V.里へ
「はぁ…」
ヴァルは大きな溜め息を吐いた。
手には1枚の手紙。
それは祖父から届いたものだった。
内容は"結婚をしないのか?"という内容だった。
自分がガウラとパートナーになったら、頑固な祖父が五月蝿いと思い何も伝えていなかった。
まさか未だに"結婚"を望んでいることに頭を抱えた。
「どうしたんだい?溜め息なんか吐いて」
紅茶を用意していたガウラが声をかける。
これは、彼女にも伝えなければならないと、ヴァルは決心した。
「じい様からの手紙だよ。結婚はまだかって」
「お前、もしかして伝えてないのかい?」
「あぁ。じい様は頑固でな。長いこと族長として里を仕切っていたから面倒な事になると思って伝えてなかったんだ。エタバンに参加した母上すら、伝えてないのが何よりの証拠だよ」
「で、どうするんだい?」
聞かれて、ヴァルは頭をガシガシと掻きながら面倒くさそうに言った。
「これから伝えに行こうと思う。この手紙の内容に、いい加減嫌気が差してきた」
そう言って、ヴァルは紙を用意し始めた。
「返事を書くのかい?」
「いや、母上に里に顔を出す旨を伝えるんだ」
そこで、ヴァルは何かを思いついた顔をした。
「ガウラも来るかい?」
「え?」
「ガウラにあたいが育った里を見せたい」
「良いのかい?」
「あぁ。じい様と話し合いをしてる間、母上に案内してもらうことになるだろうから、それでも良かったら」
「じゃあ、お言葉に甘えようか」
ガウラの返事に、ヴァルは少し嬉しそうに「分かった」と返した。
紙にはガウラも行くと言う旨を書き添え、小さく折り畳む。
庭に出たヴァルが指笛を吹くと、ハヤテがどこからともなく飛んできた。
その足に手紙を括り付け、「母上の元へ、頼むよ」とハヤテに言い、ハヤテを再び飛ばしたのだった。
***********
「ここが、黒き一族の里か…」
「あぁ、その辺の集落と何ら変わらないだろ?」
掟が廃止され、里に住んでる者は少ないと道中で説明されていたガウラ。
廃止前は、どのぐらいの人数が住んでいたのだろうと思った。
それを察したように、ヴァルは口を開いた。
「里にいた8割が、掟の廃止と共に母上の仕事先の斡旋や自らの意思で出ていったよ。今残っているのは年配者や、怪我の後遺症で身体が不自由な者、裏稼業以外の事に興味が無い者たちだ」
「なるほど」
そんな話をしていると、前方からヴィラがやってくるのが見えた。
「おかえり、ヴァル。ガウラいらっしゃい」
「ただいま」
「お邪魔します」
軽く挨拶を済ませると、ヴァルはヴィラに言った。
「母上、ガウラに里の案内をしてくれ。あたいはじい様の所に行ってくる」
「分かったよ。それじゃあガウラ、行こうか」
「はい。ヴァルは1人で大丈夫かい?」
「あぁ、骨は折れるだろうが、何とか言いくるめてくるよ」
そう言って、ヴァルは2人とは別の方向へと歩いて行った。
「案内、と言っても大したものは無いが、この里のことを記憶していってくれると嬉しい」
「はい、ありがとうございます」
「ヴァルから聞いて知っているところはあるかい?」
「訓練場があるのは知ってます」
「じゃあ、そこから見ていこうか」
ヴィラに案内されて訓練場に来ると、そこはかなり広さがあった。
木人以外に、訓練に使うのであろう仕掛けも多数あるようだった。
「かなり広いですね」
「あぁ。黒は白を護る使命故に戦いやらで命を落としたりする者も多くてね。その為、子供を多く産むんだ。だから必然的に訓練場も広くなった」
なるほどと納得していると、ヴィラは続けた。
「私も、本来ならヴァルの他にも子供を作ろうとは思ったんだけどね。夫が消息不明になってしまって、結局ヴァル1人になってしまった」
「そうだったんですか…どんな人だったんですか?」
「夫は黒き花でね、努力家だったよ。努力を重ねて私と渡り合える実力を持っていた。そして、大の親バカだったよ」
親バカと聞いて、思わず吹き出すガウラ。
「あ、すみません」
「いいよ、実際私も苦笑いするぐらいの親バカっぷりでね。あまりに甘やかすものだから、ヴァルは最初修行を嫌がっていたんだよ」
「あ、その話は知ってます。昔自分は不真面目だったって」
「じゃあ、修行を始めたきっかけも?」
「はい、聞いてます」
「ふふっ」
笑うヴィラに首を傾げるガウラ。
「笑ってすまないね。修行を始めたきっかけを、誰にも話してないあの子が、ガウラには話した事が意外でね」
ヴィラはそう言って、次の場所を案内した。
それは書物が置いてある建物。
鍵を開け、中に入り灯りを付ける。
「ここは?」
「ここは、黒き一族の歴史書や、白と黒の出生の記録、儀式の時に起こったトラブルの記録等、両一族に関するものがある書物庫だ」
本棚を軽く眺めていると、一際古い手記を見つける。
「これは?」
「それはカ·ルナ様の手記だよ。内容はニア様に出会った経緯から子供が生まれた後までの内容だ」
「へぇ~…」
「そういえば、アリスもこの書庫に入った時にこれを見ていたな。何か惹かれるものがあったのかもな。良かったら手に取って見てみるといい」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
ガウラは手記を手に取り、内容を読み始めた。
そして、あるところでページをめくる手を止めた。
そこは、ルナがニアに対して"ずっと護り続けたい"と気持ちを表している部分だった。
「その部分が気になるのかい?ガウラも女の子だねぇ」
「あ、いや。恋愛感情って様々だなぁ…と」
「そうだね。一重にこれだって言う正解は無いからね。でも、共通していることがあるとすれば、一緒にいたいって気持ちかな」
「なるほど…」
ガウラは少し考え込んだようにヴィラに尋ねた。
「お義母さんはどうだったんですか?」
「私かい?私は告白されてから意識したかな」
ヴィラは懐かしそうに目を細めた。
「彼が武力が伸び悩んでいた時に声をかけて、トレーニングプランを考えてやったのが一緒にいるようになったきっかけだったな」
「へぇ~」
「告白された時に、こんなに真面目で真っ直ぐな奴だったら良いかなと、付き合い始めたんだ。ヴァルが産まれたら親バカ炸裂、甘やかしすぎて困ったよ」
「ふふっ」
ヴィラの言葉に、アリスを思い出し、思わず笑う。
「でも、目標を見つけたら流石は夫の子だなぁと思ったよ。父娘揃ってオーバーワークは当たり前、静止するのが一苦労だった」
苦笑しながら語るヴィラ。
「さて、そろそろ次に行こうか。次の場所は、ガウラには少々酷な場所かもしれない」
「?」
首を傾げながらヴィラについて行くガウラ。
たどり着いたのは周りにニメーヤリリーが咲き誇る石碑だった。
「これは?」
「これは慰霊碑だよ。儀式の失敗で亡くなった者達の」
「!?」
一瞬、ガウラの表情が強ばった。
「ここには白も黒も関係なく眠っている。儀式の最初は想定内のトラブルだった。白の者達はそれを"咲き乱れる"と言っていた。だが、突然の妖異大量出現で、我々は対処しきれず、多くの犠牲者を出してしまった。そして、私も判断ミスをしてジシャは消え、お前は片目を失った…」
ヴィラはそう言うと、ガウラに頭を下げた。
「全ては指揮をしていた私の失態だ。ガウラ、本当にすまなかった」
「いや、そんなっ、頭をあげてくださいっ」
突然の謝罪に慌てる。
「私はずっと後悔してきた。儀式に向かう人選も、ヴァルを連れていけば結果は違ったものになっていたかもしれない」
「何故、そう思うんです?」
ガウラの問いにヴィラは頭を上げ、暗い表情で答えた。
「私は儀式の場で瓦礫に体半分埋まってしまったジシャを見て、冷静さを欠いた。妖異を始末するために斬りかかったが、妖異の狙いはヘラで、瞬間移動してヘラの目を抉った…。あの場にヴァルが居れば、そんな事にはならなかった。あの子はヘラを護ることを第一に考えるからね」
ヴィラは、自分の掌を見つめる。
「目的の為なら手段を選ばず、時には仲間すらも見捨てなければならない裏稼業をしてきたと言うのに、実力のある娘を安全な場所に待機させた。それは今後の里の為もあったが、私は娘を失うのが怖かったのかもしれない」
「そうですね…ヴァルは、私を護る為なら命を省みないところがありました…けど」
「けど?」
「今は大丈夫だと思います。ヴァルは約束してくれました。私より後にも先にも死なないって」
「そうか…あの子がそんなことを…」
その言葉を聞いて、ヴィラの顔に小さく笑みが浮かぶ。
「ふふっ」
「?」
「命に変えても護ると豪語していたあの子が、変わったなぁと思ってね。これもガウラの為なんだろうね」
「!!」
言われて顔が赤くなるガウラ。
それを見て「ふふっ」と笑う。
「さて、そろそろ話し合いも終わってる頃だろう。広場に案内する」
「はい」
***********
ヴィラがガウラを案内している頃、ヴァルは祖父と対峙していた。
祖父は強ばった表情でヴァルに尋ねた。
「ヴァル、今、なんと申した?」
「だから、あたいはガウラとエタバンをして伴侶になったんだ」
足と腕を組み、しれっと言い放つヴァルに、祖父はわなわなと震えていた。
「お主、何を言ってるか分かっておるのかっ?!」
「大きな声を出さないでくれ。ちゃんと聞こえてるし、自分の言ってることは理解している」
表情1つ変えずに答えるヴァル。
「何が問題なんだ?掟は廃止された。なら、あたいがガウラと一緒になっても問題は無いだろう?」
「だからと言って、寄りにもよってリガンの者と伴侶になるのはっ」
「それはアリスにも言えることだろう?あいつの素性が分かったのは、ヘリオと伴侶になった後だが、掟を考えれば無理矢理にでも関係を解消させなければならなかったんじゃないのか?」
「うっ……」
「男同士は子供が出来ないから黙認したのか?それならあたい達にも言えることだ」
「儂はっ……お前に幸せになってもらいたくて……」
祖父のその言葉に、ヴァルは眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「前にも言ったはずだ。あたいはガウラの傍に居るのが幸せだと。掟でしか傍にいられなかったのが、その廃止により、永遠の絆を誓い合えた。これ以上の幸せは、あたいには考えられない」
ヴァルは真っ直ぐ祖父を見据えて言った。
「じい様の言う“幸せ”は、あたいが男の伴侶を迎え、子供を産む事だろ?それは“あたいの幸せ”じゃない。“じい様の幸せ”だ」
キッパリと言われ、ハッとする祖父。
その表情に溜め息を吐きながら続けた。
「愛していない男と伴侶になり、子を育むのが幸せだとじい様は思うのか?」
「い、いや……儂は、お主が愛する相手と……」
「なら、問題ないだろ?あたいが心から愛しているのはガウラだけだ。それは昔から変わらない」
「………いつから…いつからなのだ……」
絞り出すように訪ねる祖父に、ヴァルは胸に手を当てて答えた。
「じい様は知らなかっただろうけど、あたいはヘラが赤ん坊の頃から知っていた。最初は可愛い、仲良くなりたいと言う気持ちだった。あたいも子供だったからね。だが、“ガウラ”を見つけ、彼女が誰にも弱音を吐かず、人知れず泣いている彼女を見て、あたいの持っていた感情が恋愛感情だと気付いた」
ヴァルの表情は、祖父すら見たことの無いほど穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
「あたいはその時から、使命関係なく、ガウラの全てを支え、護りたいと思った。命だけじゃなく彼女の心も…。それが出来る関係になった今、あたいはこの上なく幸せなんだ」
心の底から幸せそうな顔を見て、祖父は「……そうか……」と弱々しく答えた。
ヴァルの本音を、嫌でも理解せざるえなかった。
「じい様の望む形は出来ないのは申し訳ないが、これはあたいの人生だ。それに…」
「それに?」
「あたいは男は好かない」
その言葉に少し驚いた顔をする。
「ザナはどうなのだ?」
「あいつは幼なじみだ。ずっと好意を持ってくれていたが、やはり恋愛対象にはならなかった。むしろ、あいつのお陰で男に嫌悪感を抱かずに済んだ程度だ」
「………」
複雑そうな顔をする祖父を見て、小さく笑う。
「じゃあな。あたいの言いたいことは終わった。実はガウラも里に連れてきているんだ。きっと母上と待ってる」
「ま、待てっ!」
「まだ何か文句があるのか?」
「ち、違う!い、一応、孫の伴侶だからな…挨拶ぐらいはせねば……」
慌てたように答える祖父に「そうか」と言い、ヴァルは家を出る。
それについて行く祖父。
家を出て広場の方を見ると、そこにはヴィラとガウラの姿があった。
「ガウラ!」
名前を呼ぶと、こちらに気づき、手を上げる。
そのまま真っ直ぐ彼女の元へと向かう。
ヴァルの後ろにいる祖父を見て、ガウラは安心した様に言った。
「無事に話し合いは終えたみたいだね」
「あぁ」
そんな2人の前に、祖父が近寄り声をかける。
「お主がヘラ…いや、ガウラか」
「はい」
「お初にお目にかかる。儂はヴァルの祖父、アヴィと申す」
「初めまして、ガウラ·リガンです」
お互いにお辞儀をして挨拶をする。
「ふつつかな孫ですが、これからも宜しくお願い致します」
「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します」
そんな様子を見て、ヴィラがヴァルに問うた。
「よくじい様を納得させられたな」
「なに、あたいのガウラに対する気持ちを赤裸々に語っただけだよ」
「はい?」
ヴァルの言葉に、思わず反応するガウラ。
「何を言ったんだい?!」
「愛してるのはガウラだけだと言うことを、懇々と語っただけだよ」
「っ?!」
真っ赤になるガウラ。
それを見て、ヴァルとヴィラは小さく笑った。
「そろそろお昼だね。ガウラ、良かったら昼食を食べていかないかい?」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
そうして、昼食を摂る為に3人はヴィラの後をついて行ったのだった。
0コメント