Another 緑柱石-変化する日常-
ラベンダーベッドにあるガウラ宅。
その庭で、ガウラとアリスが穏やかにお茶をしながら語らっていた。
それを、彼等の死角から見つめるヴァルの姿があった。
アーテリスを救ったガウラは、暫くしてからアリスとエタバンをし、2人きりで長い旅に出た。そして、数日前に帰宅し、今は旅の思い出話をしている。
その彼女の顔は幸せそのもので、誰にも付け入る隙は無いのが伺える。
それを、寂しそうな表情で眺める。
「いつまでそうやって遠くから眺めてるんだ?」
不意に声をかけられ振り向くと、そこにはヘリオの姿があった。
「お前か……」
「掟だなんだと固執してたら何も変わらんぞ」
呆れた様にヘリオはヴァルに言い放つ。
それに対して、ヴァルは無表情で返した。
「掟は…無くなったんだ」
「なら、なんで姉さんと接触しないんだ?」
「その必要がないからだ」
ヴァルの言葉に首を傾げるヘリオ。
ヴァルは、少し哀愁を漂わせる。
「あの子とあたいを繋ぐものは無くなった。それに、あの子は自分のパートナーを見つけた。なら、あたいは必要ないし、あたいの願いは二度と叶わない」
「願い?」
ヘリオが聞き返すと、ヴァルは一呼吸置いて口を開いた。
「あたいは…あの子が好きだった。恋愛感情を抱いていた。でも、あの子は自分のパートナーと幸せを見つけた。なら、あたいは彼女の傍に居るべきじゃない」
「…………」
「だから、今日はあの子の見納めと、自分の心の整理をしに来たんだ」
そう言って、ガウラを見つめる。
その瞳は愛おしさと悲しさが入り交じっている。
「あの男は、優しそうだな」
「……そうだな。頼りなさはあるがな」
「でも、一生懸命だ。あの子を護りたい一心で目まぐるしい成長を遂げたろ」
「あぁ」
「……あたいも、あの隣にいたかったな……」
そう言うと、ヴァルの瞳が潤む。
「同性だと与えられない幸せもある」
「ほう?」
「同性だと、子供は出来ないだろ」
「………」
「だから…、これでいいんだ……」
溢れた涙が静かに頬を伝う。
長く想い続けていた恋の終わり。
自分を納得させるように、自分では出来ないことを確認するように思い描いていく。
そして、自分を納得させた。
涙を乱暴に拭い、ヘリオに向き直る。
「整理が着いた。すまないな」
「……本当にいいのか?」
「いい。近くにいたら未練しか残らない」
「そうか…」
「それに、あの子にとって、あたいは“知らない人”だ。例え過去に1度、接触した事があっても、彼女の記憶には残ってないからな……」
「…過去に……接触?」
ヴァルの言葉に引っかかるものを感じたヘリオが記憶を探る。
「どうした?」
考え込むヘリオに、不思議そうに尋ねる。
しばらく考え込んだ後、ヘリオはハッとした顔をした。
「あんた、ビッグベアからヘラを救った……」
「っ?!」
ヘリオが“ヘラ”の記憶を持っていることは知っていたが、まさか自分のことが記憶として残っているとは思っていなかった。
なんとも言えない想いが溢れ、再び瞳が潤む。
「すまない。少し肩を貸してくれるか?」
「は?」
ヴァルの言葉に戸惑ったが、有無を言わさず肩に顔を埋められた。
彼女の身体は小さく震え、声を殺して泣いているのが分かり、無闇に突き放すことは出来なかった。
***************
「落ち着いたか?」
「あぁ。何度もすまないな」
そう言ったヴァルの表情は晴れやかだった。
「これから、あんたはどうするんだ?」
「……うーん」
ヘリオの質問に、少し考えながら彼の顔をじっと見る。
「なんだ?俺の顔に何か着いてるか?」
「……よし、決めた」
「?」
首を傾げるヘリオに近づき、ヴァルは彼の頬に軽く口付けた。
「っ?!」
突然のことに驚き、少し顔を赤くして後退るヘリオ。
「なっ?!」
「お前に興味が出た。お前の事を知っていきたい」
「へ?は?」
「だから、覚悟してくれよ?ヘリオ」
ヴァルは意味深な笑みを浮かべ、その場から消える様に去った。
1人残されたヘリオは、状況が理解出来ず、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
***************
その後、ガウラ宅に顔を出したヘリオは、FCハウスに戻ってきた。
そして、個室に入ろうとして違和感に気がついた。
鍵を掛けて出かけたはずなのに、鍵が開いているのだ。
(泥棒か?)
少し警戒し、音を立てず、ゆっくり扉を開けると、意外な声がした。
「邪魔してるぞ」
「………は?」
そこに居たのはヴァルだった。
彼女は、何食わぬ顔でキッチンで料理を作っていた。
「あんた、どうやって」
「あぁ、ピッキングで開けさせてもらった」
「犯罪だぞ?!不法侵入!」
「裏稼業をしてたあたいに、犯罪なんて今更だろ?」
しれっと言われ、空いた口が塞がらないヘリオ。
「食材は買ってきたものを使ってるから、ストックなんかは気にしなくていいぞ」
「…いや、そういう問題じゃないだろ?!」
頭を抱えるヘリオ。
普段無表情のヘリオが、珍しく表情が出ているのを面白そうに眺めながら料理するヴァル。
「一体、なんなんだ…」
「お前に興味が出たと言ったろ?それに知りたいとも言ったはずだが?」
「だからって……いや、もういい……」
反論するだけ無駄だと思ったのか、投げやりになるヘリオ。
そんなヘリオを見て、小さく笑うヴァル。
「もうすぐ出来る。口に合うかは分からないがな」
「……」
ヘリオは溜め息を吐き、荷物を置いて着替えを始める。
なんだか、これからの日常が今までと違うものになる予感に、ヘリオは眉間に皺を寄せざるを得なかった。
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