V.不得意なもの
自宅のキッチンでヴァルがアフタヌーンティーの用意をしていると、庭からエンジン音が鳴り響いた。
今日はガウラが庭でマウントの整備をすると言っていた。
音を聞いて、何を整備しているか気になったヴァルが庭に出ると、SDCフェンリルのエンジンを吹かしているガウラの姿があった。
「なんの音かと思ったら、それか」
「ごめんよ、うるさかったかい?」
「いや、どのマウントの整備をしてるのか気になったから」
「なら良かった。バイクは定期的にエンジンをかけてやらないとダメになるからさ」
「そうなのか」
ヴァルはSDCフェンリルをマジマジと見つめる。
「乗ってみるかい?」
「いや、いい」
「興味ありそうに見てたじゃないか」
「…よく、こんなのを操縦できるなと思ってな」
「どういうことだい?」
首を傾げるガウラに、困ったように言い淀むヴァル。
「その…なんだ…あたいは機械がダメなんだ」
「へ?」
その言葉にガウラが目を丸くする。
「武器なら機械でも問題ないんだが、乗り物や操作パネルなんかはからっきしでね」
「意外だな。何でも器用にこなせそうなのに…」
「それは買い被りすぎだ。あたいにも不得意なものはある」
「そうか…」
それを聞いたガウラは、考える仕草をし、思いついたように口を開いた。
「乗り方教えようか?」
「え?」
「フェンリルなら、誰でも乗れる様に簡単になってるからさ」
「……」
「嫌かい?」
「…教えて貰えるなら、乗ってみる。不得意なものをそのままにしておくのもなと思っていたし」
「そうこなくっちゃ!」
ガウラは嬉々としてフェンリルの操縦方法や注意事項等を説明した。
それを真剣に聞き、実際にフェンリルに跨り、操縦してみることになった。
そして、アクセルグリップを回した瞬間、フェンリルが猛スピードで走り出した。
「ヴァル!!」
グリップの回し加減が分からなかったのか、フルスロットルになった様だった。
ヴァルは軽く焦った頭の中で、ブレーキを掛けなければとブレーキレバーを握った。
減速せずの急ブレーキでバランスを崩し、後輪がスリップ。
遠心力でヴァルの体は投げ出され、地面にゴロゴロと転がった。
フェンリルは車体を地面に擦らせながら滑り、岩肌にぶつかり止まった。
「ヴァル!?大丈夫かい?!」
叫びながら駆け寄るガウラ。
ヴァルの側までくると、しゃがみこんでヴァルの顔を覗き込む。
ヴァルは目を回して気絶していた。
頭を打っていることを想定し、近くを巡回していた双蛇党の隊員に事情を説明し、救護してもらう。
フェンリルの状態は後で確認すればいいと、帰還装置を作動させ、ガウラはヴァルが搬送された先へと向かったのだった。
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「う……うぅん…」
「ヴァル!気がついたかい!」
ヴァルが目を覚ますと、見覚えのない天井。
声がした方に目をやれば、今にも泣き出しそうな顔をしたガウラの顔があった。
「ガウラ?なんでそんな顔…」
「ごめんよヴァル。僕があんな事言い出さなければ…」
辛そうな表情で言うガウラを見て、何があったのかを思い出した。
「そうか…あたいは…」
余程心配してたのだろう。
一人称が“僕“になっているガウラの手を握った。
「ガウラは悪くないよ。乗ると決めたのはあたいだ。お前はちゃんと注意事項も教えてくれた。出来なかったあたいが悪いんだ」
「…でもっ」
俯いて落ち込んでいるガウラ。
ヴァルが体を起こすと、全身がズキズキと痛んだ。
腕には包帯が所々に巻かれている。
感覚的に、足にも包帯が巻かれていることが分かった。
外傷は恐らく、全身打撲と擦り傷だろう。
その程度で済んで良かったと思えた。
「ガウラ」
「……」
罪悪感に苛まれているガウラの手を再度握り、頭を撫でた。
「心配かけてすまなかった。あたいは大丈夫だから、そんな顔をしないで欲しい」
ガウラがゆっくりと顔を上げる。
その顔は、最初と変わらず泣き出しそうな顔をしている。
「あたいが上手く出来なくて悪かった」
そう言うと、ガウラは首を横に振った。
ヴァルは困った様に微笑みながら言った。
「そんな悲しい顔より、怪我がこの程度で済んで良かったと、安心した笑顔を見せて欲しいんだが」
すると、ガウラはぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。
その後、擦り傷は自分でケアルを掛けて完治。
打撲は自然治癒に任せて、その日のうちに家に帰った。
帰宅後は、ガウラがまだ責任を感じてか、献身的に家のことをして周り、ヴァルが何かしようとすると自分がやると言って聞かなかった。
その夜、暖炉の前でゆっくりしていると、ガウラがポツリと言った。
「奴隷商人の事件の後のヴァルの気持ちが分かった気がするよ…」
「そうか。なら、これからはあまり無茶なことはしないでくれ」
「ゔっ…、努力はするよ」
痛いところを突かれ、気まずそうにするガウラに、ヴァルは小さく笑ったのだった。
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