V.幻覚の恐怖
不滅隊の任務で、大型モンスターの討伐に来ていたヴァル。
彼女は今、トドメを刺したモンスターの前で立ち尽くしていた。
彼女と共に来ていた隊員が異変に気が付く。
「ブラック中闘士?」
任務は終えたのに、モンスターを見つめたまま動こうとしない彼女をよく見ると、小刻みに震えているのがわかった。
不思議に思い、顔を覗き込むと驚愕した表情で固まっていた。
「大丈夫ですか?」
「……あ……あぁ……っ」
ヴァルの呼吸は荒くなり、胸を抑え、膝を着いた。
過呼吸を起こし、蹲る。
その様子に、他の隊員達も彼女の元へと駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?!」
「分かりません!突然過呼吸を起こして……なっ!?」
最初に声を掛けた隊員は目を疑った。
ヴァルは突然、双剣の片方を己の胸に向けて構えたのだ。
慌ててそれを止めに入る隊員達。
「ブラック中闘士!?何をなさってるんですっ?!」
「離せっ!離せぇぇええええっ!!!」
「ご自分が何をしようとしてるのか分かってますかっ?!」
自ら命を絶とうとしている彼女を必死で押さえつける。
機転を効かせた幻術士が、ヴァルにリポーズを掛け眠らせた。
***********
不滅隊の医療室。
ベッドに横たわるヴァルの隣にガウラは座っていた。
任務中にヴァルが錯乱状態になったと連絡を受けたからだ。
任務中の報告を聞き、ガウラは考え込んでいた。
錯乱したヴァル。
恐らく、討伐間際に幻覚の術にでも掛かったのだろう。
でなければ、ヴァルが錯乱するようなことは無い。
「う……ん……」
「ヴァル、気が付いたかい?」
「?!」
目を覚ましたヴァルは、ガウラを見た瞬間に飛び起き、ガウラの両肩を掴んだ。
「ガウラッ!?大丈夫かっ?!怪我は無いかっ?!」
「ちょっ!?落ち着け!私は大丈夫だ!」
「………よ、よかった………」
涙ぐみ、肩から手を離すヴァル。
「一体、何があったんだい?」
ヴァルの様子に驚きながらも尋ねる。
「討伐対象のモンスターにトドメを刺す瞬間に、至近距離から何か術が放たれたのに気が付いたんだ。避けきれなくて、そのまま術を食らって、勢いのままそいつを討伐したんだ…、それで、モンスターの生死を確認しようと目を向けたら………」
そこまで言うと、言いよどみ、身体が震え始めた。
「そしたら…っ、そこに…ガウラが……っ………ぅっ!!」
突如、ヴァルが過呼吸を起こす。
ガウラはその様子を見て、部屋の外に叫んだ。
「誰か!誰か来てくれっ!」
その声に医療班が部屋にバタバタと駆けつけ、処置を行う。
その様子をガウラは険しい表情で見つめていた。
***********
ヴァルの症状が落ち着き、共に帰宅した2人。
ヴァルの様子は、いつになく沈んでいる様だった。
「大丈夫かい?」
「あ、あぁ……、心配かけてすまない」
弱々しい笑みを向ける彼女。
彼女が見た幻覚が、らしさを失うほどショックだったのが分かる。
「温かいものを飲めば、少しは落ち着くだろうから、今用意するよ」
ガウラがそう言って席を立とうとした瞬間、ヴァルが一瞬手を伸ばし、ハッとした様に手を引いた。
「どうした?」
「あ…いや…その……」
何か葛藤しているようなヴァル。
ガウラはそれを見て、ヴァルの傍に向かう。
「お前の見た幻覚が、本当になる事を恐れてるんだろ?」
「…………」
「今回みたいに、幻覚の術をかけられて、私を殺してしまうかもしれないことが」
「………あぁ………」
震える声で返事をするヴァルに、小さく溜め息を吐くと、ガウラはハッキリと言った。
「どんな幻覚を見ても、お前が私を殺すことは無いよ」
「……なぜ、そう言える…?」
「幻覚は、視覚と聴覚を狂わせるが、嗅覚までは狂わせない。お前は私のエーテルの匂いが分かるんだろ?」
その言葉にハッとした様に顔を上げるヴァル。
「私の傍に来れば、対峙しているのが私だと分かるはずだ。だから、大丈夫だよ。お前は私を殺すことは無い」
ヴァルの目から、涙が静かに溢れて零れる。
ガウラは彼女を抱きしめ、頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
優しく言い聞かせるように、言葉を紡ぐガウラ。
ヴァルはガウラを抱き締め返し、彼女の胸の中で静かに泣いたのだった。
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