V.想いと気遣い
ヴァルが男になって数日が経った。
ガウラとの関係はほとんど何も変わらなかった。
唯一、変化があったとするならば、昔のようにヴァルがフロアソファ等で1人で寝るようになった事ぐらいだった。
(ハウジングして、部屋を作るか…)
流石に一緒に住んでる者が、そんな所で寝ているのが心苦しく、そう思い立つ。
クリスタルコンフリクトの帰りに、ハウジングの素材や家具なんかを買い漁り、ヴァルの待つ自宅へと向かうと、家の前に誰か立っていた。
その後ろ姿は、黒髪のミコッテ族だと分かる。
肌も色黒だ。
「家に何か用ですか?」
とりあえず敬語で話しかけると、その人物は振り返った。
首の左側に蝶の痣のある、男のミコッテだった。
それだけで、黒き一族の者だと分かる。
「あんたがヘラ…いや、ガウラだな?」
「あぁ、お前は黒き一族だね?」
一族の者だと分かり、口調を戻すガウラ。
掟が無くなった黒き一族が、何故ここに居るのか?
「で、家に何の用だい?」
「ヴァルはいるか?」
「中にいると思うが…」
そう答えて、ガウラは家の中に誘うが、男は首を横に振った。
そして、言った。
「なぁ、あんたはヴァルの事、どう思ってるんだ?」
「どうって……」
突然聞かれて、考え込む。
告白される前なら、即答で"仲間だ"と答えていただろう。
だが、告白されてから、一応以前と同じように接してはいるが、内心は変に意識してしまっている状況だ。
長い思考の末、ガウラは困ったように眉をひそめながら口を開いた。
「………分からない」
正直な気持ちだった。
すると、男は溜め息を吐いた。
「分からない……か。じゃあ、ヴァルを解放してくれないか?」
「解…放…?」
何を言われているのか理解出来ず、オウム返しに聞く。
「ヴァルは、ずっとあんたを想ってきた。掟が無くなって、あんたの傍にいる義務も無くなった。その気が無いなら、あんたに対する呪縛を解いて欲しい」
呪縛と言われて良い気分はしない。
流石にガウラも不快感を隠せなかった。
「随分失礼な言い方だね。私はヴァルを縛ってるつもりは無いし、ヴァルがここにいるのも本人の意思だよ」
「ガウラ?どうしたんだ?」
声の方を向くと、そこには玄関から出てきたヴァルの姿。
そして、男を見てヴァルは驚いた。
「ザナ?なんでお前がここにいる?」
「ヴァル……なのか?」
ザナはヴァルの姿を見た次の瞬間、ザナはガックリと両膝と両手を地につけた。
「なんで男になってるんだよぉぉおおおおっ!!!」
ヴァルの姿に打ちひしがれ、嘆いている。
その様子に、呆れた様に溜め息を吐く。
「男になろうがなんだろうが、オレの勝手だろ?」
「オ、オレ?!ヴァルがオレだって?!やだぁぁぁあああああっ!!」
ワーワーと1人で騒いでいるザナに、ヴァルは何とか話をつけようとするが、喚いていて話にならない。
ヴァルは大きく溜め息を吐き、
ガウラに言った。
「知人が五月蝿くして済まない。直ぐに大人しくさせるから、待っててくれ」
「あ、あぁ…」
家の中に戻っていくヴァル。
数分後、ヴァルは元の女の姿で戻ってきた。
それを見た途端、ザナは「ヴァルーー!」と叫びながら両手を広げ駆け寄った。
ヴァルは、それを容赦なく投げ飛ばした。
仰向けで地面に叩きつけられるザナ。
そのザナの胸を、ヴァルは片足で容赦なく踏みつけた。
そのヴァルの表情は、目が座っており、明らかに怒りが満ちていた。
「ここに何しに来た?」
「お、俺は、ヴァルに逢いたくて…」
「あたいに逢いに来たと?なら何故、帰宅してきたガウラを引き止めていたんだ?何を話した?」
「…………」
黙り込むザナ。
その首に、ヴァルは双剣の先を突きつけた。
「答えろ。掟が無き今、お前を殺すことだって出来るんだぞ」
その言葉に、流石にガウラが止めに入った。
「ヴァル、落ち着け!少し話をしただけだから!」
「本当か?」
「あぁ」
ガウラにそう言われてしまえば、ヴァルは逆らえなかった。
それは、惚れた弱み、嫌われたくないと言う想いからである。
渋々、武器をしまい、ザナから離れると、彼は上半身を起こして項垂れた。
「で、あたいになんの用なんだ?」
ヴァルは不機嫌そうに尋ねた。
すると、項垂れたままザナは口を開いた。
「ヴァルは、なんでずっとここに居るんだ?掟はなくなったんだ。もう、白き一族を護る必要はないだろ」
“なんだ、そんなことか“と、ヴァルは溜め息を吐いた。
「ガウラの事が好きだからだ。掟が無くなったからこそ、あたいは使命とは関係なくここに居る。好きな者を護りたいと思うのは当然のことだろ?」
「俺は、ヴァルがヘラに執着してるのは、妹のように思ってるとか、一族としての誇りがあるからだと思ってた。そうじゃないのか?」
「最初はそうだった、でも今は違う」
キッパリ否定され、顔を上げるザナ。
「あたいはガウラに恋愛感情を抱いてる。だから、傍に居たいし、護りたいと思ってる。これまでは掟があった。それしか、あたいとガウラを繋ぐものはなかった」
ザナの目を真っ直ぐに見据えて、ヴァルは淡々と話す。
「掟、使命から解放されたんだ。気兼ねなく自分の思うように行動できる。だから数日前、あたいの気持ちをガウラに伝えた。気持ちを伝えた後も、以前と変わらず、ガウラは傍に居ることを許してくれている。それだけであたいは幸せなんだよ」
その言葉に、ザナは黙り込んでいる。
「ザナ。お前は幼い時からあたいに好意を向けてくれてた。暗殺家業の中、欲にまみれた汚い男達の相手をしているあたいが、男嫌いにならなかったのはお前のお陰だ。でもな…ガウラを見つけた時、人前では涙も弱さも隠し、人知れず1人でそれを吐き出している姿は、美しさと同時に気高さを感じた。そして、傍にいて支えたいと、愛おしいと思った」
「……そんなに……」
「あぁ」
嘘偽りないヴァルの言葉。
それほどまでに、ヴァルの想いは、深く強いものだった。
「わかった……」
ザナはそう言って立ち上がった。
そして、ガウラの方を見た。
「ガウラ、さっきはみっともない話をして悪かった」
「あ、いや…」
2人の会話で、ザナとヴァルの想いを知ってしまったガウラは、複雑な表情をしながら、歯切れの悪い返事をした。
それを気にも止めず、ザナは庭の外へと歩き出す。
門の手前で足を止め、彼はヴァルに振り返った。
「ヴァル」
「なんだ?」
「俺はお前を好きになったことを誇りに思う」
「………」
ザナはそう言うと、ニカッと笑ったが、その目尻にはうっすらと涙が滲んでいた。
「じゃあな!」
その言葉と共に、ザナは闇夜に消えていった。
************
ザナが去った後。
微妙な空気ではあったが、ヴァルはいつもと変わらぬ様子で"家に入ろう"と促したので、ガウラはそれに従った。
元の姿のヴァルと、夕飯を共にするのは久しぶりな気がした。
夕食を終え、片付けが終わった時、ヴァルが幻想薬を手にしたのをガウラが制した。
「待て」
「どうした?」
「男になるのか?」
「そのつもりだが…」
静止されたのを不思議に思ったのか、キョトンとしているヴァル。
「お前、男になったらフロアソファで寝るだろ?」
「それはそうだろ?」
「お前の部屋を作るから、それまで男になるのは待て」
「……」
部屋を作ると言われて驚くヴァル。
「流石に、同居人がそんな所で寝てるのは気が引けるんだ。部屋が出来るまでは女のままでいろ」
「いい……のか?」
「いいから言ってるんだ」
ガウラの答えに、ヴァルの頬は綻んだ。
「ありがとう。恩に着る」
ヴァルのその表情に、ガウラは少し照れくさいのか、頬がほんのりと赤みが差していた。
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