V.思い出される昔の母の姿
サベネア島の高台で、ゾットの塔を見つめ佇むヴァルの姿があった。
テンパード化のエーテルが放出されているソレに近づく事が出来ず、ガウラが暁の者達と塔に向かうのを、密かに見送るしか出来なかった。
首にかかるペンダントを握りしめ、ガウラの無事を祈る。
そして、デミールの遺烈鄉へと向かった。
錬金術師達がテンパード化を防ぐ為に作り出した霊鱗の護符。
今、それを量産しているのを聞いたヴァルは、今後、何かの役に立つと勘が働き、こっそりと盗むことにした。
その後、無事に帰ってきたガウラ達の後を置い、オールド·シャーレアンへと戻ってくると、今度はイルサバード派遣団と共にガレマルドへと向かうとの情報を聞き、ヴァルは一足先に不滅隊屯所へと向かった。
派遣団へと参加を希望した者の中に、自分に背格好が似ている人物に目星を付けた。
そして、アラミガン·クォーターで派遣団の出発準備が完了し、出発する直前。
目星を付けた人物を気絶させ、空の樽の中に隠し、目的地到着まで目を覚まさぬように眠りの香を中に入れ蓋をした。
それを物資の中に紛れ込ませ、何食わぬ顔で派遣団員としてガレマルドへと向かった。
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途中、戦闘はあったものの無事に辿り着いたキャンプ·ブロークングラス。
物資の運び出しを率先して行い、人目のない所で樽の中から眠っている不滅隊員を解放し、空樽に寄り掛かるように座らせた。
数分もすれば目を覚ますだろう。
ヴァルはガレマルドの地形を把握する為、不滅隊の制服の上から白いローブを纏い、フードを深く被り、ポーラーベアを呼び出し、キャンプを離れた。
白銀の世界では黒い色は目立つ。
それを隠す白いローブ。
誰にも気づかれることなく、ガレマルドの地形を把握することが出来た。
地形の把握が終わり、不滅隊の制服のまま、何食わぬ顔でキャンプヘと戻った。
それから程なくして、何処かに行っていただろうガウラが、アルフィノとアリゼーと共に戻ってきた。
その表情は暗い。
何があったかの報告を、隠れて聞くと、避難民が命を落とした事を知った。
ガレアン人としての誇り、プライド、そして愛国心。
そこにガレアン人の歴史を考えれば、そういった結末になってしまったのは、痛いほど理解出来てしまった。
それは、黒き一族にも通ずるものがあった。
そして、その長くから続く固定概念は、なかなか拭いされるものでは無いことも………。
暗い顔のガウラが人気の無い場所へ向かうのに気づき、ヴァルは後を追い、声をかけた。
「ガウラ」
「……!…なんだ、ヴァルか……ん?なんでヴァルがいるんだい?」
ヴァルの姿に驚くガウラ。
無理もない。
彼女には着いてくることを伝えていなかったのだから。
「…紛れて来たな…?」
「あたいは立場上その方がラクだからね」
「ったく」
ガウラは呆れたように溜め息を吐いた。
だが、顔の暗さは変わらない。
「それより、平気か?」
「何が」
「顔が暗い」
「!」
本人は無自覚だったのだろう。
ヴァルに指摘され驚いた顔を見せた。
だが、観念したように話し始めた。
「……あぁ、まぁ、改めてああいう光景を見ると、な。前にお前が言っていた言葉を思い出したよ」
「?」
「[人は簡単に死ぬ]。正直、呆気なさを感じたよ。手が届いたはずなのに、掴めず、いとも簡単に逝っちまって。そりゃ全部を救えることは不可能ということも知っているが、それでも、目の前にすると悔しい。[救えたはずなのに]って」
「……」
ガウラの言葉に、母親のヴィラの事を思い出した。
多くの犠牲を出した儀式の後。
ヘラの捜索の準備をしていたヴァルが、ヴィラの部屋の前を通りかかった時に聞こえてきた声。
[私が判断を誤らなければっ、護れたはずなのにっ、救えたはずなのに…っ、私のせいでっ!]
いつも冷静な母親が、1人で取り乱して泣いていた。
「…悪い、変な話したな」
「いいや…」
人前で泣かないガウラ。
心ではどれだけ悔やんでいるのか。
それを思うと胸が痛かった。
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