V.湧き上がる激しい感情
ウルダハのマーケット。
都市内エーテライトがある小さな広場に人集りが出来ていた。
集まっているのは様々な種族の女性達。
そして、その中心にいるのはヴィエラ族の男2人組。
幻想薬で姿を変えた、ガウラとヘリオだった。
女性達は2人に、デートのお誘いを口々に投げかけている。
「ごめんよ。人を待たせてるから」
困った笑顔で対応するガウラ。
それとは対照的に、眉間に皺を寄せているヘリオ。
何故こんなことになっているかと言うと、2人は互いのパートナーを連れてウルダハで合流し、二手に分かれてギルドの依頼をこなす事となったのだ。
依頼を終えて、ギルドに報告する為に、パートナーとの待ち合わせ場所に向かおうとした時、1人の女性に声をかけられたことがきっかけで、我先にと女性が集まってきてしまったのだった。
当たり障りなくお断りをするガウラは、そんな女性達を見て“最近の女性は積極的なんだなぁ”なんて呑気に考えていた。
そして、ふと自身のパートナーを思い出す。
この姿になってから、まともに目線が合わせられなくなったパートナー。
目線が合えば、赤面して素早くそっぽを向いてしまう。
それとは対照的に、群がっている女性達は自分の顔をしっかりと見つめている。
(最近、全然顔を見て話してないな…)
そう思ったら、少し寂しく感じた。
「おい」
考えにふけっていると、唐突にヘリオに声をかけられた。
「ん?」
「走るぞ!」
「えっ?!」
ガウラの手を掴み、人集りを掻き分け走り出すヘリオ。
彼の機転によって、人集りから脱出した。
***************
「遅いですねぇ」
「そうだな…」
冒険者ギルドの建物の前で、アリスとヴァルはパートナーを待っていた。
「何かあったんですかね?」
「さあな。だが、あの二人なら大丈夫だろ」
こちらも、ギルドの依頼を終えて集合場所に来たのだが、待てど暮らせどパートナーがやってこない。
その間沈黙が続き、気まずくなったアリスは、なんとか間を持たせようと話を振るが、簡潔に返され会話が続かない。
「………あ!そういえば、今回は珍しいですね」
「何が?」
「二手に分かれるってなった時、ヴァルさんはいつもの様に義姉さんと組むと思ってたのに」
「…………」
班分けの時に、“あたいはアリスと組む”と即答して、戸惑うアリスの襟首を掴んで、素早く行動を開始した。
それが、アリスにとって不思議でならなかったのだ。
「もしかして、義姉さんとケンカでもしたんですか?」
「何故そう思う?」
「いや、なんか2人の雰囲気がいつもと違うなぁって思ったんで…」
(こいつは余計なところで勘がいいな…)
小さく溜め息を吐いて、ヴァルは素っ気なく答えた。
「ケンカはしてない」
「そうなんですか?でも…なんか余所余所しさを感じ……」
「余計な詮索をするな。こっちはこっちで色々あるんだ」
ピシャリと言われて押し黙るアリス。
再び気まずい沈黙が流れる。
アリスは落ち着かず、キョロキョロと辺りを見渡していると、マーケットの方面から走ってくるパートナーを見つけ手を振った。
「すまない、遅くなった」
「何があった?」
謝るヘリオに、ヴァルが彼を見ながら質問する。
それに答えたのはガウラだった。
「いやぁ、女の子達に囲まれちゃって」
「はぁ…」
ヘラヘラと笑うガウラに、溜め息を吐くヘリオ。
「まぁ、ヴィエラ族の男はモテるからな…」
ガウラにそう返すヴァルは、顔を背けている。
「モテる………、なんか嫌だなぁ…」
「なにがだ?」
「ほら、いつかみたいにストーカーが現れたら嫌だなぁって…」
「あ~……」
モテるのも良い事ばかりじゃないという経験から、不安に駆られるアリス。
そんなアリスに、ヴァルは目線だけを向け、口を開いた。
「あれは、お前が最初にハッキリと相手に牽制しなかったのが原因だろ」
「えっ!?なんで知ってるんですか?!」
「お前と接触する前まで、誰がヘリオの護りをしてたと思うんだ。知ってて当然だろ」
そんなやり取りをしているヴァルを、じっと見つめるガウラ。
アリスに視線を向けられるのは分かるが、自分と顔が変わらないヘリオとも顔を合わせて話していることに、モヤモヤがつのる。
とりあえず、ギルドに報告を済ませようとなり、建物の中へ移動して報酬を受け取る。
時間もいい時間なので、そのまま昼食を摂ることなった。
食事中も、ヴァルの目線はヘリオとは合うのに自分と合わないことに、徐々に苛立ちを覚え始めた。
そして、食事が終えると、ガウラはヴァルの手首を掴んだ。
「っ?!」
「ヘリオ、アリス。ちょっと別行動させて貰うよ」
「へ?!あ、はい!?」
「………」
唐突な行動に、驚きながら返事をするアリスと、やれやれと言った顔で肩を竦めるヘリオ。
早足で進むガウラに手を引かれ、戸惑うヴァル。
人気のない通りに着くと、ヴァルは壁に背中を押し付けられ、ガウラは壁に勢いよく手をついた。
その行動に、一瞬ビクッとヴァルの身体が震えた。
壁に追い詰め、向き合っているのに、相変わらずヴァルの顔は自分を見ない。
「なぁヴァル」
「な…なんだ…」
「なんで、顔を見てくれないんだ?」
いつもより低い声で尋ねるガウラ。
いつもと雰囲気が違う。
「理由は…分かってるだろ…」
「じゃあ、なんでヘリオは見れるんだ?」
「ま、前にも言っただろ。いくら顔がソックリでも、ガウラじゃなきゃ論外だって…」
分かっている。
ヴァルが自分だけを特別に見ていて、この姿が刺激が強すぎて平常心が保てないこと。
だが、自分だけに顔を向けてくれない状況と、他の女性は顔を向けてくれていた事が重なり、感情が抑えられなくなっていた。
「……ヴァル」
彼女の耳元で静かに口を開く。
「お前が他の奴と顔を見て話してると…」
そのままゆっくりヴァルの首筋に顔を落とす。
「なんとも言えない気持ちになる…」
そして、首筋に唇を押し付けた。
「あっ…ぃやっ…」
いつか聞いた甘い声。
ヴァルは思わずガウラの肩を押すが、力が入っていない。
ガウラを拒絶しようとする行動が、彼の苛立ちを加速させた。
口付けていたその首筋に、思い切り歯を立てた。
「痛ぅあっ…」
突然襲った痛みに、小さく悲鳴をあげるヴァル。
彼女の声にハッとし、口を離す。
首筋にはくっきりと歯型が着いていた。
その痕は、彼女は自分の物だと証明している様で、なんとも言えない優越感が沸き起こる。
その衝動のままに、痕より少し上に強く口付ける。
「んあっ…ガウ…ラ…っ」
なんとか彼と身体を離そうと、手に力を込めるがビクともしない。
それがガウラの気に触ったのか、ヴァルは両手首を掴まれ、壁に押し付けられ、両足の間には彼の片足が割り込み、完全に身動きが取れなくなってしまった。
ヴァルの首筋に2種類の痕を着けた彼は、彼女を見る。
ギュッと閉じられた瞼から、一筋の涙が零れ落ちてきていた。
その涙すら自分のモノにしたくなり、口付ける。
「ヴァル…、僕を見て…」
ヴァルは小さく首を横に振る。
「強情だな……」
そう言うと、片手でヴァルの顎を掴み、乱暴に自分に向けさせる。
驚きで目を開いたヴァル。
飛び込んできたのは、冷たく見下ろす彼の顔。
だが、ヴァルにとってはその表情すら刺激が強く、顔の熱が更に上がった。
「ふーん。僕が怒ってても、そんな可愛い顔するんだね」
冷たい目のまま口角が上がる様子は、ヴァルの全身の毛を逆立たせた。
「ガウ…ラ…」
「ヴァルは、僕だけ見てればいいんだよ」
そう言うと同時に、勢いよくヴァルの口を自分の口で塞ぐ。
「んんーーーーーっ!!!!?」
塞がれると同時に、彼女の口内に彼の舌が入り込み、乱暴に舌が絡まる。
激しい独占欲と、新たに沸いた征服欲。
慣れない感情に突き動かされ、貪るようにヴァルを翻弄する。
「んんっ!…ガウ…んぅっ!…ふっ!」
荒々しい口付けから逃れたくても、顎をしっかり掴まれてそれは叶わない。
「はぁっ……、ガウっ…待っ…、んんっ!」
なんとか静止を促そうとするが、すぐに塞がれる唇。
次第と彼女の思考が鈍くなる。
貪るように絡められる舌の感覚が、ヴァルの全身に甘い痺れを走らせ始めていた。
その痺れが、身体の力を抜けさせる。
それに気付いたガウラは、もう片方の手を解放し、腰を抱き寄せた。
どれだけの時間が経ったか。
ガウラから開放されたヴァルは、壁に寄りかかったままズルズルと座り込んだ。
その顔は、恍惚としながらも涙でぐちゃぐちゃで、色気を放っていた。
それを見たガウラは、“好きな子ほど虐めたくなる男の心境”を理解出来てしまった。
そして、ヴァルに男達が寄ってくる理由も理解が出来た。
普段クールな美人の表情を、自分で翻弄し崩したいのだと。
「ヴァル、大丈夫かい?」
未だに息が乱れている彼女に問いかける。
「乱暴にしてごめんよ」
ガウラの言葉に、ヴァルは弱々しくも首を横に振った。
その反応は“ガウラは悪くない”の意味だ。
それが分かっているガウラは、困ったように笑った。
「全く、愛おしすぎて困るね」
そう言った瞬間、アラガントームストーンの振動を感じ、取り出すと、アリスから大量のチャットが届いている事に気がついた。
「あ、アイツらのこと忘れてたな。いい加減戻らないと…。ヴァル、立てるかい?」
「…こ……た…」
「え?」
よく聞き取れなくて聞き返すと、弱々しい声でヴァルは答えた。
「腰が抜けて…立てない……」
座り込んだまま、両手で顔を覆うヴァル。
それを聞いて、ガウラはアリスに連絡を取り、今日はそのまま各自解散と言う事にした。
もし、ヴァルが立てたとしても、あんな顔の彼女を誰にも見せたくは無い。
「ヴァル、テレポは使えそうかい?」
小さく頷く。
「じゃあ、テレポで帰ろう。家の前からなら、お前を運べるから」
再び頷く。
そして、2人はテレポで自宅に飛んだ。
門の前に着くと、ガウラはヴァルを抱き上げた。
「えっ?!ちょっ!?」
肩を貸して支えて運ぶものだと思っていたヴァルは、お姫様抱っこで抱き上げられたことに驚く。
反射的にガウラの顔を見ると、意地悪い顔をしていた。
「女の子を運ぶなら、これが一番だろ?」
楽しそうに言うガウラ。
「ガぁ~ウぅ~ラぁ~~~っ!!!!」
情けないヴァルの悲鳴と、ガウラの笑い声が、ラベンダーベッドに響き渡ったのだった。
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