V.忍び寄る過去

ヴァルの髪が三つ編みが出来るぐらいまで伸びた頃。

食材の買い出しにウルダハの街を歩いている時だった。


「そこのお姉さん、ちょっといいかな?」


面倒くさそうに振り向くと、そこには恨みが増しい表情でヴァルを睨んでいる見ずぼらしい格好のエレゼンの男が立っていた。

その顔は、どこかで見たことがあるような無いような。

怪訝な顔をしてると、人気のない路地を指さし、こっちへ来いと促され、警戒しつつ着いて行った。

路地に入ると、男は口を開いた。


「俺の事を覚えているか?」

「さあ?」

「ふざけるな!お前のせいで俺は職を失ったんだ!」


ヴァルの態度に感情が爆発したかのように叫び出した。


「お前が主人を殺したんだろう?!」


その言葉に、裏稼業で潜入したどこかの屋敷に雇われていた人物なのだと分かった。

男はヴァルの胸ぐらを掴み、なおも続ける。


「主人の遺体が見つかった時にお前は居なくなってた!お前を砂蠍衆に突き出してやる!!」


そう言い放った瞬間、ヴァルは男の手を払い突進し、みぞおちに肘鉄を食らわした。


「うぐっ!!」


呻き声を上げ尻もちを付く。

ヴァルは髪を解き、男を見下ろした。


「お前の言う主人を殺した女ってのはメイドか?愛人か?それとも無理やり連れてこられた女か?」

「………」


ヴァルは男に近づき、馬乗りになり、左手で胸倉を掴み、右手の人差し指で顎を上げさせた。

ヴァルの表情は色気を漂わせていた。


「その主人がどこの誰が知らないが、その主人の悪行を働いていた。だから恨まれ殺されたんだ暗殺者にな」


そう言って色気を漂わせていた表情は一変し、狂気の笑みを浮かべる。

それを見て男の顔は血の気が引いていった。

顎を持ち上げていた右手はいつの間にか短剣を持ち、男の首を捉えている。


「あたいを犯人として告発したければすればいい。だが、暗殺者が1人だと思うな。あたいの仲間は至る所に潜んでいる。お前の言う砂蠍衆に紛れているかもしれない、不滅隊にも紛れているかもしれないなぁ?」


それを聞き、男はガタガタと震え出した。


「自分の命が惜しいなら、黙っているのが得策だと思うが、それでもお前は告発するか?」

「だ、黙ってれば、命は助けてくれるの…か?」

「あたいは無闇な殺しはしない。依頼がある時だけだ。だが、自分に害があると判断すれば容赦はしない」

「す、すまなかった…、黙っているから命だけは助けてくれっ!」


震えた声で命乞いをする男に、ヴァルはフッと笑った。


「物分りのいい良い子だ」


そう言って男の上から立ち上がり、距離を置いた。

男は立ち上がり、一目散に走って逃げていく。

だが、角を曲がり、姿が見えなくなった瞬間。


「ぐはっ!」


男の呻き声と、ドサッと倒れる音がした。

そして、気絶した男を引きずって出てきたのはザナだった。


「人気のない所でヴァルに絡むとか、こいつバカだろ」

「お前、どこから聞いてた?」

「最初からだよ。この辺は俺が情報屋として活動してるナワバリだからな」


一族の掟が破棄されて以降、ザナは得意の情報収集能力を使って情報屋をしていたようだった。


「まぁいい。そいつをどこかに捨てておけ。殺しちゃいないんだろ?」

「そりゃな。でも、良いのか?放っておいて…」

「あれだけ脅しておけば大丈夫だろう。心配なら、お前がこいつを見張っとけ」

「相変わらずつれねぇな」

「お前はあたいのことを諦めたんじゃなかったのか?」

「諦めはしたけどさ、気持ちはすぐに無くならねぇって」

「……はぁ……」


ザナの言葉に溜息を吐いた。


「でも、ヴァルはガウラとパートナーになったんだろ?人のパートナーに手を出すほど、俺は腐った男じゃないからな」

「そうかい」

「話は戻すが、しばらくこいつを適当に見張っとく。問題なさそうなら俺も放っておくさ」

「そうしてくれ」


そう言って、ヴァルは踵を返した。


「ヴァル」

「なんだ」

「幸せにな!」


その言葉にヴァルは足を止めて言った。


「あぁ、ありがとう」


振り向きもせず答え、そのまま表通りへと歩いていく。

その後ろ姿を、ザナは黙って見送ったのだった。

とある冒険者の手記

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