V.酔いの代償
「酔ったヴァルを見たことあるか?」
そう問いかけたのはザナだった。
ここはガウラの家。
裏情報を届けに来た彼は、依頼主であるヴァルが不在だった為、彼女の帰宅を待つ間、ガウラと他愛のない話をしていた。
近況報告をしている内に昔話になり、その流れでの問いかけであった。
「いや、ないな。と言うか、ヴァルがここで酒を飲んでるのを見たことがない」
「そうなのか。あいつの事だ、何かが起こる事を想定して飲んでないのかもなぁ」
「ありえるね。以前、熟睡してしまった時なんか、“ありえない”って顔して頭抱えてるぐらいだったし」
「熟睡?!ヴァルが?!」
ガウラの話にザナが驚く。
「あぁ。ここは冒険者居住区だから、GC隊員が見回りしてるし心配ないって言ったんだけど、頻りに“用心するに超したことはない”って言い張ってたよ。てか、熟睡がそんなに珍しい事なのかい?」
今度はガウラの方が問いかける。
「あいつは警戒心が人一倍強いのか、はたまた職業病なのか、人の気配や足音に敏感でな。寝てる姿を誰にも見せないんだよ」
「そうなのか…。じゃあ今は気が休まってるのかねぇ」
「どういうことだ?」
「この家だと、よく寝てる姿を見るよ。暖炉の前の床とか、ソファの上とかで」
「マジかよ……」
驚きで口をあんぐりと開けるザナ。
「しかも、私の帰宅に気付かず寝てる事もあるよ。あ、でも、誰か訪問してくる時は、玄関の扉をノックされる前に起きるかな」
「……寝てても誰が来たか感じ取れてるって事か……ヴァルの奴、恐れ入るぜ」
ザナは、感心しつつも呆れた様に溜め息を吐く。
寝ていても自分を認知してるのだと聞いて、なんだか嬉しくなるガウラ。
だが、先程のザナの問いかけが引っかかった。
「で?お前は酔ったヴァルを見たことがあるのかい?」
「まぁな。簡単には酔っ払わないけど、1度だけ見たことがある」
「ほう?」
すると、ザナは話し始めた。
「俺達は職業柄、酒に強くなる様に訓練されてるから簡単には酔わないんだが、里でたまに宴会する時があるんだ」
「宴会?」
「引退したジジババが、暇を持て余して突然ドンチャンやり始めるんだが、その時はたまたまヴァルが戻ってきててな。宴会に引っ張り出されて、眉間に皺が凄く寄ってたよ」
「あー」
その様子が安易に想像でき、納得してしまう。
「しかも、運悪くジジババ達が既に出来上がっててなぁ。ヴァルに酒を引切り無しに進めるもんだから、あいつも抜けるに抜けれなくて、仕方なく飲んでたんだが…。まぁ、さっき言った通り酔っ払った訳だ。いやぁ、あれは凄かったなぁ」
ザナの話に、ガウラはモヤモヤし始める。
自分の見たことの無いヴァルの姿を、ザナが知っているのが気に入らない。
「凄かったって、どんなだったんだ?」
「お?気になるか?」
ガウラの表情が少し険しくなったのを見て、ザナは意地悪い顔になった。
「知りたきゃヴァルを酔わせるんだな」
「チッ」
「お~怖い怖い!独占欲丸出し!」
「うっさいっ!」
「あははっ!!」
ガウラの反応が面白くて、思わず笑うザナだった。
***************
後日、リビングのテーブルの上には様々な酒が並べられていた。
その中でも、ひんがしの国の物が多く見られる。
それは、ザナに“ひんがしの酒はこっちのより強い”と言われたからである。
以前、アリスとクガネで飲んだ時、アリスよりも先に自分が潰れてしまったことで、信憑性があった。
「さて、どうやって飲ませるかだよなぁ…」
腕を組んで考え込んでいると、ヴァルが帰宅した。
「お、おかえりっ」
「ただいま。…この酒の量はどうした?」
「あ…、えっとぉ……」
彼女の質問に目が泳ぐガウラ。
それを見て苦笑する。
「まさか、この量を1人で飲もうとしてたのか?」
「あー…、いやぁ、なんというか…」
「別に怒りはしない。まぁ、量は凄いが飲みたいなら飲めばいい」
「へっ?!い、いや、その…」
「?」
煮え切らないガウラの様子に、首を傾げるヴァル。
ガウラはやっとの思いで言葉を吐き出した。
「い、一緒に飲まないかいっ?!」
思いのほか大きな声で言ってしまい、その声量にヴァルは驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「ふふっ、わかった。一緒に飲もう」
「いいのかい?普段飲んでる所を見たことがなかったから、好きじゃないのかと…」
「好きでも嫌いでもない、と言ったところだ。最近は飲む機会がなくなったしな。でも、他ならぬガウラからの誘いだ。喜んで飲むさ」
そう言って、ヴァルは並べられている酒を眺める。
「着替えたら、酒に合う料理を作る」
「お!いいね!楽しみだ!」
「じゃあ、着替えてくる」
ガウラの反応に笑みをこぼし、ヴァルは着替えに自室へと向かった。
***************
「ところで、ガウラはあたいを酔わせてどうしたいんだ?」
そう言われたのは、酒をだいぶ消費してからだった。
「ふぇ?!」
「最初の反応で何かあるんだろうとは思ってたけど、飲み始めてから目に見えて、あたいのグラスにばっかり酒をついでるだろ?」
飲み始めてから、ガウラも一応全種類の酒を1杯ずつは飲んでいた。
だが、自分が先に潰れては意味が無いと、飲むペースをいつも以上に抑え、料理を多めに食しながらヴァルに酒を勧めていた。
「う……、最初から勘づいてたのかい」
「明らかに目が泳いでたからなぁ。ほんと、ガウラは嘘が下手だな」
「………」
気まずくなり俯くガウラに、ヴァルは再度問いかけた。
「それで?なんであたいを酔わせようと思ったんだ?」
「……実は……」
事の経緯を説明する。
それを聞いたヴァルは、ガウラの独占欲が可愛らしくて笑みを浮かべた。
「ふふっ。ザナが知ってて自分が知らないのが気に入らなかったのか」
「…だって、なんか分かんないけど、モヤモヤして……さ」
「ガウラのそんな所が、あたいは可愛いと思うよ」
「は?どこが可愛…い……」
言いながら、ヴァルの方を向いたガウラは異変に気がついた。
ほんの数秒前まで、変わらぬ様子だったヴァルが、目が座り、顔に赤みが出ている。
そしてなにより、少し頭がふらついていた。
「ヴァル?酔ったのかい?」
「ん~……酔ってにゃい……」
喋り方も呂律が回らなくなっている。
どうやら、ヴァルの酔いは規定量を超えると一気にくるタイプの様だった。
「水飲むかい?」
「いりゃにゃい……」
ヴァルの様なタイプの酔い方は、人によってはかなり危険なだけに、ガウラは少し心配になった。
「本当に大丈夫かい?」
「らいじょ~ぶ……ふふっ、ふふふふっ」
突如笑い出すヴァル。
「わ、笑い上戸?」
ガウラが戸惑っていると、ヴァルはテーブルにうつ伏せた。
「ふふっ、ガウラは可愛い…ふふふっ」
「い、いや…可愛くないって…」
「いいやっ!可愛いんだっ!!」
否定した途端、ヴァルはうつ伏せたままテーブルをバンッと叩いた。
「いいか!ガウラはなぁ、甘え下手で、おねだりも苦手で、ねだる時は中々言い出せなくてモジモジして、本っっっっっ当に可愛いんだ!!」
「へっ?!」
怒った口調で語り出した内容に、ガウラは次第と赤面していく。
「好みの可愛い服を見つけた時だって、釘付けになった顔は“女の子”そのものだし、時々ぬいぐるみを抱いて寝てたり、帰宅すると迎えてくれる笑顔も堪らなく可愛いんだっ!!」
「そ、そうかい…」
「それでいて、凛々しくて、かっこよくて、時々消えてしまいそうなほど儚くて……、もうなんなんだ……、最高すぎるだろ……」
「わかった!わかったから!その話一旦ストップ!!」
恥ずかしさで居たたまれなくなり、ガウラは待ったをかけるが、酔ったヴァルは絡み上戸を発動していて止まらない。
「いいや!わかってない!ガウラはなぁ……っ」
語りながら顔を上げたヴァルと、ガウラの視線がぶつかった。
その瞬間、ヴァルの表情はふにゃりとした笑みに変わる。
その表情は、どこかアリスに似ていて、流石いとこだなぁと思う。
「ガウラだぁ~」
「そうだよ、ずっと隣にいただろ」
「ガウラぁ~♡」
「むぐっ!?」
ヴァルに抱きしめられるガウラ。
顔を思いっきり胸に押し付けられ、呼吸がしにくくなる。
「んーっ!!」
「はぁ…ガウラ、可愛い♡」
抱きしめたまま、“可愛い”を連呼しながら、頭を撫でるヴァル。
次第に息苦しくなってきたガウラは、ヴァルの腕を軽く叩き始めた。
「んんーっ!んんーっ!」
「ん~?」
ヴァルの腕の力が弱まった隙に、顔を上に向け、何とか呼吸が出来るようになる。
「ぷはっ!!し、死ぬかと思った……」
そこで、再び視線がぶつかった。
ヴァルの顔は、うっとりとした顔で微笑んでいた。
「ふふっ、ガウラ。しゅきだ」
そう言ってガウラの頬を両手で包む。
何をされるか察したガウラは、自然と目を閉じた。
だが、いつまで経っても何も起こらない。
不思議に思い目を開けると、ヴァルがガウラの肩に倒れ込んだ。
「え?!ヴァル?!」
「…………」
「……ね、寝た……?」
どうやら、完全に限界を迎えたようで潰れてしまったヴァル。
「……恥ず……」
キスされると感じて、受け入れ態勢を取っていたことが恥ずかしくなり、赤面する。
「うう~ん……ガウラぁ……」
寝言で呼ばれ、思わず小さく笑う。
「まったく。どんな時でも私のことしか考えてないんだな」
そう思うと、愛おしくて堪らない。
ヴァルの頭をそっと撫でた後、彼女を抱え、寝室へと運んだのだった。
***************
翌日の昼頃、ガウラが家事をしていると玄関からノックの音がした。
扉を開けると、そこに居たのはザナだった。
「おや、ザナ。またヴァルに依頼を受けたのかい?」
「いや、今日は個人的な用事だよ」
その言葉に首を傾げるガウラに、ザナはニヤリと笑った。
「昨晩、ヴァルを酔わせたんだろ?」
「そ、そんなことまで情報が回るのかい?!」
「いや、そんな話は回らないさ。ただ、あんたが酒を買い漁ってるって情報は回ってきたからな」
「…………なるほど…」
「それにしても、あんたは行動が分かりやすいな」
ニヤニヤしながら言われ、黙れと言わんばかりにガウラは彼を睨みつけた。
「そう睨むなよ。で?どうだった?酔ったヴァルは」
「………色んな意味で凄かった……」
「だろ?あんたは居たたまれなかったんじゃないか?」
「その通りだよ。お前の時も、ヴァルは私のことを語ってたんだろ?」
「そうそう!酷い絡み上戸でさぁ!その後大暴れして大変だったんだよ!」
「大暴れ?」
ザナの発言に首を傾げると、彼も首を傾げる。
「え?暴れなかったか?」
「いや?暴れてはないな」
そんな馬鹿なと言うような顔をするザナに、ガウラは昨夜のヴァルの様子を思い出し、徐々にニヤリとした笑みを浮かべ始めた。
「な、なんだよ」
「お前の時と私の時では、ヴァルは違う酔い方をしたんだなぁと思ってな」
「え?!で、でも、絡み上戸だったんだろ?」
「まぁな。でも、そのあとは全然違ったぞ?」
「ええー!どんなだったんだ?」
ザナの問いかけに、ガウラは意地悪い笑みを浮かべて言った。
「教えないよ。お前も教えてくれなかったろ?」
「うっ……」
「それに、私だけに見せる酔い方みたいだし?そんなの誰にも教えたくないね」
「独占欲ー!!」
ザナの反応にガウラが笑っていると、後ろから声がした。
「騒がしいな……」
振り返ると、頭を抑えて眉間に皺を寄せたヴァルの姿があった。
「あ、ヴァル、おはよう」
「おはよう……」
「頭痛いのかい?」
「あぁ……、二日酔いみたいだ……」
そして、ヴァルはザナに視線を向けた。
「で、なんでザナが居るんだ…。なんの依頼もしていないはずだが
?」
「あ…いや…それは……」
彼女の問いかけに、しどろもどろになるザナ。
「そういえば、あたいを酔わせるようにけしかけたのはお前だったな」
「な、なんでそのことを?!」
「ガウラがあたいを酔わせてみようなんて、普段なら考えつかないだろ。だから、ガウラから事情を聞いたんだ」
「なっ!?」
「はは…、ごめんよザナ」
苦笑いしながら謝るガウラに、青筋を立てるザナ。
「さて、あたいを二日酔いにした落とし前、つけて貰おうか」
「ヒィ!!ヴァル!悪かった!!謝るからここは穏便にっ!!」
「問答無用だっ!!」
その日、ラベンダーベッドではザナ悲鳴が響き渡ったのは言うまでもなかった。
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