A.蝶の解放
バルデシオン分館のナップ·ルームが並ぶ廊下。
ガウラの居る部屋へと足を進めるルナの姿があった。
途中、グ·ラハとすれ違った時に、ガウラが部屋にいることが確認できた。
目的の部屋の扉に辿り着きノックをすると、扉が開き、ガウラが顔を出した。
「ルナ…か。随分早かったね」
「うむ。ちょうど集落の方に用のある者が来たのでな。直ぐに話が付いた」
そのまま2人は部屋に入り、情報をやり取りする。
そして、ルナはガウラに尋ねた。
「そうだ。お前さん、ヴァルという者を呼び出せるか?」
「呼べば出てくると思うけど、何故?」
「枷の話と、伝言を頼まれてな」
それだけで理解したガウラは、開け放たれた窓に向かって声をかけた。
「ヴァル。居るんだろ?」
すると、窓から忍装束姿のヴァルが部屋に入ってきた。
「事情は聞いていたろ?」
「あぁ」
ヴァルはルナの方を見る。
そして、跪いた。
「カ·ルナ様。ご要件を」
「あいや!そんなに畏まらずとも良い!私の血を濃く受け継ぐ者達は皆こうなのか??」
ルナはそう言って苦笑する。
その言葉に、顔を見合わせるヴァルとガウラ。
軽く頭を掻きながら、ルナは口を開いた。
「まあよい。要件を言おう」
そして、真剣な顔付きに変わる。
「ヴァルよ。お前さんは枷を外したいと思うか?」
その問いに、ヴァルはルナを真っ直ぐ見つめて答えた。
「外す事が出来るのなら外したい」
「では、外して得た魔力をどう使う?」
2つ目の質問に、ヴァルは一瞬だが、目線だけでガウラを見た。
そして、静かに言った。
「ガウラを護る為に使いたい。戦闘になれば嫌でも怪我をする。彼女が魔法を使えるようになっていても、状況によっては己の回復に手が回らない時がある。そういう時に、魔力が使えない事で歯がゆい思いをするのは御免だ」
ヴァルは目を伏せ、ガウラが音信不通になった事件の事を思い出していた。
「武力はあっても、怪我に対しては薬を使った応急処置しか出来ない。魔法の様に怪我を一瞬で治すことは出来ない」
「ふむ、なるほどな。では、もうひとつ。お前さんの母親からの伝言だ。一族の掟と使命は廃止されたとの事だ。それでもなお、ガウラを護りたいと申すか?」
「それは、本当か!?」
驚くヴァルに、ルナは"本当だ"と頷く。
すると、ヴァルはペンダントを握りしめ、力強く答えた。
「掟や使命が無かろうと、ガウラが傍に居ることを許してくれる限り、あたいは彼女を護り続けるっ!」
嘘偽りない真っ直ぐな瞳に、ルナはニッ笑った。
「よかろう!では、少しお前さんの身体を視る事にしよう」
「は?視る?」
戸惑うヴァルには構わず、ルナは目を閉じた。
そして、ヴァルに手をかざす。
ヴァルは直感的に動いては行けないと悟り、じっとしている。
5分程でルナは目を開けた。
「ふむ。お前さん、純血か?」
「あ、あぁ。あたいはカ·ルナ様の直系に当たります」
「なるほど。して、この身体の主は?」
「アリスは、母上の弟の子。あたいの従弟です」
「そうか…」
「それがなにか?」
「いや、なぜお前さんではなく、アリスの中で目覚めたのかと思ってな」
ルナの疑問に、ヴァルはアリスの母親がルナの故郷の出身であることを説明した。
すると、ルナは納得したようだった。
「なるほどな。兄の家系の者が母なのか…。なんとも面白い偶然よ」
そう言って、少し懐かしそうに微笑んだ。
だが、直ぐに話を元に戻した。
「ところで、ヴァル。お前さん、詩の書かれた書物を持っていないか?」
「それなら、ヴァルに渡されて私が持っている」
ルナの質問にガウラが答え、荷物の中から書物を取り出し、ルナに渡す。
「おお!ありがたい!」
書物を受け取り、パラパラと捲り始める。
そして、あるページで手を止めた。
そこに書かれていた詩は、正しくアリスの父が記憶していた詩の場所だった。
そのページを開いたまま床に置くと、刀を抜き、書物にかざした。
白き月は白き蕾
黒き蝶は夢を見る
蕾が開く その時を
夢が叶う時
蝶を縛る 黒き茨は綻び
蝶は白く染まるであろう
ルナが唱えた術式は、書かれていたモノに一部が付け足されていた。
唱え終わると、書物が光り、それに呼応するかのように刀の刃の部分に白い光を纏わせた。
すると、ルナはヴァルに向き直った。
「ヴァル、お前さんの痣はどこにある?」
「…右の内腿だ…」
「わかった。動くでないぞ」
ルナは居合切りの構えをとった。
そして、ヴァルの太腿の辺りを一閃。
その光景に、ガウラはギョッとするが、ヴァルに外傷はなかった。
「今、お前さんの枷の一部を斬った。少しずつ枷は外れ、痣が白く染まりきる頃には身体も魔力に慣れるであろう」
呆然とするヴァルとガウラ。
その様子に小さく笑うルナ。
「一気に外してしまうと、身体が魔力に慣れぬからな」
「あ、ありがとうございます」
「あぁ、それと、一族に伝わる子守唄は唄わぬようにな。また枷が付いてしまう」
「承知しました」
ルナは刀を鞘に収めると、晴れやかな顔をした。
「これで私の役目は終わった。愛しい我が子達よ。自身の赴くまま、自由に生きよ!では、達者でな!」
そう言って目を閉じた。
その一瞬でルナの気配は消え、再び目が開いた時には、いつものアリスに戻っていた。
「おかえり、アリス」
「義姉さん、ただいまです!それにヴァルさんも!」
「……ふんっ」
アリスに戻った途端、ヴァルの態度の変わりように、思わず小さく笑うガウラ。
「ところで、黒き一族の枷の外し方は分かったが、白き一族の枷の外し方はどうなんだ?」
ヴァルの言葉にアリスは答えた。
「それは、カ·ルナさんから聞いてます。枷を外したい人がいれば、対応できます」
その言葉に、ヴァルは"そうか"と一言だけで答える。
1つの問題が解決し、3人同時に溜め息を吐いた。
その後、ルナが枷をつけた理由をガウラが訪ね、アリスが答え。
一通りの情報を共有した後、珍しくヴァルからアリスに頼みがあると言われ、2人はガウラを残して部屋を出たのだった。
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