A.決断


創造物管理局の受付。
そこに一人の女性が人型のイデア連れてやってきた。

「局長はいるかい?」
「はい、局長はいらっしゃいますが…アポイトメントはお取りですか?」
「あぁ、アゼムが来たと伝えてくれれば分かるだろう」

サラリと出た"アゼム"の名称に、受付の男は驚いた。

「十四人委員会のアゼムさんでしたか!すみません、今すぐお取次ぎ致します!」

男は慌てて局長であるヒュトロダエウスに連絡を入れた。

「局長は直ぐにお見えになるそうです」
「そうかい。じゃあ、僕はそこで待たせてもらうよ」

そう言って、アゼムは受付前のホールに戻っていく。
十四人委員会のうち、エメトセルクはよく見かけるが、まさかアゼムにまでお目にかかれるとは思っていなかった男は、この仕事をしていて良かったとすら思っていた。
そして、アゼムの連れているイデアに目を向ける。
人と同じく黒いローブを纏い、仮面を付けているが、口元を見る限り、アゼムとそっくりなのが分かる。
イデアだからなのか、何とも儚そうな雰囲気に、目が離せない。
仕事上、色んなイデアを見てきたが、こんなに惹かれるイデアを見た事はなかった。
ボーッとイデアを眺めていると、ヒュトロダエウスが姿を現し、アゼムと会話をする。
すると、アゼムと共にヒュトロダエウスが受付まで来た。

「ストルゲー、すまなかったね。アゼムが来ることを連絡し忘れていたよ」
「本当ですよ!ちゃんと連絡しといて頂かないと、困りますよ局長!連絡無く十四人委員会の方がいらっしゃったら、こっちだって何かあったのかと気が気じゃないですよ!」

ストルゲーと呼ばれた受付の男は、局長ヒュトロダエウスに非難を浴びせる。
その反応が面白いのか、ヒュトロダエウスは"ごめんごめん"と言いながらも笑っている。

「アゼムは、イデアの登録をしに来たんだ。登録の手続きは私が直々に行うから、君は休憩しておいで」
「はい、分かりました」

ストルゲーはアゼムに会釈をし、受付を出る。
休憩がてら外の空気を吸おうと、広場に足を運びベンチに腰掛ける。
しばらくすると、登録を終えたであろうアゼムがイデアを連れて歩いているのが見えた。
アゼムが向かう先にいるのはエメトセルク。
2人はなにやら話し合っているようだった。

「さっきはすまなかったね」
「うわっ!!」

気配も音もなく隣に現れたヒュトロダエウスに、驚くストルゲー。

「び、びっくりさせないでください!」
「君はいつもいい反応してくれるよねぇ」
「からかわないでくださいよ…もー」

頬を膨らませながらも、ストルゲーはアゼム達に視線を戻すが、視線はどうしてもアゼムが連れているイデアに行ってしまう。
それを見たヒュトロダエウスは面白そうに言った。

「アゼムが気になるの?彼女、美人だものねぇ」
「ち、違います!俺が見てるのはイデアの方…あ」

ムキになって言い返した弾みで、余計な事を口走ったと両手で口を抑えたが遅かった。
ストルゲーの予想外の言葉に、目を丸くするヒュトロダエウス。

「…イデアの方が気になるのかい?」
「………」

黙り込むストルゲー。
イデアが気になるなんて、異常者扱いされてもおかしく無い。
すると、ヒュトロダエウスは、またも面白そうに言った。

「君の名前に相応しい相手が誰になるのかと思ってたけど、そうかぁ。アゼムのイデアにねぇ」
「名前は関係ないです!」

顔を真っ赤にしながら反論するストルゲー。
ヒュトロダエウスは相変わらずクスクスと笑っている。

「あのイデアは、話すことは出来ないけど、感情はあるみたいだよ?」
「…だから、なんです?」
「チャンスはあるんじゃないかって事だよ」
「はい?!」

とんでもない一言に、声が裏返るストルゲー。
ヒュトロダエウスは笑いながら"頑張ってねー"と言い、アゼム達の方へと向かって行った。
唖然とそれを見送るストルゲーだった。

それからは、ごく稀にアゼムが姿を現す度、広場のベンチでアゼムのイデアを眺めていた。
その都度、ヒュトロダエウスに絡まれるストルゲー。
"話しかけてみたらどうだい"と言われた事もあったが、相手は十四人委員会アゼムのイデアと言うのもあり、気が引けて行動には移せなかった。
そして、終末が訪れた。
血のように真っ赤な空に降る流星。
阿鼻叫喚のアーモロートの街。
爆発するイデア達。
現れる異形の魔物。
逃げ惑う人々の中に、呆然と立ち尽くすストルゲーの姿があった。

「これが、各地で起こっていた終末なのか…」

目を覆いたくなる光景に、思うように体は動かない。
倒れてきた建物に気が付き、やっとの思いで飛び退いた。
地面に転がるストルゲー。

「痛ぅ~…」

体を起こそうとした時、手を差し伸べられた。

《……》
「え?あ、ありがとうございます…」

その手を取り、その人物を見る。
整った顔立ちだが、女性とも男性とも思えるような雰囲気を持っていた。
仮面が付いていないのは、この混乱の中で落としてしまったのかもしれない。
とりあえず、この場を離れないとと走り出す。
振り返ると、手を差し伸べてくれた人物はその場に留まっているのが見え、思わず引き返した。

《……》
「君は逃げないの!?」

すると、その人物はクビを横に振り、自身の胸にそっと手を当てた。

《……ぼくは、まもると、やくそくした》
「え?」
《ぼくは、フォス…アゼムのフォス》
「アゼムって、あの十四人委員会の!?」
《ぼくは…フォス(光)》

その人物は、いつも見ていたアゼムのイデアだった。
終末の凄まじさに気を取られ気づかなかった。
フォスと名乗ったイデアは、まだ何かを伝えようとしていた。
ストルゲーはフォスに耳を傾けた。

《ぼくは、あきらめない
きみも、あきらめないで
さぁ、いって
きみが、みらいを─》

周りの騒音で最後は上手く聞き取れなかった。
フォスは背を向け、迫り来る魔物を創造魔法で抑え込んでいく。
その姿を見て、今自分に出来ることは無いのかと必死で考える。
だが、この状況で得策と言える物は何一つ思いつかなかった。
そして、先程のフォスの言葉を思い出し、決心する。

諦めない!
生きる事を諦めない!
生きていれば何とかなる!
生きていれば、また、君と出会うことだって、きっと!
その時は、必ず─!

ストルゲーは強く頷き、走り出した。

フォスとまた会える事を信じて

生きる為に

その後、ゾディアークの召喚により終末は治まり、世界は再生された。
だが、ストルゲーはフォスと再会することはなく、世界の意見は二つに割れ、ハイデリンとゾディアークの戦いが始まった。
そして、世界は分かたれたのだった。


*************


「っ!?」

真夜中、アリスはベッドから飛び起きた。
寝汗を大量にかき、息も荒い。

「ゆ…夢?」

夢にしてはリアルで、しかも名前しか知らない人物の顔が、鮮明に分かる夢。

「大丈夫か?」

声に振り向くと、体を起こすヘリオの姿。

「ごめん、起こした?」
「気にするな。それよりも、あんた顔色悪いぞ」
「ごめん、変な夢見てさ」

アリスは深呼吸をして息を整える。

「俺、汗を流してくる」

そう言ってベッドから降りてバスルームへと向かう。
シャワーを浴びながら、さっき見た夢を思い出していた。
夢の中で自分はストルゲーと呼ばれていた。
そして、想いを寄せていたアゼムのイデア"フォス"に助けられ、逃げることしか出来なかった歯痒さが、アリスの心に残っていた。

シャワーを終え、服を着替えて出てくると、キッチンにヘリオが立っていた。
アリスが出てきたのを確認したヘリオは、テーブルに温めたミルクを置いた。

「これを飲めば少しは落ち着くだろ。寝付きやすいように、少しブランデーも入れて置いた」
「ヘリオ、ありがとう!」

椅子に座り、ブランデー入りのホットミルクを口にする。
それを見て、心做しかホッとしているように見えるヘリオの顔。
そして、アリスはストルゲーの歯痒さに1つの決心をした。

─今度は、俺が護る
    愛する人を
    自分の力で─

それには今のままではいけない。

アリスはこの時、暁の血盟に入ることを決断したのだった。


とある冒険者の手記

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