V.近づく距離
ヴァルは自室で、服を着替えながら今日の出来事を思い返していた。
「……ガウラに見せてはいけない状態を見せてしまったな…」
攫われたガウラを、ヨルに乗って上空から探していた時に、男の怒鳴り声で場所を特定した。
ヨルから飛び降り、目にした光景に全身の血の気が引いた。
怒りを通り越し、行き着いた感情は殺意だった。
あの時、自分は酷い顔をしていただろう。
そして、男に拷問まがいの事をして殺した。
「…色々とトラウマになっていなければいいが…」
服を着替え終わり、髪を整え、部屋を出た。
少し気持ちを落ち着かせようとキッチンに向かい、ホットミルクを作り始める。
その途中、着替えを終えたガウラもリビングへと降りてきた。
出来上がったホットミルクを無言で手渡し、向かい合わせに座って口にする。
ガウラに隣に座るように言われ、それに従うと抱きしめられた。
そのガウラの行動に、あんな姿を見せた自分が拒絶されていないと知り、安堵した。
その後、軽く夕飯を摂り、就寝する為に各々部屋へ戻った。
だが、妙に目が冴えてしまって寝れそうにない。
「はぁ…仕方ない、少し魔法の知識を頭に入れるか…」
そう呟いて1冊の本を取り、デスクに向かう。
椅子に腰かけ、本に目を通し始める。
それから少し時間が経った頃、廊下から声がした。
「ヴァル、起きてるかい?」
「起きてるよ、どうした?」
そう答え、そちらに顔を向けると、ガウラは部屋に入ってきた。
「あ、邪魔したかい?」
「いや、目が冴えてしまっていてな、眠気が来るまでと思って本を読んでたんだ。ガウラはどうしたんだ?」
「私も、なんか寝付けなくてさ…」
無理もないだろう。
あんな事があった後だ、簡単に眠れるわけが無い。
ヴァルは本を閉じ、ガウラの元に向かう。
「じゃあ、一緒に寝るか?」
「…いいのかい?」
「あぁ、一緒ならあたいも寝れそうな気がする」
そう言うと、ガウラは小さく笑った。
「ガウラの部屋に…」
「この部屋でいい」
「…そうか」
ガウラに微笑み、2人でベッドに向かう。
横になると、ガウラが体を密着させるように擦り寄ってきた。
「ガウラ、頭を少し浮かせてくれるか?」
「うん?」
素直に従うガウラ。
浮かせた頭の下に、ヴァルは腕を滑り込ませた。
「腕枕。この方がくっつけるだろ?」
「腕、痛くないかい?」
「平気だ」
そう言って、ガウラを抱き寄せる。
少し恥ずかしそうだが、安堵の表情をするガウラ。
「おやすみ、ガウラ」
「おやすみ、ヴァル」
そう言葉を交わし、お互いに目を閉じる。
すると、十分もしない内にガウラから寝息が聞こえ始めた。
その寝顔に、自分が彼女の安心出来る存在である事が分かり、顔が綻んだのだった。
**********
翌日、2人が目覚めたのは昼頃だった。
なんの予定も無いとはいえ、こんな時間まで寝過ごしたのは、ヴァルには初めてだった。
"おはよう"と挨拶を交わし、着替え、キッチンに向かう。
朝兼昼の食事を作ろうとエプロンを装着した所で、ガウラが声をかけてきた。
「なぁ、傍で見ててもいいかい?」
「あぁ、構わない」
いつもの様に料理を始める。
その手際の良さに、感心した様子で覗き込むガウラ。
そして、時々ヴァルに視線を向ける。
その視線に気付いたヴァルは、ガウラに視線を合わせ小さく微笑むと、なんだか満足するようにガウラは笑みを浮かべる。
料理が完成するまで、何度かそれが続いた。
そして、食事の時はいつもと変わらず美味しそうに料理を口に運ぶガウラ。
食事が終わり、食後のお茶を用意しようとすると、ガウラが用意すると言い出した。
その言葉に甘えて席で待っていると、コーヒーを入れて持ってきた。
そして、ヴァルの前にコーヒーのカップを置くと、彼女の隣に座った。
いつもは向かい合わせに座るガウラが隣に座った事に少し驚いたが、こんな日があっても良いかと納得した。したのだが。
普段、そんなにベタベタしない関係だったのが、今日はやたらとガウラの距離が近かった。
現に今も、ガウラはヴァルの隣で肩をくっつけていた。
「珍しいな、こんな積極的なんて」
そう言うと、ガウラは少し気恥ずかしそうに言った。
「いや、その、なんて言うか、ちょっと落ち着かなくて…、くっついてた方が安心するって言うか…」
(あぁ、そうか)
昨日の今日だ。笑顔を見せてくれてるとはいえ、心の片隅に不安と恐怖が残っているのだろう。
「嫌かい?」
「いいや、むしろ嬉しいよ」
優しく微笑むと、ガウラは恥ずかしそうにモジモジしていた。
(あぁ、可愛い…)
肩を抱き寄せると、両腕をヴァルの体に周し、抱きついてきた。
優しく抱きしめ返し、頭を撫でていると、不意にガウラが顔を上げてこちらを見上げる。
そして、両手でヴァルの顔を包むように挟み、彼女は唇に口付けた。
予想外の行動に、目を見開き固まる。
唇が離れると、少しイタズラっぽい笑みを浮かべるガウラ。
(…あたいの反応を見て楽しんでるな)
やられっぱなしはフェアじゃない。
ヴァルはガウラを強く抱き締め、口付けを返した。
それは、ガウラがしたような触れるだけのキスではなく、ディープなキスだった。
「んんーーーっ!???」
驚いてジタバタするガウラ。
だが、ヴァルは簡単には離さない。
ガウラの慌てる様子を堪能してから、彼女を解放する。
「ぷはっ!!ヴァっ!なっ?!」
口を抑え、顔を真っ赤にして未だに混乱している様子を見せる彼女に、ヴァルはクスリと笑った。
「あまりに積極的だから、誘惑してるのかと思ったが、違ったか?」
「……っ」
ヴァルの表情に、仕返しをされたと理解したガウラは、顔を真っ赤にしたまま睨んだ。
「それとも、大人なキスはガウラには刺激が強かったか?」
少し煽るように言うと、ガウラは少しムッとした顔をした。
これは負けん気に火が着いた顔だ。
「そんなこと……わ、私だって……っ」
自分も出来ると言わんばかりに言い返しているが、恥ずかしさや照れが強いのだろう、言葉は尻すぼみになっていた。
「そうなのか?じゃあ、今度はガウラからしてくれないか?」
「っ?!」
挑発的に言うと、ガウラは赤い顔のまま、息を飲んだ。
だが、売られた喧嘩は買う性格の彼女がここで引く訳もなく、覚悟を決めたようにヴァルに口付けた。
初々しさを感じるディープキスに、ヴァルの中にある愛おしいと言う気持ちが大きくなる。
その気持ちが最高潮に達した時、唇が離れた。
その瞬間、口寂しさと物足りなさを感じ、思わず言葉が零れた。
「ガウラ、もっと…」
その表情はなんとも言えない色気を纏っていて、ガウラの顔はいっそう暑くなった。
「そ、その顔は…ズルいだろ…」
恥ずかしそうに俯くガウラ。
「どんな顔だ?」
「色っぽい…」
「そんな顔になったのは、相手がガウラだからだ」
ヴァルはそう言うと、ガウラの顎を片手でクイッと上げた。
視線がぶつかる。
彼女の大きな瞳に映った自分の顔は、確かに色気を纏わせていた。
「あたいの顔が、自然にこうなる事は今までなかった」
そう言って、ガウラに短いキスをする。
「だから、あたい自身も知らない顔を、もっと暴いてくれ」
ヴァルの色気を纏う切なそうな表情に、ガウラは陥落した。
そして、再びガウラからヴァルにキスをした。
今度は互いを求め合うように、長いキスだった。
その日から、2人きりの時は、以前に比べて触れ合うスキンシップが多くなったのだった。
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