V.護る為なら
「ブラック中闘士!ちょうどいい所に!」
「なんだ?」
任務を終え、不滅隊兵舎に戻ってくると、慌てた様子の不滅隊員に声をかけられたのだった。
その内容は、とあるエーテル研究所で妙な動きがあり、それの潜入調査にガウラが向かったとの事だった。
しかも、現在ガウラと連絡がつかないと言われ、ヴァルは思わず声を荒らげた。
「なぜガウラに任せた!?」
「は、はい!…大闘士という位に着いていることと、英雄なら大丈夫かなと、思いまして…」
(……こいつ、今なんて言った…?)
隊員の言葉に、殺意に似た怒りが込み上げる。
「それに、見ての通り不滅隊員は殆ど出払っておりまして……」
「『英雄なら大丈夫』、だと?」
「ひぃ!」
ヴァルの地を這うような声と、殺意に満ちた表情に、隊員は悲鳴をあげて震え上がる。
(“英雄なら”、“英雄だから”、英雄だったらなんだと言うんだ!英雄なら死なないとでも思っているのか?!)
文句を言いたいのをグッと堪える。
そんな事で無駄な時間を使いたくはなかった。
「もういい、あたいも現地に向かうから、今ある情報を全て話せ!」
「は、はい!!」
ヴァルの剣幕に隊員は慌てふためきながら、情報を全部話した。
それを聞くと、ヴァル次に向かったのはスイレンの所だ。
勢いよく扉を開けると、呆れた顔をしたスイレンがいた。
「来ると思ったわよぉ。相変わらずガウラちゃんの事になると、扉の開閉が乱暴なんだからぁ」
「研究所の詳しい見取り図が欲しい!何故ガウラと連絡が取れないのか、その原因となりそうな裏情報があればそれもだ!」
「そう言うと思ったわ。ほら、これが情報よ」
そう言って、スイレンは研究所の見取り図と、公にされていない研究の内容の書かれた紙を手渡した。
「お代は落ち着いたときでいいわ。また全額置いてかれても困るから」
「…恩に着るっ!!」
そう言って、ヴァルは店を飛び出して行った。
走りながら研究内容に目を通す。
(これは…っ?!)
一気にヴァルの血の気が引いた。
「ガウラっ、無事でいてくれっ!!」
そう呟いて、研究所へと急いだ。
***************
エーテル研究所。
エーテルにはまだ未解明な部分が多い為、それに関する研究を行っている機関。
研究には被検体が必要である。
被検体の同意の元、研究が行われるのが当然の流れである。
だが、これは表向きの話。
今回、問題の研究所は、本来の研究内容以外に、秘密裏に危険の伴う研究を行い始めた。
それは、エーテル量の多い者と少ない者の研究。
エーテル量の多い者の研究は危険が少ないが、問題はエーテル量が少ない者の研究だ。
後者は何をするにも危険が伴う上に、人数も少ない。
裏の情報では、エーテル量の少ない者を探しているとの事だった。
しかも、エーテル量の多い被検体の方ですら、秘密裏の研究だからか、同意なく連れてこられていると言う。
研究所の見取り図を確認しながら、所内を駆けていると、目の前に見知った顔が現れた。
「何してるんだ!?」
「ヴァルさん!」
座り込んでいるヘリオと、それを心配しているアリスがいた。
「急にヘリオが苦しみだして、でも、感覚的に義姉さんだって…」
アリスの言葉に、エーテル視でヘリオを視る。
かき混ぜられたようなエーテル。
構造がぐちゃぐちゃに感じたそれを視て、ヴァルは白魔道士に着替え、エーテルを安定させるためにケアルをかけた。
ヘリオの息遣いが安定していく。
「…悪い、手間をかけさせた」
「これくらい構わない。急ぐぞ、ヘリオでこの状況なら、ガウラの方も相当だろうから」
「あぁ!」
ヴァルは先頭を切って走り始める。
それを追うアリスとヘリオ。
迷いなく進むヴァルに、アリスが問いかけた。
「ヴァルさん、道分かるんですか?!」
「裏ルートから見取り図を入手した。あたいが手に入れた情報と、さっきのヘリオの状態から、間違いなく実験室だ!」
見取り図の通りに進み、実験室が近くなってくると、ヴァルの耳に微かに悲鳴が聞こえた。
近づく毎に、その悲鳴は鮮明になっていき、悲痛な絶叫になっていく。
「、やだ、痛、いっ、ああぁあっ!!?」
聞こえてきたガウラの絶叫に、ヴァルの走る速度が早くなる。
目の前に実験室の扉が現れた瞬間、ヴァルは迷いなくその扉を蹴破った。
そして、それに続いてヘリオがプネウマを放つと、それはエーテル波を作り出す装置を破壊した。
「ガウラ!!」
実験用の椅子に手足を縛られた状態で座らされているガウラに、ヴァルは駆け寄る。
「い、たい…痛い、っ、たい…」
「ガウラ、もう大丈夫だ」
大粒の涙を零しながら『痛い』と言い続けるガウラに、ケアルでエーテルの安定化を促すヴァル。
アリスとヘリオは研究者を捉え、武器を構えた。
「義姉さんに何をした!」
「何をって、研究ですよ」
研究者の光のない目はじっとヘリオを捉える。
「ほう、貴方はエーテルが極端に多いのか。ぜひ貴方からもデータを取りたいですね」
「っ」
ヘリオは研究者のその様子に妙な違和感を覚え、後ろに下がる。
それと同時にアリスは相手を鋭く睨みつけながら、ヘリオを守るように構える。
「これ以上の研究はさせない!」
「えぇ、残念ですが、この状況ではできそうにないですからね。ですが多少の抵抗はさせていただきます。警備兵、よろしくお願いいたしますよ」
そう言うと入口から警備兵が現れ、武器を構えた。
アリスとヘリオは警備兵の対処をするべく、戦闘に入った。
***************
「ガウラ、ガウラ」
「……っ、ぁ…」
ガウラの目はヴァルを捉えていなかった。
呼び掛けには反応しているのか、耳が少し動く。
その様子が妙だと感じたヴァルは、ガウラの拘束を解きつつ殺意を覚えたまま研究者に問うた。
「お前、ガウラに何をした?」
「思考を低下させるためのクスリを投与したことと、エーテル波を使ったことだけですね」
「だけ、だと?」
淡々と答える研究者の言葉に、声が地を這うように低くなる。
「えぇ、他にも色々と研究したかったのですが、貴女方が邪魔をしてくれたので、中止です」
「エーテル量の少ない人が過剰にエーテルを採取すると、影響が出るのは分かっていただろう!下手をすれば死ぬんだぞ!?それにクスリも投与しただと?」
「えぇ、と言ってもクスリは即効性があるものの効果時間は1日程度ですがね」
(こいつ、イカれてやがる)
自身の研究の為なら、人を人とも思わない思考。
それが大切な人に向けられて、平静でいられるはずがない。
(八つ裂きにしてやりたいっ)
ヴァルのその殺意は目の前のガウラにも伝わったのか、ガウラはようやくヴァルをその目で捉えた。
その目には光がなく、どことなく恐怖に満ちている。
その様子に気づき、ハッとしてガウラを見、声をかけようとした。
「ぎゃぁ!!?」
警備兵が吹っ飛ばされ、研究者の目の前に転がってきた。
研究者はそれを見て溜息をつくと、呆れ声で呟いた。
「我が研究もここまでですか。どうぞ、私を捕らえるなり何なりしてください」
その素直さに困惑しつつ、戦闘を終えたアリスは研究者を捕らえた。
***************
「ガウラ」
彼女の拘束を外し終えたヴァルは、彼女の涙を拭い、外傷が無いかを確認しながら介抱していた。
血の近い自分のエーテルを分けた時でさえ、少し痺れを感じたと言っていたのに、全く近くないエーテルを大量に与えられた痛みは、想像を絶しただろう。
ヘリオにまで、あれほどの影響があったのだ。
痛いなんて言葉じゃ表せない程だったと想像できた。
介抱している今も、ガウラの表情はどこから恐怖を宿していた。
「ガウラ、今は寝ておけ、しんどかっただろう?もう痛みを与えるものはないからな、安心しろ」
優しく、安心させるように声をかける。
「……ごめ、ん」
「謝らなくていい、悪いのはあの研究者なんだから」
ガウラはその声を聞くや、意識を飛ばした。
***************
「今後は、リガン大闘士よりも先に自分に話を持ってくるようにお願いしたい」
不滅隊兵舎。
ガウラ救出後、念の為ガウラの診察と事件の報告をしに来たヴァルは、上層部の幹部に直談判をしていた。
「それは何故かね?ブラック中闘士」
「不滅隊の隊員達が、彼女を不死身か何かだと勘違いしている節が見受けられるからです」
「ほぅ?」
「確かに、彼女は大闘士と言う階級を得ています。位で判断されるのはまだ納得できます。ですが、“英雄だから大丈夫”と思っている隊員が少なからず居ます」
「彼女の功績を考えれば、それは仕方ないのではないか?」
「いえ。英雄と言えど1人の人間です。彼女があれ程の名声を得たのは、影から彼女を助け、支えてきた者達がいたからです。それを、英雄だから1人で行かせて大丈夫と言う考えに、自分は憤りを感じています」
ヴァルは、上官を真っ直ぐ見据えたまま続ける。
「英雄は不死身ではありません。ましてや万能でもない」
「うむ…確かにそうだが…」
「彼女が英雄だからと軽視して、死ぬ事があれば……エオルゼアでの不滅隊の評判がどうなるか、考えた事はございますか?」
「っ?!」
「人の口に戸は付けられません。噂に背びれ尾びれが付き、評判はガタ落ちでしょうね?」
「ブラック中闘士っ、口を慎みたまえっ!」
「…これは失礼致しました。少し感情的になってしまっていたようです。」
そう言った次の瞬間、ヴァルの表情は一変する。
感情の無い、見開かれた瞳、殺意だけの顔。
その顔に、上官は身震いする。
「そういえば、上官殿は時々不滅隊が協力を要請する裏の一族をご存知でしょうか?」
「……何?」
「表では処理できない、裏の仕事を請け負う、闇に生きる一族…」
「ブラック中闘士っ!どこからその情報を……、まさかっ?!」
その反応に、表情はそのままに、ヴァルの口角が上がる。
「もし、彼女が死ぬようなことがあれば…、自分はどんな手を使ってでも、不滅隊を壊滅させますよ……」
「っ?!」
上官は顔面蒼白、全身から冷や汗が吹き出している。
「自分の意見が通ることを、期待しております。では、失礼致します。上·官·殿」
ヴァルはそう言って、その場から立ち去った。
閉められた扉を見つめ、上官は呟いた。
「黒き蝶を後ろ盾に持っているとは……、末恐ろしい英雄殿だな……」
***************
研究所の一件から2日目。
ガウラの部屋に入ると、彼女が目を覚ましていた。
「ガウラ、目を覚ましたか?」
「ヴァル…?」
ヴァルはベッド横の椅子に座り、心配そうな顔で声をかける。
「2日、眠っていた。体は平気か?痛みとか、苦しさとか…」
「…あぁ、大丈夫……。でも、何があったか思い出せないんだ」
「……覚えてなくていい。今は快復することだけに専念しろ」
「悪いね…」
記憶の欠如。
薬の影響なのかは分からないが、記憶が無くなる程の痛みだった事が伺える。
再び眠りに落ちたガウラの頭を優しく撫でる。
(あんな記憶は思い出さなくていい。覚えてなくていい)
彼女の心と命を護る為ならどんな状況も、手段も利用する。
そう、強く思ったのだった。
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