V.幻想の姿とヴァレンティオンと乙女心
「ただいま」
「おかえり!」
ギルドの依頼を終えて帰宅したヴァル。
それを迎えた声は、期待したものとは違った。
声色だけ聞くと、パートナーであるガウラの弟、ヘリオの声に似ていた。
首を傾げていると、リビングから出てきた人物は、ヴィエラ族の男。
白銀にオレンジのメッシュの入った髪、白い肌。
特徴的な金と白のオッドアイ。
パッと見、ヘリオがヴィエラ族になったような姿だった。
固まったヴァルに対して、相手はニコニコしている。
エーテルの香りがしているので、恐らく彼がガウラなのだろうと予測がつくが、念の為エーテル視で確認する。
確信が得られたところで、やっとの事で口を開いた。
「ガウラか」
「さすがに気づくか」
「まぁな、判断の仕方はいくらでもあるからな」
少し残念そうな笑顔をしているガウラ。
恐らく驚かせようとしたのだろうと察しは付いた。
「幻想薬か」
「あぁ、この前街中でモーグリから貰ってね。せっかくだから使ってみたんだ」
「そうか」
ヴァルはそのままリビングへと向かう。
「今日はシチューか?」
「あぁ。シチューとサラダとパン。あと1品足したいんだけど、思いつかなくてね」
「じゃあ、その1品はあたいが作る」
「頼んだよ」
状況確認が済んだヴァルは、自室へ向かい、荷物を置き、着替えて戻ってきた。
エプロンを着け、料理を始める。
出来上がったのは、サーモンのムニエルだった。
テーブルに料理を並べ、食事を始める。
そして、ガウラは違和感を感じた。
その違和感に首を傾げながらヴァルを見つめていると、ふと目が合った。
すると、ヴァルは表情を変えずに目線を逸らした。
違和感の正体はこれだった。
いつもなら、目が合えば優しく微笑むヴァルが、気まずそうに視線を逸らす。
その状況にモヤモヤしながら食事を終えると、いつもの様にヴァルの隣に座り、食後のティータイム。
相変わらず、ヴァルとは視線が合わない。
パッと見る限り、ヴァルの筋肉が硬直してるようにも見えた。
「なぁ、ヴァル」
「なんだ?」
「どうしてこっちを見ないんだ?」
「……気のせいだろ」
シラを切るヴァルに、ガウラは問い詰める。
「気のせいじゃない。目が合っても逸らされるし、今もこっちを見ないじゃないか」
「…………」
ヴァルの態度に少し苛立ちを覚えたガウラは、ヴァルの顔を無理矢理自分に向けさせた。
「こっち見ろ!」
「はにゃっ?!」
「?!」
聞いた事のないヴァルの悲鳴に、ガウラは驚く。
真っ赤なヴァルの顔。
顔を抑えている手から、熱を感じる。
目だけ視線を逸らすヴァルの表情は、いつか見た乙女の顔だ。
(ほーん)
何故、ヴァルが顔と視線を合わせないか察しが着いたガウラは、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なんで、そんな頑なにこっちを見ないんだい?」
「そ、それは……」
「言わなきゃずっとこのままだぞ?」
「……言えば離してくれるのか?」
「あぁ」
そう言うと、ヴァルは覚悟を決めた様に口を開いた。
「…お前が男になったら、理想過ぎて、直視すると心臓が壊れそうになるんだ…」
「ふーん?この顔が理想なのかい?ってことは、ヘリオもタイプなのかい?」
「あいつはガウラじゃないだろ。顔はソックリでも、ガウラじゃないなら論外だ。もういいだろ、離してくれ…」
ヴァルの瞳が心做しか潤んでいるのを見て、ガウラは彼女を解放した。
ホッとしたようにそっぽを向き、両頬を抑えるヴァル。
その様子が可愛く見えるのは、贔屓目なんだろうか?
もっとヴァルの反応を見てみたくなったガウラは、ヴァルに声をかける。
「なぁ。私はヴァルの顔をちゃんと見て話をしたいんだが」
「…うっ」
「だめかい?」
少しねだるように尋ねると、ゆっくりとこちらを向くヴァル。
上目遣いで赤面し、困ったような表情。
悪戯心で、ヴァルに軽く口付けた。
すると、ヴァルの身体はビクッと一瞬跳ねたかと思うと、キャパオーバーを起こしたのか意識を失った。
「なっ!!ヴァルっ!?」
倒れるヴァルを慌てて抱きとめるガウラ。
ヴァルを見ると、のぼせ上がった状態だった。
「やり過ぎたか…、それにしても…」
普段、余裕を感じられるヴァルが、こんな風になるのは初めてだ。
「ふふっ、可愛いね」
自分の一挙一動で、ペースを乱されたヴァルが愛おしいと感じる。
とはいえ、ヴァルをこのままにしておけないので、抱き抱えて彼女の部屋へ運び、ベッドに寝かせた。
***********
翌日、目を覚ましたヴァルは頭を抱えた。
まさか自分が気を失うとは思っていたかったのだ。
そして、昨晩はシャワーを浴びておらず、化粧も落としてない状態。
肌のコンディションを整える為、直ぐに浴室へ向かい、シャワーを浴びる。
髪を乾かし、化粧水パックし、乳液で仕上げをし、髪の毛をヘアオイルでヘアケア。
化粧は後回しにして、朝食を作りにリビングへ。
調理をしていると、ガウラが起きてきた。
「おはよぉ~」
「おはよう」
チラッとガウラを見ると、相変わらずの寝癖。
だが、顔を見てしまうと心臓が早鐘を打ち始めるので直ぐに目線を作業している手元に戻す。
「もうすぐ出来るから、座って待ってろ」
「…ふぁ~い」
欠伸をしながら返事をするガウラ。
朝食が出来、食べ始めると、次第とガウラがしっかりと目覚める。
すると、おもむろにガウラは口を開いた。
「そうだヴァル」
「なんだ?」
「今日はグリダニアに行かないかい?」
「別に構わないが…何かあるのか?」
「ヴァレンティオンの時期だから、たまにはデートでもどうかと思ってね」
「ぐっ…!ごほっ!ごほっ!!」
「ちょっ!?大丈夫かい?!」
デートの言葉に動揺してむせる。
水を飲んで落ち着くと、深呼吸をした。
「ま、まぁ、たまにはそんなのも良いか」
真っ赤な顔でそっぽを向きながら答えるヴァルに、小さく笑う。
「じゃあ決まりだな。食べ終わったら準備しよう」
「あ、あぁ…」
食事が終わると、着替えの為に各自自室へと向かった。
ヴァルは、いつもの化粧をした後、3着服を並べる。
1着はカジュアルな物
もう1着は少し飾り気のあるもの
最後は気合いの入っているようなオシャレな物だ。
並べた服の前で、腕を組んで思考を巡らす。
(ガウラはデートと言っていたが、どの程度の感覚で言ったのかが分からないな…)
普段通りならば、カジュアルな物で良いだろう。
だが、デートの言葉の本気度次第では場違いになる可能性がある。
いつもは、会話の時の表情で分かるのだが、今は顔を見ることが困難な状態で判断がつかなかった。
3着の服と睨み合っていると、声をかけられた。
「ヴァル、入って良いかい?」
「どうぞ」
声の方を向くと、カジュアルな服装のガウラ。
「どうした?」
顔を見ずに尋ねる。
「髪型を直してもらおうと思ってさ」
「分かった」
今や当たり前になった寝癖直しと化粧。
最初の頃は難色を示していたガウラだが、現在は受け入れている程だ。
「ヴァルは何をしてたんだい?」
「服を選んでた。でも、ガウラの服を見て決まった」
そう言って服を片付ける。
片付けられているオシャレな服を見て、ガウラは小さく笑った。
ヴァルがデートの言葉を意識していたことが分かり、可愛くて仕方なかった。
「なに笑ってるんだ?早くドレッサーの前に座れ」
「はいよ」
ガウラが座ったことを確認し、道具を広げ、髪型をセットする。
そして、手際よく化粧を施した。
「ありがとう!」
「礼には及ばない。これから着替えるから下で待っててくれ」
「あいよ」
ガウラの姿が見えなくなると、ヴァルは着替えを始める。
それが終わると、深呼吸をして部屋を出たのだった。
************
ヴァレンティオンのせいか、いつも以上に人が多く行き交うグリダニア。
賑わっている空気を楽しんでいるガウラと、俯き加減で歩くヴァル。
「いつもの事ながら、イベントがあると賑やかだねぇ」
「そ、そうだな…」
そう返事してチラリとガウラを見ると、目が合った。
咄嗟に目を離し、赤面しながら胸を抑える。
そのヴァルの様子に、ガウラの口角が少し上がった。
(乙女だねぇ)
顔をしっかり見て話せないのは少し残念だが、いつもと違う余裕の無い様子のヴァルが新鮮で、これはこれで良いかと思い始めていた。
ミィケット野外音楽堂に差し掛かった時、ヴァレンティオン実行委員から声をかけられた。
悩みを抱えてる人がいるらしく、その人の手助けをしてくれと頼まれ、それを受けることにした。
その人は、以前ある女性と薔薇を育てていたが、ある日女性が姿を消した。
その女性を探して欲しいとの事だった。
なんやかんやあり、無事に問題を解決した2人は帰路に着いた。
「まさか、目の前でプロポーズを見ることになるとは思わなかったね」
「そうだな」
ラベンダーベッドに向かって歩きながら、今日の出来事を話す。
「そういえば、私等はプロポーズらしいプロボーズはなかったよな?」
「…そうだな。あの時は直前にあった出来事も相まって、あたいが強引にエタバンに持っていったからな」
どうやら、ヴァル自身も強引だったことは自覚していたらしい。
「だよなぁ。それじゃあさ、改めて私からプロポーズさせて貰おうかな」
「……はい?」
ガウラの突然の提案に、理解が追いつかないヴァル。
それに構わず、ガウラは真っ赤なバラの花束を取り出した。
「花束なんていつの間に…」
「問題解決した時に、報酬として貰ったんだよ」
そして、ヴァルの前で跪いた。
「これからも、ずっと一緒に居てください」
その瞬間、ヴァルはよろけたが、何とか体制を整えた。
「だ、大丈夫かい?!」
「……だ………」
「え?」
両手で顔を覆い、俯いているヴァル。
上手く聞き取れず、聞き返すと震えた声が返ってきた。
「…もうやだぁ……いつものガウラがいいぃ…」
「へ?」
幼い話し方と言葉に、戸惑うガウラ。
ヴァルは肩を震わせながら続けた。
「あたいだって、ガウラの顔をちゃんと見て話したいぃ」
「あ…うん…」
「顔見ると胸が痛いぐらいにドキドキするから見れないのがいやだぁ…」
しゃくり上げながら言うヴァルは、泣いている子供の様だ。
これがヴァルの限界の姿なのだろう。
少し面白がって行動していたことに少し罪悪感が湧いた。
「ヴァル、ごめんよ」
そう言ってそっと抱きしめた。
「幻想薬が手に入ったら直ぐに戻るから、それまでは我慢してくれるかい?」
「……うん……」
きっと彼女の事だ。
ガウラの意志を尊重したい気持ちがあるのだろう。
今すぐ戻ってくれと言わない所が健気だなと思う。
ガウラはヴァルを落ち着かせるように背中を優しく撫でていると、突然叫び声が聞こえた。
流石のヴァルも驚いて、2人で声の主を見ると、そこにはザナの姿があった。
その顔は顔面蒼白だが、怒っているようにも見えた。
「ヴァル!お前!ガウラというものがありながら、浮気なんてしてたのかっ!?」
「はぁっ?!」
ザナのトンデモ発言に、ヴァルも声を上げる。
ガウラは思わず吹き出し、笑いを必死に堪えている。
「あたいがいつ浮気したって?!」
「今だよ今!ヴィエラ族の男に抱きしめられてるなんて、浮気以外の何者でもないだろ?!」
「はぁ…、お前はバカだと思ってたけど、ここまでバカとはな… 」
「はぁ?!どういうことだよ!?」
「エーテル視使って見てみろっ!」
ヴァルの言葉に怪訝な顔をしながらも、従うザナ。
すると、みるみる表情が強ばった。
「え……ガウラ?」
そこで、ガウラは我慢の限界が来て笑った。
「あははっ!そうだよ!誤解させてすまないね」
笑いながら答えると、ザナは大きく溜め息を吐いた。
「もー、驚かせるなよぉ」
「お前は、あたいが浮気するような尻軽だって思ってたんだな?」
「いや…そうじゃないけど…その…ごめん!」
勢いよく頭を下げて謝る。
「ヴァル、許してやりな?誤解しても仕方ないさ」
「ガウラがそう言うなら……」
渋々と言った感じでザナを許した。
そして、また2人きりになった。
「落ち着いたかい?」
「ん?あぁ。みっともないところを見せたな…」
少し気恥しそうに答えるヴァル。
「それで、話を戻すけど。プロポーズの返事は?」
なんの含みもなく軽く尋ねる。
「まだ、あたいをからかってるのか?」
「いや?純粋に聞いてるだけだよ?」
「……あたいの答えなんて、分かりきってるだろ」
「まあね。でも、ちゃんとヴァルの口から聞きたいな」
そう言うと、ヴァルはチラリとガウラを見て深呼吸をした。
「…お前が嫌だと言わない限り、ずっと一緒にいるよ」
そう答えたヴァルの顔は、予想通り真っ赤だった。
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