかる。これは一族の事を言ってるんだって…。父さんは記憶を失っても、この言葉だけは忘れなかったんだ」
「………」
「まぁ、月のくだりは完全に比喩だと思うけど、その後の言葉を考えると…ね」
「たしかにな…」
「あと、この言葉、何かの暗示じゃないかとも思ってるんだ」
「ほう」
「まだ、一族に関して、なにか秘密があるんじゃないかって」

アリスは考える仕草をする。

「黒き一族が魔力が低いってのが引っかかってるんだ。黒の祖は武力を持っていたって言うけど、"魔力が使えなかった"という記述はない。人によって魔力が使えない人は確かにいるけど、一族全体でここまで全く使えないもんなのかって不思議でさ。それに」
「それに?」
「白き一族の魔力の方は、衰えることを知らないんだろ?いくらヘリオが魔力のほとんどを持っていたとしても、少しは義姉さんに残っているのなら、そこから魔力が増えても良さそうだなって」

考えもしなかったと言う表情をするヘリオ。

「これは俺の単なる仮説だけど、武力を持つ側は、何か魔力を使えなくなる枷が掛けられてるんじゃないかって思ってさ。それなら、以前ボズヤで義姉さんが膨大なエーテルを放出したのもその枷が何かの拍子で綻んでてって考えれば納得出来るしさ。そして、魔力を持つ側も…」
「武力が使えない枷がある…と?」
「うん。まぁ、これは半分俺の希望も入った考えだから冗談で聞き流してくれていいよ」

アリスの希望の言葉に首を傾げるヘリオ。
それを見て小さく笑うアリス。

「ほら、儀式をやったとは言え、義姉さんのエーテルが少なくて不調が出てるのは変わらないだろ?もし、この仮説が本当なら枷を外すことで、義姉さんの体調が安定するんじゃないかってさ」

アリスの言葉に「なるほど」と納得する。

「まぁ、さっきの一族の事を表した言葉は、単純に黒の中に稀に生まれる白の事を言ってるのかもしれないしな。俺のただの戯言だと思って」
「そうか」
「さ、そろそろ家に入ろう!」

そう言って、アリスはヘリオと家の中へと戻った。

だが、"ただの戯言"と言いつつも、考えに耽けるアリスの姿をよく見かけるようになったのであった。




とある冒険者の手記

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