V.失われた記憶(後編)
ガウラが記憶を失ってから、1ヶ月が経った。
最近では、食材の買い出しをする為に外出するようになっていた。
今日も、ガウラはグリダニアに買い出しに来ていた。
マーケットである程度食材を買い込み、ゆっくりとグリダニアの街並みを眺めながら散歩する。
「すみませんっ!」
「え?」
突然声をかけられ振り返ると、そこに居たのはミコッテ族サンシーカーの男だった。
「これ、落としましたよ!」
「えっ?!あれ!?」
男が差し出したのは、指輪が通ったネックレスだった。
慌てて自分の首周りを確認してみると、首にかかっていたネックレスが無いことに気が付く。
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、どうやらチェーンの部分が劣化してたみたいですね」
そう言って男はネックレスを手渡した。
「特別な指輪なんですから、もう落としたらダメですよ?無くしたら、パートナーさんが悲しみますから」
「……え?パートナー?」
「それじゃ!」
言うだけ言って、男は立ち去って行った。
「僕に、パートナーがいるの?」
考え込みながら自宅に着き、荷物をテーブルに置くと、指輪を手に取り、マジマジと見る。
リングの内側に、何か掘られているのを見つけた。
「ヴァ…ル…ブラッ…ク……っ?!」
ヴァルの名前に驚いて、指輪をテーブルに落とす。
「……どうして?……ヴァルが、パートナー?だって、同居人だって……」
ガウラの中で疑問が渦巻く。
だが、その中でもパートナーである事を思い出せないことに、激しい罪悪感が湧き上がる。
「ただいま。……ガウラ?」
帰ってきたヴァルが声をかけると、瞳に涙を溜めたガウラの姿。
その涙に驚き、ヴァルは彼女に駆け寄った。
「ガウラ?!どうした?どこか痛いのかっ?!」
慌てた様子で心配するヴァル。
その姿に、ついに涙が零れた。
「ヴァル……ごめんね。……ごめんなさい……」
「ガウラ?何を謝って……っ!?」
テーブルに転がるエターナルリングを見て、ヴァルは悟った。
彼女が自分とパートナーだと気付いたことを。
「ガウラ、謝らないでくれ。ガウラのせいじゃないんだ」
「だって……思い出せないんだよ?パートナーなのに、何も」
「思い出なんて、また作っていけば良いんだ。だから、気にしないでくれ」
「じゃあ、何故、同居人だって僕に言ったの?」
泣きじゃくりながら尋ねるガウラに、ヴァルは辛そうな表情をする。
「そうやって、ガウラが気にすると思ったからだ。あたいは、ガウラを苦しませたくない。お前には、笑っていて欲しいから」
「……ヴァルは?辛くないの?」
「あたいは大丈夫だ。ガウラが生きて、笑ってくれてるだけで充分幸せなんだ」
そう言って、ガウラの涙を拭う。
「だから、泣かないで欲しい。無理に思い出さなくていい。また、1から築いていけばいいんだから」
優しく笑顔でそう言うと、ガウラは涙が残った瞳のまま、「わかった」と笑顔で返した。
***************
それから1週間が経った。
今日はヴァルと共にグリダニアで旅の必需品の買い足しに来ていた。
少しずつ武器の扱いに慣れてきたガウラを見て、短期間ではあるが2人で旅に出てみようと言う話になったからだ。
荷物を持ち、家に向かおうとした時、ヴァルが「あっ!」と声を上げた。
「どうしたの?」
「買い忘れを思い出したんだ。悪いが急いで買ってくるから、ここで待っててくれるか?」
「うん!いいよ!」
「すまない」
そう言って、ヴァルは走ってマーケットに向かっていく。
1人になったガウラは考え込む。
優しく接してくれるヴァル。
思い出せない事が本当に申し訳なくなる。
「早く、思い出せればいいのに……」
小さく呟き、溜め息を吐く。
「あれ?君は……」
「え?」
声をかけられ顔を向けると、そこに居たのはネックレスを拾ってくれたミコッテ族の男だった。
「浮かない顔をしてるけど、何かあったの?」
「えっと……」
ガウラは、少し言いよどみながらもポツリポツリと今の状況を話し始めた。
「そうかぁ。そんなことがあったんだね」
「早く思い出せれば良いんですけど…なかなか……」
「うーん……あ!そうだ!」
男は何かを思い出した様に言った。
「記憶に詳しい人を紹介できるかも!」
「え!本当ですか?!」
「あぁ!善は急げ!今から行きましょう!」
「え?!い、今から?!」
急な話に驚くガウラ。
「で、でも、今は…っ」
「ほら!早く早くっ!!」
「ちょ、ちょっとっ」
ガウラは男に手を掴まれ、そのまま為す術もなく連れていかれた。
その10分後、ヴァルが戻ってくると、そこにガウラの姿はなかった。
「ガウラ?」
辺りを見回すが、彼女の姿は無い。
「お姉さん、白い髪の女性を探してるのかい?」
「知ってるんですか?!」
声をかけてきた老婆に、食いつく。
「さっき、ミコッテ族の男性に腕を引かれていったよ」
「どっちに行ったか分かりますかっ?!」
「アプカル滝の方面に向かっていったよ」
「ありがとうございますっ!」
ヴァルは老婆に礼を言って、後を追いかけた。
嫌な胸騒ぎを覚えつつ、言われた方向に走っていると、数人の男達に囲まれたガウラを見つけた。
「やだっ!離してっ!!」
「大きな声出すな!おい!口を塞げ!」
「むぐっ!!」
「大事な商品だ。暴れて傷つかない様に縛れ!」
「その子を離せっ!!」
「っ?!」
ヴァルは男達に叫び、男の1人を切り捨てた。
「なっ!?」
「っ?!」
突然のことに驚く男達。
そしてガウラも、ヴァルの登場に驚く。
そのヴァルの顔は、完全に殺意を宿していた。
「おい!あの女を止めろ!」
リーダー格と思しきミコッテ族の男が叫ぶ。
それに反応し、残りの男達は武器を構え、ヴァルに襲いかかっていく。
だが、誰一人としてヴァルに適うはずもなく、次々と切り倒されていく。
そのヴァルの表情に、ガウラは恐怖を覚えると同時に、激しい頭痛が襲った。
(だめ……、ヴァルにあんな顔……させたら……だめだっ!!)
そう思った瞬間、一気に記憶が湧き上がる。
そして、記憶を取り戻すと同時に自分の状況を素早く理解する。
(私は、何をしてるんだ……っ)
この状況が、ヴァルにあんな顔をさせている。
そんな自分に怒りが湧いた。
そして、自分を捕まえている男の鳩尾に、思いっきり肘鉄を食らわせた。
「うぐっ!!!?」
まだ完全に手を拘束される前だった事もあり、ガウラは男の腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。
地面に叩き付けられた衝撃で、男は気を失った。
「ヴァルっ!!落ち着け!私は大丈夫だっ!!」
「っ!?」
ガウラの言葉にヴァルは一瞬動きが止まった。
だが、容赦なく襲いかかってくる男達。
すると、ヴァルは武器を捨て、体術で相手を気絶させて行った。
男達を全員倒し終わると、ヴァルはガウラに駆け寄った。
「ガウラっ!大丈夫かっ?!」
「あぁ、大丈夫。心配かけたね」
ガウラの言葉遣いに、ヴァルは息を飲んだ。
「思い出したよ。ヴァルの事」
「ガウラ……」
「まぁ、相変わらず、ヘラの時の記憶はないけどね」
苦笑しながら言うガウラに、ヴァルは涙ぐむ。
「ガウラ…、良かった…」
「思い出さなくてもいいなんて言っておいて、やっぱり辛かったんじゃないか」
「……っ」
ヴァルの瞳からボロボロと涙が零れ始めると、ガウラはヴァルを抱きしめた。
「待たせてごめんよ。ただいまヴァル」
「……おかえり、ガウラっ」
泣きながら抱きしめ返すヴァルの背中を、ガウラは優しく撫でたのだった。
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