番外編.黒と黒
日の暮れた訓練場に、1人の男がいた。
この時間に訓練を行う者はおらず彼1人。
木人を相手に、延々と双剣を振るっていた。
そこを通りかかったのがヴィラである。
「こんな時間まで1人で訓練かい?」
「あ…ヴィラ」
振り向いた彼は、白い瞳に青黒い肌色、黒髪に青いメッシュが入っており、優しそうな印象の顔立ちだった。
「訓練に励むのは良いが、オーバーワークは取り返しのつかない事になるぞ?ズラン」
「そうだね…。でも、私は他の皆より武力が劣っているからね」
ズランと呼ばれた彼は、双剣を握りしめている己の手を見つめた。
「そんなに気にしなくても、武力の成長には波があるんだ。お前はまだその波が来ていないだけだよ」
「そうはいかないよ。私の下の世代も、私の武力を追い抜いてきてるんだ…。もっと訓練をしないと」
そう言って、ズランは木人に向き直り双剣を振るった。
その動きには無駄がない。
武力が劣っているようには見えないのに、何故実力が追い抜かれているのか、ヴィラには疑問であった。
「ズラン」
「なんだい?」
「手合わせしよう。動きを見てやる」
実際に手合わせをする方が原因究明になると判断したヴィラの言葉に、ズランは戸惑いながらもそれを了承した。
彼的にも、実力のトップ争いをしているヴィラと手合わせをすれば、何か得られるモノがあると思ったのかもしれない。
互いに双剣を構え、睨み合う。
そして、ズランが攻撃を仕掛ける。
第1の気付き。
自分が標的になってみると、傍から見てる時より動きが遅く見えた。
第2の気付き。
攻撃を武器で受けた時の威力が、女である自分とそこまで変わらない。
第3の気付き。
反撃に対する反応が遅い。
いや、気付いてはいるのに身体の動きがついて行っていないと言うのが正しい。
手合わせを終えた時に、この3つをズランに伝えると、苦笑いした。
「やっぱりかぁ」
「気づいていたのか?」
「私も闇雲に修行をしてたわけじゃないさ。それを何とかしようと、色んなトレーニング法をやってるんだけど、なかなか成果が出なくてね」
「……ズラン、お前純血だったよな?」
「あぁ、そうだよ。純血なのにこの有様さ。必死にもなるよ」
「………」
ヴィラは考え込んだ、純血の彼が何故武力の成長が遅いのか?
疑問を抱えながら、ヴィラもトレーニングプランを考えてみるとズランに伝え、その場は解散した。
彼女はその足で書物のある建物に入る。
出生の帳簿を手に取り、ズランが産まれた年の一覧を見る。
そこに、ズランの両親の名前が無いことに気がついた。
ヴィラは急いでその帳簿をしまうと、今度は別の帳簿を探す。
黒の祖の直系の血筋だけが閲覧を許された棚。
そこにある黒き花の帳簿を手に取り、年代を確認した。
白の純血に稀に産まれる黒の純血。
そこに、彼の名前は記されていた。
「そうか…だから名前が…」
白き一族は、植物から名前を付けるのが一般的だ。それに対して黒き一族はそう言ったルールが無い。
ズランの名前は、花の鈴蘭を連想させる名前だった。
「白から産まれた黒であれば、純血でも、武力が追いつかれるのも納得がいく…さて、どうしたものかな…」
手にした帳簿を戻し、ヴィラは黒き花の特徴を記した本が無いか探し始めた。
************
1週間後、夕暮れ時に1人訓練しているズランの元に、ヴィラがやってきた。
「よう、ズラン」
「ヴィラ、久しぶりだね」
声をかけられ手を止めるズラン。
「訓練のプランを持ってきた。遅くなって申し訳ない」
「忙しいのに悪いね、私の為に…、助かるよ」
プランが書かれた紙を受け取り、目を通したズランは驚きで顔をヴィラに向けた。
「この、魔力の測定って言うのは…?」
「…お前には悪いと思ったが、お前の出生を調べさせてもらった」
「私の…出生?」
「ズラン、お前は…白から生まれた黒だ」
「………そうか」
ヴィラの言葉に、なんだか腑に落ちた様な表情を浮かべるズラン。
「何となく、気づいていたよ」
「だろうな。お前は頭が良いから、色んな憶測から可能性を感じてたんだろ?」
「ご名答」
ズランは苦笑を浮かべた。
「それでだ、黒き花の特徴を徹底的に調べた。黒き花は黒き蝶に比べて、少しは魔法が使える者が多いらしい」
「なるほど、それで魔力の測定という訳か…」
「使える魔力の量が分かれば、お前の速度や力を補助する魔法が使えるかもしれない」
ヴィラの言葉に納得したズランは、早速魔力の測定に入った。
彼女の言うとおり、魔法を1度使っても動けなくなることは無かった。
使えた回数は3回。
そこからヴィラの知識を元に、魔力量を計算。
補助として使えそうな魔法を、ピックアップしたリストから見つけ出す。
それは速度を上げる補助魔法。
それを使えるようになる事から、訓練は始まった。
日を重ね、魔法が使えるようになってからは、その速度に身体を慣らす訓練。
慣れてきたあとは力をどうしようということになった時、ヴィラがズランに新たな武器と防具、アクセサリーを持ってきた。
「これは?」
「攻撃力関係を上げる最上級のマテリアを禁断までしてある装備だ」
「………はぁ?!」
とんでもない情報に、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「貯金が底を尽きかけたが、何とか禁断できて良かったよ」
「いやいやいやいや!なんでそこまで?!」
「私は一生懸命に努力してる奴が好きなんだ。努力してる奴になら、何をしても惜しくは無い」
「……でも、これは反則じゃないか?」
「なぁに、バレなきゃ良いんだよ。マテリアも、着いてるのが分からないように細工してあるからね」
「………まったく、君は優等生かと思ったら、時々ズル賢いことをするね」
「ふふふっ、それは褒め言葉として受け取っとくよ」
苦笑するズランと、小さく笑うヴィラ。
訓練も一段落したあとのズランは、メキメキと実力を伸ばして行った。
そして年に一度、里で行われる武力の高さを決める試合が始まった。
リーグ戦式で行われる為、かなりの日数がかかる。
その試合の中、ヴィラもズランも無敗で勝ち進んでいく。
そして、トップを決める最終試合。
そこには、ヴィラと対峙するズランの姿があった。
目を見張る様なズランの成長ぶりに、周りの皆もどちらがトップになるか予想がつかないと、ザワついていた。
審判である族長が試合開始の合図をした瞬間、2人は同時に地を蹴る。
辺りに響く金属がぶつかり合う音。
周りの者達が瞬きが出来ぬほどの激しい攻防戦が繰り広げられる。
「お、おい…あのズランがヴィラ様と互角にやり合ってるぞ…」
「最近、家業の方でいい成果出してたけど、これ程まで成長してるとは…」
周りの者達が口々に驚きの声を上げる中、ヴィラはズランとの戦いに胸が踊っていた。
自分と渡り合える実力になったズラン。
その存在に自然と笑みがこぼれていた。
武器同士がぶつかり鍔迫り合いになった時、ヴィラは口を開いた。
「お前に訓練のプランを提案したのは間違いじゃなかったな。こんなに楽しい試合は初めてだっ!」
「君が忙しい時間を割いて私に付き合ってくれていたからな。それを無駄にしたくなかったのさっ!」
2人同時に後ろに飛び退き、距離を取る。
そして、同時に地を蹴り、2人の身体が交差し、動きを停めた。
周りの者たちは息を飲む。
次の瞬間、膝を着いたのはズランだった。
「勝者!ヴィラ!」
わぁっと歓声が上がる。
ヴィラはズランに歩み寄り、手を伸ばした。
「立てるか?」
「あぁ…なんとか」
そう言って、ズランは彼女の手を取り、立ち上がった。
そして、直ぐに使命の割り当てが発表され、それを確認し、2人は帰路に着く。
2人で歩いていると、ふと口を開いたのはズランだった。
「ヴィラ」
「ん?」
「君に大事な話がある」
「なんだ?」
ズランの言葉に足を止め、彼に向き直る。
「君は私の憧れだった。気高く、強く、でもそれを自慢することなく、弱い者にも尽力するその姿が眩しかった」
ズランはまっすぐヴィラを見つめた。
「そして、今回私は気がついたんだ、君のことが好きだって」
「えっ……」
突然の告白に、ヴィラは驚く。
そんな彼女に、ズランは手を取り言った。
「ヴィラ、君が良かったら、結婚を前提として付き合って欲しいんだ」
「………えっと………」
顔を赤くしながら、戸惑うヴィラ。
ズランは、静かに答えを待っている。
戸惑いながらも、ヴィラは思考を巡らせ、口を開いた。
「……お前ほど真面目で、一生懸命な奴は見たことがない。そして、真っ直ぐだ。お前が私でいいなら……その……よ、よろしく……」
視線を逸らしながら、答えたヴィラ。
ヴィラの反応に驚いたが、直ぐにホッとした。
「良かった。振られたらどうしようかと思っていた」
「……」
「ヴィラ、これからよろしく」
「あ…あぁ」
こうして1つのカップルが誕生し、その1年後。
2人は結婚し、直ぐに娘が生まれたのだった。
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