番外編·次の世代へ
白き一族の集落跡。
ポツンと建つ、小さな家の前にヴィラは姿を現した。
「ジシャ、いるかい?」
声をかけると、家の中からジシャが姿を見せた。
「おや、ヴィラじゃないか。どうしたんだい?そんな真剣な顔をして」
ヴィラのいつもと違う雰囲気に、少し驚くジシャ。
そんな彼女に、ヴィラは「頼みたい事がある」と持ちかけた。
「頼みたい事?」
「あぁ、ジシャに族長代理として里に来て欲しいんだ」
族長代理の言葉に、少し不思議そうな顔になる。
「実はな、一族の在り方を変えたいのだ。今は昔とは違い、白き一族の血を引く混血達は世界中に散らばり、護る事が難しくなっている。そして、今や純血はガウラとヘリオだけだ。本来なら、ヘラが武力を強く発揮しているのが分かった時点で、掟や今後の在り方を検討しなければならなかった。だが、こちらの族長は頭が堅くてね。ヘラの儀式の失敗があった後も、考えを変えようとしなかった」
「なるほど、現在進行形という訳かい」
「あぁ」
ヴィラは大きく溜め息を吐いた。
「そして今、ガウラ、ヘリオ、アリスが一族のルーツを調べている。それを聞いた族長はいい顔をしていない。私が掟の改定を進言したところ、白き一族の族長と話をしないと出来ないと、無理難題を言い出してね。そこで、私は族長の妻であり、リガンの血を引くジシャを代理として連れてくると言ったんだ。頼まれてくれるか?」
「それは構わないが…」
少し言い淀んだジシャ。
ヴィラはジシャが何が言いたいか察していた。
「ジシャの言いたいことは分かっている。だからこそ頼みに来たんだ。それを頭の堅い、我が父である族長に言ってやってくれ」
「なるほど、分かったよ」
「すまない、恩に着る」
ヴィラはジシャに頭を下げた後、ジシャを抱き上げ、里へと向かった。
里へ辿り着くと、一族の者達がヴィラが抱き抱えているジシャを見て驚いていた。
そして、1人の青年がヴィラに近寄ってきた。
「ヴィラ様、その抱き抱えているのは…」
「白き一族の族長の妻、ジシャ·リガンだ。族長代理として私が招いたのだ」
ヴィラがそう言うと、その場にいた黒き一族達は一斉に跪いた。
「な、なんだい?これは…」
「我が一族では、白き一族は護るべき者であり、敬うべき存在なのだ。カ·ルナ様がニア様と出会っていなければ、私達は存在していなかっただろうからね」
呆気に取られるジシャ。
ヴィラはそのまま、族長のいる家へと進んでいく。
そして、室内に入ると中央に鎮座している族長の姿があった。
「族長、白き一族の族長代理、ジシャ·リガンを連れてまいりました」
ヴィラはそう言って、ジシャを床にそっと降ろした。
「ふむ。確かに、ジシャのエーテルだな…」
族長はエーテル視で、ジシャを確認した様だった。
「話を聞いた時は信じられなかったが、これは認めざるを得まい…」
そう言い、族長は改めて座り直し、ジシャに頭を下げた。
「よくぞ参られた、族長代理ジシャ·リガン。断りもなくエーテル視をした事、深くお詫び申し上げる」
「信じられないのも無理はない。私も、今の状態に驚いているぐらいだからね」
ジシャの言葉を聞き、頭を上げる族長。
それを見て、ジシャは本題に入った。
「さて、本題に入ろうか。ヴィラから話は聞いている」
「………」
「古くから伝わる掟を変えるのに抵抗があるのは分からないでもない。けれど、こちらの一族は途絶えたも同然。先のことを見据え考えるには、廃れた一族の存在は足枷でしかない」
族長はジシャの言葉を聞き、難しい顔し口を開いた。
「ニア様の直系であるお主が、それを許容すると言うのか?一族の崩壊を…」
「栄えたモノはいずれ廃れていくものだ。文明も、血筋も、それは歴史が物語っているだろう?」
「……」
「それに、あの儀式が成功していたとしても、私と族長である夫は掟を変えるつもりでいた。娘が武力と魔力を持ち合わせ、外の世界を夢見るようになっていたからね」
そのジシャの発言に、目を大きく見開く族長。
自身の耳を疑っているかのように驚いている。
「子供の夢は叶えてやりたい。そう思うのが親心だろう?」
「………だが………」
「どの道、娘が最後の純血だったんだ。その時点で我が一族は途絶える事が目に見えていた。それなら、掟を変え、自由に生き、一族のことは昔話として子孫に繋いでいけばいい…」
ジシャは目を伏せ、静かに言った。
「黒き一族の族長よ。私達の時代は終わったんだ。これからは、次の世代に新たな時代を託すべきなんじゃないのかい?」
長い沈黙が続く。
そして、族長は大きな溜め息を吐いた。
「リガンの血筋の者にそう言われては、反論することも出来ぬ。全く…、ヴィラ、お主は幾つになっても頑固で儂を悩ませるな…」
「頑固なのは父上譲りです。恨むならご自身を恨んでください」
ヴィラの言葉に、苦笑いをする族長。
そして、族長は決心を固めた表情をした。
「儂も腹を括ろう。今日をもって儂は族長を退任する。ヴィラ、あとはお主の好きな様にするが良い」
「仰せのままに」
ヴィラはそう答え、ジシャを再び抱き抱え、その場を後にした。
家を出たところで、ヴィラはジシャに言った。
「すまなかった。お陰で助かった」
「私は本心を言っただけさね。役に立ったなら良かったよ」
ヴィラはジシャに小さく微笑むと、顔を上げ気を引き締める表情になる。
そして、里の開けた所に集まっていた一族の者達の前に立ち、大きな声で話し始めた。
「皆の者!本日を持って我が父は族長の座を降りることとなった!」
その第一声にザワつく一族。
「今後の事について、私から皆に話がある!」
何の話だ?と、ザワついていたのが嘘のように一瞬で静まり返る。
「私達は今まで、掟に従い、白き一族を護って来た!だが、時代は変わった!今こそ、掟を廃止し、皆が思った通りに生きるべきだと、私は思う!」
ヴィラの言葉に、戸惑いを隠せない者や、驚く者、反応は様々だった。
だが、ヴィラはそれには構わず、話を続ける。
「長く続けてきた生活を、いきなり変える事に抵抗のある者もいるだろう。私はそれを無理に変えろとは言わない。それも自由だ。里を出て、今と違う生活を送るのもまた自由。不安がある者は私に相談しに来てくれ。何時でも力になる!」
そう言うと、皆が安心した表情になった。
これまで、新人教育をやっていた信頼もあるのだろう。
ジシャの目には、ヴィラの人望は厚いように見えた。
「話は以上だ!私はこれから、客人を送ってくる」
そう言い、ヴィラは里を出て、ジシャを集落跡に送り届けた。
「ジシャ、本当に感謝してもしきれない。急な頼みを引き受けてくれて、心から感謝する」
「役に立ったなら良かったよ。でも、良かったのかい?」
「あぁ。最初は皆、戸惑うのは当たり前だ。だが、私には考える時間は沢山あった。儀式の失敗以降、私はこの日の為に下準備をしてきたし、里を出る者の為に、外とのパイプも作ってある」
ヴィラの用意周到さに、思わず笑うジシャ。
掟を無くし、戸惑う人間を放置することなく、そのサポートが出来るようにしている事を知って、ヴィラの責任感の強さを感じた。
「抜け目がないね」
「それぐらいは当たり前だろ?年配者はともかく、若い世代の子達は全員私が指導をしていた。言わば、私の子供と言っても過言では無い。迷い、戸惑っているなら、それを聞き、助言するのも親の役目だろ?」
「確かにね」
2人は小さく笑い合う。
そして、ヴィラは改めてジシャに礼を言い、里へと帰って行った。
その後ろ姿を見送るジシャ。
きっと、これから里の方は忙しくなるだろう。
だが、新たな世代の始まりには必要不可欠なもの。
こうして、世代が変わっていく有様は、蝶が花から花へと移ろい行く姿に似ていると感じられたのだった。
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