A.悔いが無いように
アリスは何日か双蛇党兵舎の医務室に世話になった後、ヘリオと共に帰宅した。
医務室にいる間は、ヘリオが毎日付き添っていた。
今、アリスは松葉杖を着いている。
ヘリオを咄嗟に庇った時に、足の腱を1部損傷したらしかった。
「おい、あまり動かない方が良いんじゃないのか?」
「そうなんだけど、なんか落ち着かなくて…」
「治りが遅くなっても知らんぞ」
呆れた様に言われ、アリスは渋々ベッドに腰掛ける。
アリスがジッとしてられないのには理由があった。
ふとした時に自分を見るヘリオの表情が、思い詰めてる様に見えるのだ。
大丈夫だと言うことを示したくて、落ち着かない。
(でも、大人しくして早く回復した方が、ヘリオも安心するか……)
そう思い立って、ベッドに寝転った。
(相変わらず、ヘリオや義姉さんに心配かけてばっかだなぁ…)
窓から差し込む日差しの温かさで、自然と瞼が重くなる。
(もっと…強く…ならな……きゃ……)
そう思いながら、アリスの意識はまどろみに落ちていった。
***************
ヘリオは家事に追われながら、考え込んでいた。
今回の事で、アリスの死を身近に感じた。
以前にも、アリスが死にかけたことがあった。
その時も、それなりに恐怖を感じたが、今回ほどではなかった。
長く共に過ごした事で、傍にいる事が当たり前になり、気付かないうちにアリスの存在が大きくなっていた。
そして、今回は自分の実力不足を自覚してしまった。
そこで、ふとアリスの言葉を思い出した。
“別れは形は違えど必ず来るんだからって自分に言い聞かせて、今を大事に、悔いが無いように、ヘリオと一緒に居られる間は、その日その日を大事に過ごそうって…”
冒険者は、依頼によっては命の危険を伴う。
それまで共に居た相手が、突然死ぬこともある。
それを痛感してしまったからこそ、アリスのこの言葉が痛いぐらいに刺さってしまった。
(悔いが無いように、か…)
普段から思いを自分にぶつけまくっているアリス。
それは、“悔いが無いように”と思っているからではないだろうか?と思い始める。
家事を終え、アリスに目を向けると眠っていた。
ベッドに腰掛け、アリスの顔を見る。
すると、アリスの顔がふにゃりと笑う。
「ヘリオ~、好きぃ~……」
「………っ」
彼の寝言に照れくさくなり、頬が紅らむ。
「まったく…」
アリスの顔はふにゃりと笑ったままだ。
その顔に手を伸ばし、頬を撫でた。
「……俺も、好きだぞ……」
頬を紅らめながら、小さく呟いた。
その時、1階の方から声がした。
「お兄ちゃーん!ただいまぁー!」
リリンの声にハッとし、ヘリオは慌ててその場から離れ、リリンを出迎えに階段を登った。
足音が遠ざかると、アリスの顔は紅くなっていた。
(え、何、今の…)
頬に感触を感じて、まどろみから意識が浮上した時に聞こえた言葉。
(聞き間違いじゃない…よ…な?)
その時2つの足音が階段を降りてくる音がした。
そのタイミングで、身体を起こした。
「起きたか」
「アリスお兄ちゃんただいま!」
「リリンちゃん、おかえり!」
ヘリオを見ると、いつもの無表情。
「なぁ、ヘリオ」
「なんだ?」
「あのさ、俺が寝てる時、何か言った?」
「……何も言ってない」
そう答えたヘリオの頬は少し紅みを持った。
「そっか、じゃあ夢だったのかなぁ」
残念そうにそう言うと、ヘリオが心做しかホッとしたように見えた。
(やっぱ、聞き間違いじゃなかった)
何故、ヘリオが普段言わない事を口にしたのかは分からなかったが、アリスが幸せを感じるには充分だった。
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